148.行くぞ、レーベンストックへ
測定器を取りに行ったであろうシャルロッテを見送り、ちょうど目録から目を離したクルトへ目を向ける。
「俺たちの欲しいものは、冬に備えた食糧、可能なら家畜や種。もし領内で採掘できるのだったら鉄だ」
「もし取引する商品がなくとも、辺境国貨幣で購入は可能です! 姉様が中央より持ち帰った技術や制度により、ガーデルマン領は公国の中でも指折りの穀倉地帯なのですよ」
「うん。公国時代には随分と助けられたよ。よくぞあの荒れた土地を改革してくれた。おっと、ごめん。もう公爵じゃないんだった。上からですまなかった」
「い、いえ! 公国の大改革を行い、一大強国とまで呼ばれる豊かな国にしたのはヨシュア様です!」
穏やかで大人しそうな青年にこうも興奮した様子で我が事のように語られると、ちょっと引いてしまう。
公国時代、確かに俺は俺の出来る限りのことを精一杯やってきたつもりだ。だけど、シャルロッテやクルトが褒めてくれるほどのことをしたとは思っていない。
優秀な官僚たちや、領地を治める人たち、領民の一人一人が前を向いて必死で進んできたからこそ現在の繁栄がある。
俺はみんなに「頑張れ頑張れ」と旗をふったに過ぎない。公国の発展は領民全てによって勝ち取ったものなのだから。
「もう一つ、個人的なお願いがあるんだ」
「私にできることでしたら、何でも!」
「いや、それほど気合を入れなくていいから……。神託と予言の内容がもし分かれば教えて欲しい」
「中央のことはまだまだこちらまで正確な情報は伝わってきません。しかしながら、特に秘匿している情報ではないとの噂です」
「もし行商人から情報を得られれば、くらいでよいので」
「承知いたしました。自分の立場を鑑みて影響のないように、ということですね」
「そそ。無理はダメだ。俺のためになんて思わないで欲しい」
「姉様から聞いていた通りのお人柄です! 立場は天と地ほど違いますが、私も領主の端くれ……上に立つ者の理想であるあなた様に少しでも近づけるよう精進いたします」
「う、うん」
何やら変なフィルターがかかっているようだ……。俺はそれほどまでにできた人間じゃあないんだけど、力一杯否定するのも彼にとって良くはないか。
理想とするイメージを具体的に持っていれば、進むべき道もハッキリと見えてくることだろう。
ルンベルクがスッと扉を開け、シャルロッテが部屋に戻って来る。
「シャル。大枠は決まったので細かい調整を頼んでいいか?」
「承知しました!」
「頼む」
本当はシャルロッテと一緒にここに残って詰めれるところまで詰めたかったのだけど、もう一つの方が緊急性が高いので仕方ない……。
後ろ髪引かれる思いで、ルンベルクを伴いもう一方の客人の元へ向かう。
◇◇◇
さすがにまだアルルは戻って来ていなかったので、御者をルンベルクに任せ馬車で鍛冶場まで移動している。
「この馬車、不思議です」
「この馬車は、実験用の馬車なのですよ」
向かいに座るエイルは触覚をピコピコさせて何かを感じ取っている様子。
あの触覚は特殊なセンサー機能でも持っているのかな? 虫の触覚は周囲の物体を感じとる能力があるとか聞いた気がする。
彼女の触覚も何かしらのセンサーがあるのかもしれない。
「アールヴは馬車を使いません。ですが、他の部族には使う者もいます。日常的に乗っているわけではないので、気のせいなのかもしれませんが……」
「通常の馬車より多少揺れが軽減されています。まだまだ実験中ですので多少……ですが」
「それですわ! 車輪に秘密があるのでしょうか」
馬車の窓から体を乗り出して背中の翅でバランスを取るエイル。
危ないってば。
しかし、一発で秘密を探り当てるとは勘が鋭い。
「車輪で間違っていませんので、お戻りください!」
「も、申し訳ありません。はしたない真似を」
元の体勢に戻ったエイルは触覚をしゅんとさせ、上品に頭を下げる。
国の代表としてきているから落ち着いた淑女のように振舞っていたけど、本来の彼女はさっき見せたような感じなのかもしれない。
「それにしてもよくわかりましたね」
「車輪が確かに地面に当たり跳ねていたのですが、浮き上がりが私の知る車輪より少なかったのです。それで、違和感を覚えました」
「そんな微細なことが分かるのか! すげえ!」
「アールヴ族だからこそですよ」
驚いてつい素の口調で返してしまったが、エイルはエイルでおどけたように首を傾け、自分の触覚を指先でちょこんとつっつく。
それがなんだかおもしろくなって、お互いに顔を見合わせくすりと笑いあう。
その時、渋い壮年の声が俺を呼ぶ。
「ヨシュア様。アルルが向かってまいります」
「馬車を止めてもらっていいかな?」
「畏まりました」
さすがルンベルク。急にブレーキをかけるわけでもなく、俺たちがなるべく揺れないようにゆっくりと馬車を停車させた。
「ヨシュア様!」
「うお。どこから顔を出してんだよ!」
心臓がバクバクしたぞ!
アルルが馬車の窓から顔をのぞかせていたんだけど、向きが逆だ。
屋根側から吊り下がるようにしてやっほーってしていたんだよ!
「二人は。もう少し、かかるよ」
「分かった。じゃあ、そのまま進んで合流しようか」
「うん!」
アルルがヒラリと御者台に両足をつけ着地する。
彼女はルンベルクと並び、このまま御者台に座るようだった。
◇◇◇
「こ、これは……一体?」
「これは飛行船です。空を飛ぶ船なんですよ。これで、レーベンストックに向かいましょう」
鍛冶場付近で合流した俺たちは、そのまま飛行船の発着場に移動したんだ。
巨大な飛行船を前にして、エイルが驚きからペタンとその場でお尻を地面につけ、開いた口が塞がらない様子だった。
「それじゃあ、セコイア、エリー、ルンベルク。俺についてきてくれ」
「畏まりました」
代表してルンベルクが背筋を真っ直ぐ伸ばした後、綺麗な礼をする。
「アルルはまた移動ですまないけど、シャルロッテに俺がいない間のことを任せると伝えて欲しい。俺がいない間は彼女の指示に従ってくれ」
「はい!」
右腕をピンと上にあげたアルルが元気よく返事をした。
ちょうどここにいた最低限のメンバーで飛行船に乗り込むことにしたわけだけど、飛行船操作はこれで問題ない。
ペンギンを連れて行くかどうか迷ったけど、今回はお留守番にすることにした。
できればルンベルクも待機にしたかったのだが、彼かバルトロがいなければ舵を任せる人がいなくなってしまう。
エリーは俺の護衛兼ルンベルクの補佐。アルルじゃあなくてエリーにしたのは綿毛病にかかる心配がないから。
セコイアは必須。風を起こす魔法を使う必要もあるし、魔力の測定を伝授するために彼女の協力が欲しい。
「エイルさん、行きましょう。待っている患者がいますので」
「は、はい」
「中で再度、詳しい話を聞かせてください」
タラップの前に整列したルンベルクとエリーに向け右手をあげ、エイルを飛行船までエスコートする。
俺の後ろをちょこちょことセコイアがついてきていた。ついてくるのはいいけど、寄りすぎだよ!
彼女の頭が俺のお尻に当たってるから。
「はやく進むのじゃ」と行動で急かしているのかも……。




