174.途切れぬ来客
トーレたちと鉄鉱石を探しに行ってから早一週間が過ぎようとしている。
空から地形を確認したところ、ベッケンドルフ子爵領側を迂回するように進めば、比較的なだらかなルートを通ることができることが分かった。
既にベッケンドルフ子爵とコンタクトが取れており、好きに使っていいよとのことだったので辺境伯だけで採掘場の開発をすることになる。
できれば、ベッケンドルフ領の領民も来て欲しかったなあなんて思ったりしたけど、外れも外れの地だものな、新たに開発するぞって気持ちにならないのは仕方ない。
人員と物資の輸送を飛行船で行おうと計画したのだけど、なかなか難しいな。
それでも、道具と燃焼石は空輸できたのでまだマシといったところ。
希望者を募り、さっそく人員を派遣した。いずれ、あの地にもちょっとした村ができることだろう。
食糧や生活必需品は緊急時は空輸で、通常時は馬車で行うことにしている。
街道も作らなきゃならないんだけど、現地に豊富な鉄があるので既存技術を使いより効率的な輸送ができるよう計画しているんだ。
ついでといっては何だけど、実験として鍛冶場から街の大通りに入るまでにも同じような道を敷くことにした。
もうトーレとガラムがノリノリでね。溜め込んでいた鉄を渋る必要もなくなったので、道の敷設に熱中している。
トーレ曰く、あと一週間もすれば完成するってさ。早すぎて怖い。
なんてことを振り返っている場合ではない。我が執務室には書類が束となって襲いかかってきているのだ。
貨幣の導入だけじゃなく、国として運営するためには細かいことを決めていかなきゃならない。
最低限ではあるけれど、これで一旦はおしまいのはず。
「よおおっし、これで最後だ」
ペタンと辺境国マークの入った朱印を押し、サインを施す。
いちいち中身まで確認していられるか。半分以上の書類は俺が自分で書いたものだし、問題なかろう。
残りの多くはシャルロッテで、他にはルンベルクやリッチモンドが書いた……はず。
「お、終わった……」
左手側に積み上げられた書類を見やり、ホッと安堵の息を吐く。
よおしよおし。寝るか寝ていいんだよな。まだ真っ昼間だけど、は。はははは。
コンコン――。
「ヨシュア様。失礼いたします」
「お、おう。どうしたんだ?」
椅子ごと真後ろに倒れそうになったが、平静を装い来客した人に応対する。
ふむ。今日もバッチリ前髪が揃っているエリーか。いつもいつもメイド服なので、他の服を着てもいいんじゃないかと思わなくもない。
家の中なら、彼女の矜持もあるから仕方ないとして外だったらいいんじゃないか?
彼女だってお年頃だし、おしゃれだってしたいだろうに。
そんなエリーだが、俺の心中など露知らず、上品な礼をしてから用件を告げる。
「収穫祭のことでご相談が」
「うん。何でも言ってくれ」
「本当に私とアルルが中心となって進めていいのでしょうか?」
「ごめん、重荷になっちゃったか?」
シャルロッテが来てからも街の人と一番交流があるのは、アルルとエリーだった。
彼女らは農村にも職人にも街の中でも気さくに領民へ話しかけ、街の人の様子を俺に伝えてくれている。
領民の生の声というのは、俺が聞いたところで集めることができないし、誰からも愛される人柄ってのも重要になってくるんだ。
本人たちは「みなさんの頑張っている様子を拝見するのが楽しい」と言ってくれているが、適性がないとただの苦痛になるからな。
幸い彼女達は本心からそう言ってくれている。
収穫祭は俺やシャルロッテといった為政者側がやることじゃなく、領民の人たちが考えて実施して欲しいと思っているんだ。
なので、領民目線に近く、慕われている彼女らがいいかなと思ったわけなのだよ。
街の政策に関わっている人だと、どうしても俺の影が見えちゃうからな。
俺の問いかけに対し、エリーはふるふると首を左右に振り整った眉をあげる。
「い、いえ! 大変名誉なことだと思っています! ですが、私たちではなく、シャルロッテ様やルンベルク様がいらっしゃいます」
「俺はシャルやルンベルクより、エリーとアルルの方がこの任務に向いていると思っているんだ。実現が難しいことがあったら、いくらでも相談に乗るよ。街の人と相談して、好きなようにしてくれていいよ」
「……私とアルルが?」
「うん。気負わず、楽しいお祭りだと思ってもらえれば。俺を楽しませるのじゃなくて、街の人たちが秋の楽しみとして一杯食べて、飲めてできればいいかなって」
「承知いたしました! きっと素敵なお祭りにしてみせます」
うんうん。
やっとエリーに笑顔が戻った。
「そうだ。エリー」
「はい」
「羊毛を始めとした繊維も備蓄出来てきているし、縫製をする職人さんもいるんだろ?」
「おっしゃる通りです。冬に備えての衣類、毛布類は街の人に供給され始めています」
「お祭りだし、エリーとアルルもたまにはメイド服以外でおめかししたらどうだ?」
「メイド服はお嫌ですか……?」
何故そうなる!
潤んだ瞳で見つめられても困ってしまうぞ。
「いや、メイド服も可愛いんだけど、他のも見てみたいなあ、なんて思ったんだよ」
「か、可愛い……とは」
エ、エリーさん。床が軋んでおりますよ。
は、はやく彼女の気持ちを別に向けなければ。
「俺も収穫祭の時は着替えるかなあ。いつもこれだしな」
「ヨシュア様が! 楽しみです!」
「だから、エリーとアルルも別の装いでどうだ? シャルやルンベルクにも声をかけてみようかな」
「はい!」
ふ、ふう。床が破壊される前に何とかなった……。
おしゃれを楽しんで欲しいとの思いから、やんわりと促したつもりがこのようなことになるとは。
シャルロッテやルンベルクはともかくとして、俺も着替えかあ。どうしたものかな。
この流れだとエリーに任せるわけにもいかないし、俺は服にはかなり疎い。
それどころか、この世界に転生して以来、自分で服を選んだことがないのだ。どうだ。この温室ぶり!
……誰かに相談しようか。
誰にしようかなあ。ルンベルクは服にも詳しそうだけど、きっちりし過ぎてそうだし。
ならおしゃれに詳しそうなシャルロッテはどうだ?
『閣下、素敵な鎧です!』
『た、倒れるうう』
ダメだ。彼女にすると全身筋肉痛になりそうだよ。
お、持ち物に拘りのありそうなバルトロがいいかもしれない。あとは前世知識次第だけど、ペンギンもよいかも。
なあんだ。案外、頼りになる人はいるじゃないか。
安心した。
あれ、いつの間にかエリーが部屋からいなくなっている……。
「でもま、エリーの相談事はこれで終わりだし。お昼寝お昼寝。ふ、ふふ」
コンコン――。
またかよ! 次は誰だ……。
あの後、ひっきりなしに尋ねて来る人がいて、結局、昼どころか夜まで仕事が途切れることがなかった。
明日こそは昼寝するのだ。
そして俺は、この先一週間、同じことを思いながら過ごすことになる。