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172.閑話 ヨシュア追放後のルーデル公国 アントン・ザイフリーデンの独白

 元ルーデル公国のザイフリーデン伯爵領は公都ローゼンハイムからみて北部国境に位置する。

 つまり、ザイフリーデン伯爵領から北は広大な帝国ということだ。

 かの地を治めるアントン・ザイフリーデンはヨシュア追放後、突如として独立を宣言した。

 本国にも彼の独立宣言騒ぎが伝わったものの、聖女の「神託」によって特段否定されたことではなかったため、独立を承認されることも否定されることもない状態のまま今に至っている。

 

 ザイフリーデン伯爵領はザイフリーデン伯国と名を変えたものの、公国からは何らアクションがなく、帝国もまた公国の中でのこととして静観していた。

 旧領都、現伯都であるダグラスは帝国との玄関街として栄えている。

 ほんの十年前までは領主が住むだけの寒村といっていい様子だったのだが、ヨシュアが就任し帝国との商業活動を活発化させてから急速な発展を遂げた。

 こうした寒村の大発展は何もダグラスだけに起こった事象ではない。ヨシュアによって公国内の交通網が整えられ、行商人を奨励することで物の流通が数十倍以上に跳ね上がった。この結果、物の行き来の中継都市となる街や周囲から物が集まって来る拠点となる街が発展したのだ。

 

 ザイフリーデン家の屋敷は発展の中取り壊され、中央大広場となっていた。

 領主家は街中に砦を建築し、そこを新たな居城としている。いざとなれば、街の領民を収容し籠城することもでき、普段は砦に併設された高い塔から警戒にあたることができるというわけだ。


「ヨシュア様……」


 広い空間にポツンと置かれた玉座に腰かけ、肘を立てる三十過ぎほどの男は、かつての主人の名を呟く。

 この男こそ、当代のザイフリーデン家当主、アントン・ザイフリーデンその人である。

 この広間にいるのは彼一人。他の者はいない。

 この大広間で彼は政務に励んでいる。しかし、今は彼が「しばしの間一人にせよ」と命じ、椅子に腰かけた態勢でため息を吐いているというわけだ。

 

「私は……いや、僕は自分以上に優れた資質を持つ者などいないとうぬぼれていた」


 大仰な仕草で長い髪の毛をかきあげ、すっと立ち上がる。

 そして、芝居がかった仕草で顔を両手で覆う。

 

「ヨシュア様。幼きあなた様にお会いし、僕は所詮凡人だと思い知らされました。嫉妬もいたしました。こう燃え盛る黒い炎のように」


 苦しそうに自分の胸を抱き、抱え込むようにしてしゃがみ込むザイフリーデン。

 しばらく、そのままの姿勢でくぐもった声を出した彼は突如、勢いよく立ち上がる。

 

「しかし! 半年も経たぬうちに僕は嫉妬していたかつての僕が何て愚かなのだろうと悟りました。不世出の天才たるヨシュア様と同じ時代で共にあることがどれほどのことか。それ故、僕は領地に戻り、ヨシュア様のお言葉を他のどの領主よりも早く、忠実に実行したのです」


 ザイフリーデンはドンドンドンと大股で歩き、窓際に立つ。

 がばっと窓を覗き込んだ彼は、絶叫する。

 

「見よ。ダグラスを! 数百年かけた発展を僅か五年やそこらで十倍の規模にしてみせた。領地の収益も十倍以上! これがヨシュア様のお力だ。称えよ。我らが盟主を!」


 長い髪をかきむしったザイフリーデンは歓喜の涙を流す。

 再び顔を両手で覆った彼は、大きく指を左右に振り両手を天に掲げた。

 

「しかし! しかし、しかし! ヨシュア様が、偉大なる神の子が! 知性の象徴たるかのお方が! 愚かな聖教により公国を去られてしまわれた! このことが許せるか。例え神が命じようとも……いや、ヨシュア様にあのような仕打ちを行う者が神であるはずがない! 邪教の徒よ。私は騙されぬ。従わぬ! 一刻の猶予もなかった。我が領民が邪教の国にあることが許されるものか! できることなら私は、ヨシュア様の元へ馳せ参じたかった。しかし、私には領民がいる。領民を護り、豊かにすることこそ我が使命である!」


 ザイフリーデンはズカズカズカと大きな音を立てながら一歩一歩進む。

 玉座に腰かけ、カッと目を見開く。

 

「神は死んだ。これからは、この大地に生きている生きとし生けるものが、自らの足で立っていなけばならない。だから私も立とう。自らの足で。敬愛するヨシュア様には遠く及ばぬが、ザイフリーデン伯国に栄光を! 輝ける未来を!」


 目がらんらんと輝きを放ち、ぐっと両手の拳を握りしめるザイフリーデン。

 彼に迷いはない。最善ではないが、今持てる最高の手をもって伯国を導くのだと心の中で誓う。

 彼の中には確かな信念があった。

 彼の想いは領民の安寧である。そこに私心はない。

 飢えず、魔物の脅威に怯えず、収穫祭を楽しみ、子供に笑顔が絶えない世を。

 ヨシュアの言葉そのままの受け売りであるが、ザイフリーデンはこれこそが自分の使命であると妄信していたのだった。

 

 若干、いや、かなり、変わった領主であるのだが、かつて自分こそが神童だと思っていたほどの実力を兼ね備えていると言っていい。

 彼はヨシュアの描いた簡単なグランドラインだけで、領地を大発展させたのだから。

 一を聞いて、二十を夢想し、十を実行する。

 彼の政治手腕は公国内でも群を抜いていたことは確かである。

 

「ザイフリーデン様! お休みのところ申し訳ありません!」

「よいぞ。入れ」


 長槍を持ち全身鎧を着た騎士風の男が、玉座の前で片膝を付き頭を下げた。


「墓地から死者が生ける屍となり、柵を喰い破ろうとしております」

「かつての墓地か。全て焼いて灰にしておかぬからこのようなことに。ヨシュア様もおっしゃっていた。死者を弔う時は火葬が良いと」

「とはいえ、聖教は土葬を推奨しておりますため……」

「そうだったな。あの邪教。つくづく実感したよ。あいつらは自分らの聖なる力とやらを見せびらかす為、生ける屍……アンデッドが必要だったのだろうよ」

「……全て灰にするでよろしかったでしょうか?」

「そうだな。街に火の手があがらぬよう。柵ごと燃やしてしまってよい。事が終わった後は、石壁に作り替えろ」

「承知いたしました」

「分かっていると思うが、城壁の上から火矢だぞ。決して寄らぬように。諸君らの命が犠牲になることは私が許さぬ」


 ザイフリーデンは顎で「行け」と男に示す。

 死者が蘇り、生ける屍――アンデッドとなることは稀にある。

 アンデッドとなった人の死体はゾンビと呼ばれるモンスターに区分されていた。動きを止めるには焼いて灰にするか、首を砕くかのどちらかだ。

 ゾンビは人間を見境なく襲うため、発見次第、即駆除する必要がある。


「全く……邪教め……碌なことをしない」


 ふうと大きな息を吐いたザイフリーデンは、首を左右に動かし肩ひじをつくのだった。

いよいよ、書籍版二巻が発売となります。

2/10となります。ペンギンが表紙とカラーページにいますので、是非チラ見してみてください!

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― 新着の感想 ―
[一言] 死体が動く事が当たり前に有るなら 疫病予防の意味込めて火葬考えるべきだよなあ
[一言] 告白というより独白?
[一言] ヨシュアはカルトの神様に祭り上げられた。 サイフ?
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