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159.光の正体

 夜の馬車ってなんだか不思議な感じだ。

 そんな馬車を引くのは大型の狼のような動物だった。彼らは夜目がきくのだとのこと。

 五人が乗る馬車をたった三匹で引っ張っているのだから、なかなかの力持ちだと思う。

 残念ながら騎乗するには小さすぎるかな。

 あ、ペンギンなら乗れるかも。でも、騎乗するには大きいだけじゃダメなんだ。

 背骨が頑丈じゃないと騎乗者の体重を支えることができない。

 シマウマは背中に乗せることのできる重量の問題で、人を乗せることができない……と聞いた覚えがある。

 ペンギンは割に重たいので、サイズ的には問題なくとも狼に乗ることはできないかもなあ。


 歩くより少し速いくらいの速度で馬車が進んでいく。

 前方と屋根の上を魔法の灯りで照らしながら。

 狼が暗いところが見えても御者であるアールヴ族の人は明るくないと前方が見えないものな。

 御者の理由という制約がなければ、狼はもっと速く走ることができそうだけど。


 夜の街は軒先にランタンが光を放っていてまるで御伽噺の中にきたような光景が広がっていた。

 おもちゃ箱のような家の形がそうさせるのだろうか。

 公都ローゼンハイムも夜になるとランタンの灯りが灯っているけど、バーデンバルデンとはかなり趣が異なる。公都はもっとビカビカと光が強いからかなあ。

 こちらは全て一階建ての豆腐のような家の軒先に一つだけランタンが吊るしてある。なので、ポツポツとオレンジの光が灯っていて幻想的な雰囲気が出せているのかもしれない。


 門を抜け、20分ほど進んだところで馬車が停車する。


「お、おお」


 降りて左手を見ると思わず声が出た。

 真っ暗闇の中、ところかしこに黄緑色の小さな光が浮かんでいたんだ。


「綺麗です!」

「こいつはなかなかじゃの」


 俺に続いて降りてきたエリーとセコイアが感想を述べる。

 何故か腕を組み得意気なセコイアは、過去に黄緑色の光を見たことがあるのかな。


 俺の記憶の中でこの光にもっとも近いのはホタルだ。ここにいる生き物がホタルに似た生き物なのかは、実物を見てみないと分からないけど。

 異世界は地球じゃあ想像できない生き物が大量にいるからな。植物鑑定していても新しい発見ばかりなのだから。

 不思議なことに俺が鑑定することができる植物に限ってみてみても、地球にそっくりな植物も多数ある。

 こちらは魔力という地球にはないエネルギーがあるわけだけど、収斂進化(しゅうれんしんか)なのか遺伝子的にも同じなのかは不明。

 残念ながら、植物鑑定は地球の分類学的な分け方はしてくれないのだ。

 綿毛病の時にバンコファンガスが原因だと突き止めたことがある。俺は分類学にそれほど詳しいわけじゃあないけど、バンコファンガスはキノコの一種だった。

 キノコは菌類で、「植物」というカテゴリーに含んでいいものか疑問が残る。

 この辺の話をペンギンとすれば、「今夜は寝かせないぞ」になりそうだ。

 要は何が言いたいのかというと、「植物鑑定」の言う「植物」ってのはどこからどこまでが含まれているのかとても曖昧だってこと。

 俺が想像する植物は分類群でいうところの「植物界」に所属する生物である。この中に菌類は含まれていないんだ。

 だけど、キノコの鑑定はできる。

 考えたらきりがないし、鑑定できる方がいいに決まっているから植物鑑定の範囲について特に追及するつもりはない。

 

 ……そんなことより、今はこの風景を楽しもうじゃないか。

 黄緑色の光はとても綺麗なのだけど、ホタルの動きと少し違う気がするな。空を飛んでいるようには見えない。

 宙に浮いているように見えるのも、葉っぱにとまっているからだと思う。


「いかがでしょうか。バーデンバルデンの宝石は」

「素晴らしいです。誘っていただきありがとうございます。宝石とは、まさにその通りですね!」


 すっと俺の横に立ったエイルに鼻息荒く応じる。

 いやあ、異世界に来てホタル狩りができるとは思わなかったよ。

 でも、水の音はしないから水源に生息する生き物ではないのかな?


 しばらく何も考えずぼーっと黄緑色の光を眺め、ほおと息をつく。


「お、おお?」


 移動してきた黄緑色の光が服の袖に当たる。

 そこで光の主の姿を見ることができた。

 へえ、バッタなのか。

 そいつはトノサマバッタに近い形をしていた。光っているのはホタルに似てお腹の部分みたいだ。

 

 手を伸ばし捕まえようとしたら、察知されたのかバッタがぴょーんと跳ねる。


「きゃ」


 バッタがエリーの頭につけたヴェールに着地した。

 驚いた彼女は可愛らしい声をあげる。

 

「待ってろ。とってやるからな」

「は、はい。是非!」


 エリーはすごい食いつきで頭を前にやり、背伸びまでする。

 よおし、今度はそろそろとバッタを刺激しないように……あ。

 また跳ねちゃった。

 

「む」

「ルンベルク。じっとしてて」


 お次はルンベルクの分厚い肩にバッタがとまる。

 今度は俺が背伸びして上からそろりと指先を伸ばして、バッタをつま……めない。

 こ、こいつ、結構すばしっこいな。

 またしても逃げおおせたバッタは地面を跳ね、草の上に乗る。

 

「捕まえたいのかの?」

「いや、たまたま服に引っ付いたから。捕まえて持って帰ろうって気はないよ」

「ふむ。虫の飼育をしたかったんじゃなかったのかの?」

「バッタじゃない。目的のは甲虫だったっけ、砂糖のような甘い粉が取れる虫だよ」

「詳しくは聞いておらんかったからの。甘い粉が取れる虫か。そいつは……」


 セコイアー。涎、涎が出ている。

 ルンベルクに目配せし、彼から絹のハンカチを受け取った。

 膝をかがめ、セコイアの口を幼児にやるように拭いてやる。

 

「辺境伯様。本当に気さくな方なのですね」


 俺たちの様子を見守っていたエイルが口に手を当て上品にくすりと笑う。

 

「みんな、本当にいい人たちなんですよ。仕事もとてもできるんですよ」

「辺境伯様方を拝見していると、私も輪に加わらせて頂きたくなってきます」

「は、はは」

「族長の身でなければ、是非、辺境国にという気持ちは社交辞令ではありませんわ」

「旅行でも視察でも大歓迎ですよ。いつでもお越しください」


 そんなやりとりをエイルと交わした後、この場もお開きとなり帰路につく俺たちであった。


 ◇◇◇

 

 ――翌日昼前。

 たくさんの土産と一人の人材を招き、多くの人たちに見送られながら飛行船が空に浮かぶ。

 あっという間のレーベンストック訪問だったけど、得る物は多かった。

 いくつかの食材も手に入ったし、砂糖に似た粉を産出する甲虫のサンプルと育てるために領民が一人随行してくれている。

 躊躇なく人を派遣してくれることこそ、今回の一番の収穫だ。

 このことはレーベンストックは俺たち辺境国を信じるに値すると見てくれている証となる。

 いやいや、犠牲者として選ばれたのかもしれないと思うかもしれない。

 そこは疑うより信じた方が幸せだろ? 俺はレーベンストックから来てくれた客人に対し、ちゃんとしたもてなしをするつもりだ。

 でも……しっかりと働いてもらうつもりだけどね。

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