131.覇王龍
「お、ペンギンさん、見つけたぞ。これだこれ。エリー」
「只今!」
この際だ。丁度良くセコイアが大量の海水と共にいろいろ打ち上げてくれたから寒天の元になる海藻類、紅藻類があるかどうか物色してしまおう。
お、あるわあるわー。やったー。
そんなわけで、俺の指示に従い、籠を持ったエリーが赤い藻を拾い集めてくれる。
アルルはアルルでピチピチ跳ねる魚を壺型の籠に放り込んでいた。
『紅藻類といっても全てが寒天の材料になるわけではないのだね』
「うん。厄介なことに同じような見た目だから、いちいち植物鑑定しないと判別がつかないなあこれ」
『分かるだけでも革新的なことだよ。要は紅藻類を片っ端から手分けして集め、君に鑑定してもらえばいいことだ。幸い、打ちあがった中に寒天の元になりうるものが含まれていたわけだ』
「うんうん」
探し回っても寒天の元になる素材が無い可能性もあるんだものな。
エリーと共に赤い藻を拾い上げようとしたペンギンに向け小さく首を横に振る。
適材適所。彼が物を拾うことは……可愛いだけでちょっと、なのだよ。
「ヨシュア様!」
ぐふふとペンギンの姿に頬を緩めていたら、突然アルルが前から俺に抱き着いてきた。
勢い良すぎたため、そのままペタンと尻餅をつく。一方で彼女もそのまま俺に覆いかぶさるような形になる。
「これは中々……」
セコイアの右脚が俺の頬にくっつきそうだ。
いつの間にこんな近くまでやってきたんだろう。
いつもの彼女ならこの流れに乗っかって「ボクもー」とか言ってくるところなんだけど、少し様相が異なる。
小さな腕を組みふふんと得意気に八重歯が口の端から出ているではないか。尻尾もピンと立っていることから、彼女の意識は俺に向かっていなさそうだ。
「こいつはまた、中々なもんだな」
「バルトロ、ガルーガ」
二人とも息は切らせていないが、ドスドスと響くガルーガの足音から彼らが走ってきたことが分かる。
砂浜に座る俺の真ん前にガルーガが、その隣にバルトロが回り込んできた。
「ヨシュア様。オレにはまだ感じ取れん。だが、これでもオレは一応元Sランク冒険者。矜持にかけてもあなたを護る」
「え、一体何が起こってんだ?」
俺に背を向けたガルーガが、二メートルもあろうかというハルバードを構え前方を睨みつけた。
彼の丸太のような腕にかなり力が入っているのが見てとれる。
一方でバルトロはいつもの調子で腰からさげた剣の柄を指先でトントンと叩いていた。
「ボクだけで良いというに。エリーはヨシュアにスカートの中身でも見せておれ」
「は、はいい」
真っ赤になったエリーがセコイアと俺の頭を挟んで反対側に立つものの、真っ赤になってそれ以上動けないでいる。
「こら、セコイア。変なこと言うもんじゃない。一体何が起こるってんだよ!」
「こ、こいつは……ルンベルク殿も呼ばれた方がいいんじゃないのか」
「いんやー。俺だけ……なんてヨシュア様の前で危ないことは言わねえ。でも、な」
セコイアに苦言を呈する俺の言葉を遮るように驚愕した様子でガルーガがワナワナと呟く。
しかし、バルトロが彼の肩をポンと叩きセコイアに向け片目を閉じる。
「そういうことじゃ。ヨシュアは怖がりじゃからの。ボクのを見せてやりたいところじゃが、エリーで我慢しておれい」
「だから。何でそうなるんだよ! 普通に景色を見てればい……う、な、何だこれは!」
鈍い俺でも真後ろに立たれたら、人の気配を感じる。
だけど、この気配……まだ姿が見えていないってのに「俺はここにいるぞ」と分かるんだ。
こんな感覚初めてで、恐怖や驚きより戸惑いが強い。
アルルはこの気配をいち早く感じ取って俺に覆いかぶさってきたのか。彼女は今もまだ俺の胸に両手を乗せじーっとこちらを見つめている。
でも残念ながら、ガルーガのように「強者の気配」ってのは俺にはとんと分からない。
そもそも気配を感じること自体、これが初めてなのだから。
「わ、私は別にい、嫌ではありません! で、ですが、ヨシュア様の気分がよろしくならないのでは、と」
エリーがふるふると首を振り、恥ずかしそうに何やら言っているけど、俺の耳には届いていない。
一体何が起こるんだって気持ちが強く、上の空になっているからだ。
「そろそろ来るぞ。なあにボクがいるのじゃ。安心せよ」
セコイアがその場でぴょんと跳ね短いスカートを揺らす。サービスのつもりなのかもしれないけど、残念ながら見ようとも思わん。
そんなもので気持ちが横に逸れるわけないだろ!
