130.海だ
街の南側は荒涼とした草木が殆どない赤茶けた大地が広がっている。
地平線の向こうまで荒地だったのだけど、大きな湖を境に大森林地帯へと様相を変えた。
森林地帯の東側には山脈があって、更に南へ進むと大森林も山脈に変わる。
気が付けば空に飛び立ってから三時間……いや四時間近く経過していた。
「お、おおお!」
思わず声をあげる。
山間部を抜けた途端、大草原が広がり地平線の向こうに――海が見えたんだ!
「ヨシュア様? いかがなされました?」
俺の叫び声にエリーがきょとんと首をかしげる。
「海だ。海が見えたんだよ。大陸の南端まで到達したってことさ」
「あの大きな湖が海なのですか?」
「ひょっとしたら巨大な湖かもしれないけど、もう少ししたらわかるさ」
「楽しみです。海とはどのようなものなのでしょうか」
「広い、どこまで行っても広がる湖みたいな……うーん。いざ、どのようなものかと言われると難しいな」
俺の説明にいつの間にかシャルロッテとアルルが聞き入っていた。
セコイアとペンギンは俺がどんな説明を続けるのか興味深そうに見守っている始末……。
「な、なあに。見れば分かるさ。うん!」
「楽しみです!」
頭の後ろに手をやり、たははと笑って誤魔化す。
◇◇◇
やはり、地平線の向こうにあったのは海だった。
長く長く伸びる海岸線を物色し、入り江に砂浜があったのでここに立ち寄ることにしたんだ。
ゆっくりと飛行船の高度を下げ、無事着陸する。
「んー」
タラップの最後の一段を降り砂を踏みしめ、ぐぐぐーっと思いっきり伸びをした。
快適な旅だったけど、乗り物から降りると伸びってしたくならない? 俺だけかも……。
先に降りたバルトロとアルルがこちらに向け手を振る。
彼らは俺の安全を確保するため、先に降りてくれたのだ。中は中で、突然の襲撃がきても対応できるようルンベルクとセコイアがガッチリと俺を両側から固めていたという。
そして今も、俺一人で降りてきたわけじゃあない。
俺にぴったりと張り付くようにセコイアが真後ろにいる。
何だか、腰の辺りが湿っているような気がするのだけど……かじりついてないだろうな?
「こらああ! 護衛なんじゃないのかよ!」
「ちゃんと護衛しておるわ。失礼な」
「ガッチリと俺に張り付いて護衛もないだろうに」
「こ、これはじゃな。魔法じゃよ。魔法。密着させていないと魔法の効果がヨシュアにも及ばぬからの」
「……そういうことにしておこう」
やっぱり涎だったか。
しかし、セコイアのお茶目ないたずらのこともすぐに吹き飛んでしまう。
だってほら。
――ザザー、ザザー。
心地よい波の音が耳に届いたから。
この世界で初めて見る海だ。波の音は地球と変わらないのだな。
こっちの海もしょっぱいのかなあ。
ワクワクしつつ数歩踏み出したところで、後ろから声がかかる。
この声はルンベルクだな。
「ヨシュア様。シャルロッテ様と共にお食事の準備をいたします。しばらくの間、景色をお楽しみいただければ幸いです」
「ありがとう。ずっと機関室を見ててくれたのに、助かるよ」
「そうおっしゃっていただけるのがこのルンベルク、何よりの幸せにございます」
ビシッと右腕を横にして、会釈をする彼はどこにいても変わらない。
どこにいても変わらない彼を見ていると、ホッとする。妙な安心感を覚えるというか、そんな感じだ。
シャルロッテも食事の準備を手伝ってもらうことになったのだけど、彼女はまだ飛行船の中にいるようだな。
当たり前だけど、みんながみんなそれぞれ個性を持っていて、誰が欠けてもその人の代わりなんていない。
……変なことを考えてしまいつつも、自然と波打ち際まで歩いていた。
「先に私が毒見をいたします!」
「しょっぱいー」
くわっと目を見開きスカートをたくし上げしゃがもうとするエリー。
しかし彼女のすぐ隣で、アルルが手で海の水をすくいペロリと舐めていた。
眉をひそめ、中腰で固まってしまうエリーだったが、ポンと彼女の肩を叩くとそのまましゃがみ込む。
「どうだ? エリー」
「は、はい。とても塩辛いです」
「んじゃ俺も」
指先に海水をつけ、ペロリと舐めてみる。
うーん。地球の海水との違いは分からないけど、確かに塩辛い。
ちょうどその時、ペンギンが波打ち際でフリッパーをパタパタさせ、何故か嘴までパカパカさせていた。
あのパカパカは興奮した時に見せるものだけど、異世界初めての海に本能がうずいたのだろうか?
『ヨシュアくん! 波だよ、波! 見た所、地球とさほど変わらない』
「うん。塩水ってのも地球の海と変わらなさそうだよ」
『海水は採取して、分析してみよう。あと、君の能力で紅藻類を調べてくれないかね?』
「寒天の元だな。それは俺も探してみようと思っていたよ」
『せっかくの海だ。採れる素材は採っておきたいものだね。それはそうと、波だよ、波』
何、このループ……。
そんなに激しくフリッパーを振り回すほどのものなのかな。
波が起こる原因となるのは風と海水の動きからである。
この世界が惑星なのか不明だけど、少なくとも大地が球体なことは誰しもが知っていた。
太陽の動きから自転していることも自明の理だし、となると風が一定方向に吹き続ける。なので、波ができる。
もう一つの海水の動きは主に引力によって引き起こされるわけなのだが……夜になると月が出ていることから地球と似た感じなんじゃないかなと予想がつく。
ペンギンがそれを分からぬはずはないのだけど……。
「波の動きがそんなに興奮するほどのことかな?」
『そうだとも。考えてみたまえ。この惑星には月と太陽もある。結果、地球と同じような波が起こるのだ』
「う、うん」
『しかし、ヨシュアくん。この世界の物理法則は、魔力が関わってくるのだ。それにも関わらず、波は地球と同じように見えるのだよ!』
「お、おう……」
言われてみると確かに不思議ではある。
局地的に魔力の力でおかしな海流とか津波が生まれているのかもしれないけど……。
学者気質じゃない俺には、ふうんくらいにしか思えないんだよな。
「何じゃ、海の動きを変えたいのかの?」
「どっから出て来てんだよ!」
「キミの肩から顔を出しているだけじゃが?」
「……涎はよしてくれよ」
「……もう遅いのじゃ。それはともかく、やるのか?」
「いや、別に……あ、そうだ。竜巻みたいなのって起こせるんだっけ?」
「任せておけい」
べったりと俺の肩を汚したセコイアがひょいっと背中から降りて、杖を構える。
「風の精霊シルフよ」
セコイアが杖を振ると、みるみるうちに風がどんどん強くなり、海水を巻き込みながら渦になっていく。
「ま、待て……」
竜巻の半径が十メートルくらいあるじゃねえか。
規模が大き過ぎるだろ!
「どええええ!」
「わー。おさかなさん!」
ドバシャーン!
竜巻が上空50メートルくらいまで巻き上がり、海水を巻き込んで砂浜に落ちる。
海水が引いた後には魚がびたんびたんと何匹も跳ねていた。
幸い水しぶきがかかった程度だったけど、未だにドキドキが収まらん。




