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164.尻尾はひゃうです

 待ちに待ったキンキンに冷えた牛乳を握りしめ、腰に手を当てぐびぐびと飲む。

 ここはやはり一気飲みが様式美だろう。

 目の端にちびちび牛乳を飲むアルルの幸せそうな顔が映る。

 ところが、眉と猫耳をピクリとさせ両手で挟んだ牛乳瓶をテーブルに置いた。


「ヨシュア様!」

「ごくごく……ぷはあ」

「馬車……が数台」

「ん、この時間だと珍しいな」

「ううん。街の、じゃないです。外」

「ふむ」


 猫耳すげえな。馬と車輪の音で聞きわけることができるのか。

 俺? 俺はまだ馬車の音なんてまるで聞こえないさ。ははは。

 人間の耳ってのはそれほど良くできていない……はず。

 電車の音なら多少離れたところでも聞こえるし、地下鉄が通った時に地上を歩いていたら振動を感じとることだってできる。

 小屋の外に出たら俺でも分かるかなあ。


「アルル?」

「アルルが前。ヨシュア様はアルルのお尻」

「後ろってことね」

「では、自分が閣下の後ろを固めます」


 敵襲じゃないと思うんだけどなあ。

 さっきシャルロッテが言っていて俺がスルーしてしまったことを思い出す。彼女は「誰か来る」みたいなことを言ってたよな?


 ゆらゆら揺れるアルルの虎柄の尻尾を目で追いつつ、外に出る。

 ここで尻尾をパシッと掴んでハプニングが起こるなんてことは漫画の中だけで、紳士な俺はそのようなことをしないのだ。

 衝動的に掴みたくなる気持ちは分かる……。


「んん?」

「何でもない。進んで」

「はい!」


 返事に合わせてアルルの尻尾が動く。ぬ、ぬぬ。これ、連動してるのか。

 つい魔がさしてしまった。

 気がついたら彼女の尻尾の端を指先で摘んでいたんだ。無意識って怖い。


 彼女の尻尾を掴んだ途端、尻尾に力が入った。


「ひゃう」

「す、すまん」


 慌てて尻尾から指先を離す。どうやら感情に合わせて動くだけじゃなく、風やらを感じ取るセンサーの役割も持ち合わせているのかもしれない。

 指先で摘んだら、彼女の動きが止まったことからの推測だけどね。


 アルルを先頭に羊が飼育してある区画のすぐ外側で様子を窺う。

 ここは道に面しているので、風車まで続く道がよく見える。と言っても、傾斜があるから一直線の道の先の先まで見えるってわけでもないけどね。


 お。音はまだ聞こえないけど、米粒ほどの何かが見えてきた。あれがきっと馬車だろう。


「アルル。紋章とか旗は見えないか?」

「うん。三本足の鳥さんとガルーガがふさふさしたの」

「ガーデルマンと公国の徽章です」


 シャルロッテがアルルの言葉を補足する。

 ガルーガがふさふさしたって言葉に吹き出しそうになってしまった。

 ライオンな、ライオン。

 ガーデルマン旗は三本足の鷹でガルーダと呼ばれる生物を描いたものだ。

 どちらも勇壮さを誇る紋章なのだけど、辺境国だって負けてないんだからね! 雷獣はカッコいいじゃないか。


「せっかくだから、ここで彼らを待って街まで先導しようか」

「了解であります!」


 シャルロッテがビシッと敬礼し、耳がキンキンするほど元気よく返事をする。


 やって来た馬車は二台で、そのうち一台にガーデルマン伯ことクルトが乗車していた。

 手を振ると馬車が停車し、俺たちに気がついたのかクルトが勢いよく馬車扉を開き外に出てくる。

 余程慌てたのか彼は馬車から降りる際につまずいて転びそうになっていた。

 あるある。馬車って思ったより地面までの距離があるんだよなあ。急ぐとこける。

 親しみを込めた目線を送りうんうんと頷く俺に対し、シャルロッテはたらりと額から汗を流す。


「閣下、申し訳ありません。弟はその、少し抜けたところがありまして」

「別に気にするほどのことじゃないよ。慌てずにゆっくりでいい。怪我をしたらそれこそ事だ」


 そうそう。焦ってはいけない。

 レーベンストックに到着した時、俺も転びそうになった。「やったぜ。異国の地だ」なんて気分が高まっていたからな。足元が疎かになっていた。

 

