136.貨幣
「さすが閣下であります。金銀の量が少ないならば、魔力を付与し魔法金属に変え、付加価値をつけるというわけですね」
「うん。どれも量が限られているからバラバラになってしまうけど、鉄から作るブルーメタルでもそれなりの価値はあるから」
「価値……は公国貨幣に換算するのでしょうか」
「その通り。取引を開始する予定なのはシャルの領地からだからね」
貨幣の価値を決定することは骨が折れる。だけど、公国の貨幣価値と合わせてしまえば設定が楽だ。
領民のほぼすべては公国から流入しているし、違和感もない。
取引相手となるのも公国領だから、1対1で両替できるようになる、といい事ずくめだ。
「辺境からガーデルマン伯爵領に至るまではどうされるおつもりですか?」
そうだなあ。通商路はどうするか。
俺は国外追放された身だから、公国内に俺自身が入ることは避けた方がいいだろう。
だけど、特段俺と公国が敵対しているわけでもなければ、取引を制限されているわけでもない。
聖女の性格からして、その辺は無頓着だろうから。俺が辺境に構えていさえすれば、口出ししてくることもないはず。
彼女は俗世のことにまるで興味がないからな。いや、興味を持たないようにしていると言った方が適切だ。
アリシア、俺を追い出したことを気に病んでないかな。彼女は怜悧に見えるけど、実のところ心優しい人なんだってことを俺は知っている。
彼女が浮世離れした振る舞いをしていようとも、バルデスたちがいるし彼らがうまくやっているだろ。
なんて人のことを心配している場合ではない。辺境国を整えるのが俺の仕事だ。
ガーデルマン領と取引するのなら、途中の領主たちともやり取りできればより取引量を増やすことができる。
「現ガーデルマン当主……シャルの弟に他の領主のことを頼んでみようか」
「承知いたしました。きっと周辺の貴族も閣下と取引したいと持ち掛けて来ることでしょう」
「だといいな」
「必ずや。貴族と会うだけであれば交渉も必要ありませんし、クルトでも十分こなせます」
シャルロッテの弟クルトには会ったことがない。どんな人なのか会うのが楽しみだな。
彼女にとって弟はまだまだ手のかかる子って印象みたいだ。
だけど彼は一人前に政務をこなしているのだから、領主としての器量を備えていると見ていい。
「ガーデルマン伯と喋ってみないと、取引については何ともいえないな」
「閣下と取引したくない領主など、存在しないと思いますが……」
「いやいや。こっちは新興国だしさ。あと、貨幣の製造をどうするかは、ペンギンさんや職人たちを交えて議論しよう」
「承知しました!」
貨幣の大枠はこれでいいとして、お次は長い長い議論になるやつだ。
そう。税金である。税金を定めるとなると、市政制度も整備しなきゃならない。
制度は一つだけじゃあ立ち行かないので、全方位的に決めてからはじめなきゃらならない面倒なものである。
この辺を相談するために彼女を呼んだのだ。一人じゃあ整理することもままならない。彼女ならテキパキと情報と決め事を振り分け、精査してくれるからな。
「山積みだな……最低限だけ決めて、数ヶ月ごとに見直すことを基本にしよう」
「はい。警備、治安維持は現仕組みを踏襲いたしますか?」
「うん。カンパーランド辺境警備隊としよう。隊長はリッチモンド卿」
「妥当なところです。ルンベルク殿やバルトロさんはどうされます?」
「彼らはできれば元のハウスキーパーの仕事に戻したいところなんだけど……別動隊として俺の直属につける」
「承知です。閣下のことをよくご存知のお二人には柔軟に動くことを望むでしょうし、アルルーナさんとエリーゼさんもそのように?」
「そうしよう。だけど、彼らの意思を尊重するつもりだ。他にやりたいことがあれば、任せたい」
「承知いたしました。お優しい閣下らしい判断です」
シャルロッテもさすがよく分かっている。悩まなくて済むところから議論を開始させてくれたんだな。
「シャル。筆記を頼めるか」
「もちろんです。席を入れ替えましょうか」
ベッドから立ち上がったシャルロッテが椅子に座り、俺がベッドに腰かける。
机の上に備え付けられた羊皮紙と羽ペンを手に取った彼女は、サラサラと筆記していく。
「税制の前に、辺境国の政治決定の仕組みを語ってもいいか?」
「是非に。閣下のお考え、興味深いです!」
目をキラキラさせて、喜色をあげる彼女は根っからのワーカホリックだった。
近代社会では三権分立……つまり司法・行政・立法が基本になっていて、それぞれの権力機構が分かれている。
だけど、辺境国でこれを採用する気はない。
「『三部会』という領民の代表が集まる議会を作る。三部会の下部に『商業組合』『農業組合』『民会』を組織し、各代表者数名を三部会に召集する」
「貴族ではなく、領民を政治に参加させるわけですね」
「うん。だけど、三部会で議決したことがそのまま辺境国の決定とはしない。三部会からあがってきた議決は俺を含む中央議会で再度決議する」
二院制をもじったものだけど、実のところ結構違う。
中央議会の人員選出決定権は辺境伯の権限とする。なので、俺が恣意的に選んだ人を集めることが可能だ。
領民の代表も最初はシャルロット辺りに選別してもらい、俺が選出しよう。
最終決定権が全て辺境伯にあるので、議会制度に見えるが絶対王政にカテゴライズされる……だろう。たぶん。
最初から領民任せにしてしまうと決まるものも決まらないから。今はスピード勝負だし、変更点があれば迅速に解決する必要がある。
なので、辺境伯に権限を集中させ舵を切りやすくしたってわけだ。
といっても、領民の意見は三部会で吸い上げるつもりだけどね。
権限集中とか激務が予想されるって? 仕方ない……三年間限定の制度にするつもりだから、我慢、我慢……。
「貴族は置かないのですか?」
「そのつもり。公国では平民を貴族に引き上げる制度を作ったけど、ここには領土持ちの貴族はいない。何もなかったところだからね」
「法服貴族も置かないのでありますか? 官吏はどうされます?」
「官吏は置く。名前は考えなきゃだけど、公国時代のように役割を分けて、長官には中央議会に出てもらってもいいな。事務的なことと、政策的なことの二つをこなしてもらう」
「どのように選出するかも検討しなければなりませんね」
「あと、聖教関連の部署は置かない。完全なる政教分離を行う」
貴族を置かないことに対して眉一つ動かさなかったシャルロッテと言えど、この提案には切れ長の目を大きく見開く。
それでも、俺の意見にコクコクと頷きサラサラと羽ペンを走らせる。
「細かいことは別に議論の場を設ける、でよろしいですか?」
「うん。今ここで決めるのは思いつきに過ぎないから。税率はどうするかなあ。議論せず俺がバシッと決めちゃった方がいいか」
「はい。最初は閣下が決められるのがよろしいかと」
「官吏側……シャルたちの給与とか。商業・農業もまだ稼働していないから、まだお金を稼ぐ手段がないかな」
「間もなく収穫期です。商業、職人たちには当初資金を持たせてはいかがでしょうか?」
「そうだな。今まで頑張ってくれたお礼として、一定額を支給しよう。農業関連者には収穫したものを。一部税金として頂くことで対応しようか」
「承知しました」
最初はばら撒きになるけど、そもそも貨幣の交換に使う鉱物だって領民たちが汗水流して採掘したものだ。
共有財産だったものを分配すると考えればいい。これまで領民たちが無償で働いた分は決して安い額じゃあない。
出来る限り派手に配るとしよう。金は回さないと景気が回らないからね。