でも、彼女なりの気遣いなのだと思いなおす。
すると不思議なことに少しだけざわついた気持ちが落ち着いてきたんだ。
しかし、次の瞬間――。
空気が震える。ビリビリ、ビリビリと。
物理的に何かに押さえつけられるような、とでも言えばいいのか。
来る!
俺の目には一瞬で空中に現れたように見えた。
恐らく目では捉えられぬほどの速度で動き、ピタッと空で停止したのだろう。
その割にはソニックブームが発生していない。謎だ。ひょっとしたら、物語にあるような転移魔法でひとっ飛びしてきたのかも?
その圧倒的な存在は、神々しいまでの金色のたてがみを備えた龍だった。
全長およそ12メートルほどの巨体。
メタリックブルーの鱗に翼竜のような翼を持つ。大きな口からは鋭い牙がのぞき、額から一本の角が生えていた。
四肢は短いが、指先に鋭いかぎ爪を備えていて、軽く引っかかれるだけでもただじゃあ済まなさそうだ。
なるほど。これは俺じゃあどうにもできないな。
雷獣も凄く強そうな魔獣だと思ったけど、メタリックブルーの龍と比較すると大人と子供以上の開きがある。
『我が領域を可笑しな物が通ったかと思ったら、妖狐、お主の仕業か』
岩と岩の隙間をびゅうっと風が吹き抜けるような音と共に、頭の中に直接声が響いてきた。
こんな神々しいまでの気配を持つ龍に対し、セコイアはいつもの自然体で腕を組んだまま口を開く。
「ボクではない。覇王龍『リンドヴルム』よ」
『てっきりお主のいつものいたずらかと思ったぞ。もうやるなとは言わん。せめて事前に伝えよと苦言を呈しにきたわけだが』
「そういえば、そんなことを言っておったな。じゃが、先ほども言った通り、ボクではない。ボクは付き添っただけじゃ。じゃからして、『事前通告』は知らぬ話じゃろ?」
『忘れておっただけだろうに。相変わらず口の減らぬ娘だ』
あれ? お知り合いなの?
なあんだ。近くにきたからご挨拶にきたってだけかあ。驚かせるなよ。ほんとにもう。
「セコイア、知っていたなら教えてくれたってよかったのに。前に言ったことがあったろ、辺境に『先住者』がいるなら挨拶しないとって」
「こやつには必要ないと判断しておったのじゃ。キミが言う『先住者』とは土地を争う可能性のある者たちじゃろ。こやつは深い山の奥に引きこもっておるだけじゃからな。生存圏は被らぬよ」
アルルの両肩を掴み、彼女を降ろす。
そのまま勢いよく立ち上がって、セコイアの髪の毛を軽く引っ張った。
「ちょ、ちょっと、セコイア」
「なんじゃ。こんな時にでも欲情しおってからに。別に構わんぞ!」
「だあああ。そういうことじゃあないって。こらあ、涎をつけるな」
思いっきり力を入れてセコイアをひっぺがす。
肩で息をしつつ、そおおっと覇王龍「リンドヴルム」とやらにチラリと目をやる。