 しっかり両足で立ったクルトは頭の後ろに手をやりぺこぺこと頭を下げる。

 一方でシャルロッテは手を出すまいとうずうずしているのか、右手を上げまた戻してを二度繰り返していた。

 でも、我慢出来なかったようで、後ろ頭にある彼の手を真っ直ぐに戻し、曲がった背筋をパンとしてシャキッとさせる。


「シャル、彼は騎士でもないし。俺の部下でもないんだ。もっと気楽でいいよ」

「重ね重ね、申し訳ありません! つい、昔の癖が」

「ご心配をおかけしました」


 二人が揃って頭を下げた。

 その姿に幼い時代の二人……しっかりもののお姉さんと彼女の後ろからこっそりと顔を出す弟といった姿を想像し頬が緩む。


「クルト。こちらは急ぎ貨幣の準備中だ。いろんな交易品を持ってきてくれたのかな?」

「はい。それと行商人を二人連れてきました」

「行商人は馬車に乗せたままでいい。屋敷についてから彼らを紹介してくれれば。ここでわざわざ挨拶をするのも、な」

「僕は好きです。牧場の景色は。ここにテーブルセットを置いて……」

「クルト!」


 のんびりとした口調で喋るクルトにシャルロッテから突っ込みが入った。

 俺も嫌いじゃないぞ。ここで茶会なんてやっても楽しい。

 ピクニック気分でみんなでサンドイッチなんかを摘んでさ。牧場の動物たちを眺めていると、癒されそう。

 理想的な昼下がりの光景だけど、まだ惰眠を貪るわけにはいかないのだ。悲しいことに。


「それじゃあ、屋敷に向かおう」


 シャルロッテの肩をポンと叩き、屋敷に向かおうと促す。

 

 ◇◇◇


 行商人の二人とクルトは次々とサンプルを見せてくれた。

 領地にあるものを片っ端から持ってきてくれたのか、広いテーブルの上に商品が乗らなくなりそうな勢いだ。


「行商人の二人にも一応、辺境国の貨幣を見せておくよ」

「ありがたく」


 行商人の二人が揃って頭を下げる。

 シャルロッテに目配せすると彼女は布に包んだ辺境国貨幣を机の上に広げた。

 広げられた魔工プラスチックの貨幣に彼らは「ほお」と声をあげる。

 

「これは、見たことのない貨幣ですが、なるほど。貨幣そのものに価値をつけられたのですね」

「うん。銀貨や金貨だと材料がないから、苦肉の策だよ」

「金銀より魔法金属の方が希少なのでは……辺境はそうではないのでしょうか」

「まあ、そんなところだ」

「燃焼石さえない土地と聞き及んでおりましたが、これはどうして」


 商人のうち左側に座る恰幅のいい中年の男の方が、感心したように柏を打つ。

 するともう一人の白髪が混じった痩せた男もポンと手を打った。

 抜けているところがある俺でも、さすがにここで「実は電気から作ってるんですよ」なんて口を滑らすことはないのだ。

 しかし、魔法金属を生成する仕組みを誰も知らないってわけじゃあないとは思うんだけどなあ。

 魔力密度が高いところで生成されるものだし。

 魔法の大家(自称)のセコイアも目から鱗だったことから、魔法的なアプローチに終始する余り気が付いていなかった?

 いや、慢心はよくない。この世界の文献や俺の知らないところで魔法金属と魔力密度の関係性を知る人がいるはず。

 

 ブルブルと首を振って自分をいましめる。

 ちょうどその時、クルトがはっとした様子で「あ」と声をあげた。

 

「ヨシュア様。予言と神託の内容が分かりました。こちらを」

「お、おお。助かる!」


 クルトがすっと一枚の折り畳んだ紙を机の上に置く。

 この後、じっくりと考察することにするか。


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