167.ファンタジーは想定できん
「とりあえず座れ」
「先に辺境伯から座るもんじゃないのかの?」
「身分とか俺らの間では意味のないものだと思っているのだけど」
「ボクと宗次郎がかの?」
「うん。できれば他の人もといきたいところだけど、後はガラムとトーレくらいかなあ」
と言いつつも、セコイアの意図が別のところにあることは確実だ。
彼女は例え皇帝であろうが、態度を変えない。街で生活をしていたけど、彼女の興味がそこにあるからに過ぎない。
彼女の在りようは、どちらかというと覇王龍みたいな超越者に近いのではないかと思う。
いや、言い過ぎか。
彼女は覇王龍とは比べ物にならないくらい、人間的で感情豊かだし、慈しみの心も持ってる。一方の覇王龍は領域の絶対生物として我欲のまま振る舞っている……はこちらも言い過ぎだな。覇王龍もゲラ=ラを派遣したりと人間の営みにも興味を示している。
なんてくだらないことを考えつつ、彼女より先に椅子に腰掛ける。
彼女を迎え入れるために立った後、そのまま足に張り付かれたからな。メモを取るにも座らないと。
「そうだと思ったよ。普通に言えばいいのに」
「言えば、『はいどうぞ』と言うのかのお」
「言うさ。レーベンストックとの会談の場でさえ膝の上でも何も言わなかっただろうに」
「……っ。面と向かって告白されると照れるの」
「……災害についてペンギンさんと議論していたんだ」
やれやれ。とっとと本題に入り、セコイアを考察モードに変えなければ話が進まん。
「予言と神託についてと宗次郎から聞いていたのじゃが」
「その結果、災害についての考察になったんだ」
セコイアに一から説明しようと思ったが、ふとクワっとフリッパーを上にあげるペンギンに目が行く。
『ペンギンさん、脳内会話でセコイアに伝えてもらえるか?』
『承知した。物事を伝えるのなら、こちらの方が早い』
声に出すより、やはり脳内会話の方が早いんだな。ただし、ペンギンやセコイアに限るという注釈も付きそうだ。
論理立てて的確に伝えないと、会話より情報伝達速度が早い脳内会話だと、逆に混乱してしまえかねない。
「うむ。それで災害の考察かの」
「もう把握したの?」
「宗次郎の説明は簡素で要点だけ伝えるものなのじゃからの。彼が人であれば……惜しい」
「確かにペンギンさんは、指がないから手先が使えないとかいろいろ制約があるからな」
「人ならばヨシュアと宗次郎でハーレ……むぐう」
「ほら、とっとと考えを述べろ」
ペンギンからしたらセコイアくらいだと、下手したら孫世代だぞ。
何を言ってんだこいつ……あ、うん。彼女は年齢さえ超越した存在だったっけ。
忘れがちだけど、数百年生きる賢者なのだった。俺の膝の上でコロコロ笑っている姿からは想像できないけど、ね。
「うむう」と小さく声をあげ口をすぼめている姿は子供にしか見えないのだけどさ。
「災害のお。一口に災害といっても、どれをあげればいいのやらじゃな」
「そうだな。俺やペンギンが想像もつかないような」
「公国全土に至るほどの大地の揺れとかかの?」
「地震は想像ができる。嵐やらも。たとえば……そうだな。空から槍が降ってくるような」
「槍が降るのは見たことがないの。巨大な岩なら見たことがある。二度と見たくはないがの……」
「隕石か。空から灼熱の岩が降ってくるような?」
「それじゃ。どうにか魔法で護ったが、結界の外は大地がえぐれ、山が消滅し、その外側が火の海。魔界というものがあれば、まさにあの光景こそ」
直径1キロを超える隕石だとお手上げだ。
地球の歴史上で有名な隕石衝突といえば、6650万年前に起きたK-PG境界と呼ばれる大量絶滅の原因となったものだろう。
直径10キロにも及ぶ巨大隕石がユカタン半島に衝突し、直径160キロのクレーターを形成した。
その威力はすさまじく、300キロの範囲にあったものは一瞬にして消滅するほどだった……らしい。
「隕石だと大きさにもよるけど、どうしようもないな。だけど、超巨大隕石の衝突の線はないと思う」
「ほう?」
どう説明したらいいものかと首を捻っていると、ペンギンが俺の代わりに嘴をパカンと開く。
『セコイアくん。それならば予言と神託の指し示すところは辺境に避難しろになる。巨大隕石の衝突ならば、辺境に退避したころで焼石に水なんだよ』
「そういうことか。カガクで被害の範囲が分かるのじゃな」
『分かる。落ちた後に衝突跡――クレーターを精査すれば、だがね』
「それはそれで興味が尽きないのお。じゃが、今は災害に焦点を当てるのじゃろ。うーん。あ、天から大地が降ってきたこともあったぞ」
何そのファンタジー。
いや、異世界だから有り得ないこともないのか。
「魔力の影響で浮かんでいたのか、空気が固まって上に大地が乗っていたのか、その辺は置いておくとして、何等かの原因で均衡が崩れ落ちてきたってことか」
「たぶんの。調べようにも、もう浮かんでいる大地はない」
「それは残念だ。一度飛行船で訪れてみたかったよ。そこに城を建てて」
「天空の城かの。案外ロマンチストなんじゃな」
「憧れだろ。天空の城は」
高度にもよるけど、実際に住むには厳しいと思うけどね……。
地面からの高さが二十メートルくらいだったら、楽しいかもしれない。
高すぎると景色も見えんし、とにかく寒いので生活するには厳しい。作物も育たないだろうし……。
1キロ高くなると気温は約6.5度下がるからな。
たとえば5キロ上空だと32.5度も下がる! 凍るって。
「あとはそうじゃの。ヨシュアも知っておろうが、ゴブリンの大発生とか、かの」
「その言い方、イナゴみたいでやだな……」
雨上がりのタケノコのように大地からポコポコと顔を出すゴブリンの姿を想像し、気分が悪くなった。
大根じゃあるまいし、水をまいたら出て来るもんじゃないだろうに。
ぶんぶんと首を振り、変な妄想を消し飛ばす。
「適切な表現ではないが、知性の高い魔物は別として、動物のように本能で動く魔物は魔力に影響されるものも多い」
「ん。ちょっと意味合いが変わったな。モンスターの大発生と繋がらなくもないか」
セコイアの言う適切な表現ではない、というのは理解できる。
魔物という定義は曖昧だ。動く生物のことを生物とする。
動物と魔物……言い換えるとモンスターの区別はどこでつける?
人型じゃない知性ある生物と人型で知性のある生物の区分はどうだ?
何て言い始めるときりがないので、彼女はざっくりと魔物と表現したというわけである。
「うむ。ゴブリンのように大発生する魔物もいるかもしれない。じゃが、魔力……カガクな表現じゃと環境じゃったか。どの生物にも好む環境というものがある」
「目に見えないけど、地形の変化と同じで魔力の変化によってもモンスターが移動することもあるってことだな」
「その通りじゃ。ヨシュアに黙っておいてすまぬが、ネラックの東に森があるじゃろ。雷獣の住んでおる」
「その辺でも魔力の変化があったの?」
「あった。川の流れが変わるごとく、魔力の流れもたまに変化するのじゃ。場所は雷獣の住む場所より更に奥地にはなるがの」
「そこで流れが変わると、ネラックの街にもモンスターがくるかもしれない?」
「その通り。間引いてきたがの」
「いつの間に……危険なことをする時は俺にも言ってくれよ」
「次からはちゃんと言う。キミを心配させまいと思ってのことじゃ」
「分かってる。だから、謝ることなんてないよ」
魔力の流れか。流れが変わることで物理的に何かが起こるのだったら、地震が発生したり空からひっきりなしに稲妻が落ちてくることもあり得ない話じゃあないか。