121.寝かせてくれええ!
ミーシャの両親は早期発見が功を奏し、綿毛の症状が僅かに出ただけで回復した。胞子そのものを死滅させてしまえば、回復も早く熱など他の症状も出なくなる。
綿毛病の特徴は健康であろうが体調不良であろうが構わず感染することにあるんだ。
綿毛病の在り方は病気って免疫力が落ちたところで罹患するという俺の中にあった常識が覆された。だけどまあ、元々健康だった人が患者の場合、胞子さえ死滅させれば翌日には通常通りになるからやはり普段から健康第一は悪いことじゃあない。
なので、俺もしっかり睡眠をとるべきだ。え? 魔力密度が5だから綿毛病の心配はないだろうって?
ま、まあそうなんだけど。風邪を引かないようにちゃんと休まないとだろ? ははは。
ああああ。眠りてえ。
そんなわけで、屋敷に戻ってきたことだし、二週間ぶりの自室でベッドインしようじゃあないか。
まだ昼前だけどね。そんなもの構うもんかー。俺は自由だー。
ぶわさあ。
ベッドにダイブし、頬をシーツに擦り付ける。
バネがあればもっと快適にぽよんぽよんするのだろうけど、贅沢は言っちゃあいけない。バネの仕組みは分かっているし、素材もある。
生産体制の構築さえすれば……ふかふかぽよよんベッドで惰眠を貪ることができるな。ぐふふ。はやく実装しなければ。
バネはいいぞお。いろんなところに使うことができる。
枕を抱きしめ、こてんと寝転がる。
コンコン――。
「ヨシュア。着替えは終わったのかの?」
この声はセコイア。何だよもう。
「ティモタらに礼を言いに行くのじゃろ。着替えなら手伝ってやろう」
あ、そうだった。
わたくし、すっかり忘れておりました。
彼らの不眠不休の活躍により、小箱こと魔力培養器と魔力測定器の数が揃ったんだよね。
それはとってもありがたいことなのだけど、彼らに「休め」と伝えても休まない。なので、俺が「直接礼を言う」という名目で出向いて、彼らに休息を取ってもらおうってわけだ。
さすがに俺から直言されたら、休んでくれるだろ。
――ガチャリ。
動こうとしたってのに、待ちきれなくなった狐耳の野生児が俺の了解なんぞ取らずにズカズカと部屋に入ってくる。
「何じゃ、ボクと寝たかったのか」
今立ち上がろうとしていたんだよ。ベッドって一度寝転がるとなかなか起き上がることができないって分かるだろ?
ふうんと顎をあげ、嫌らしい笑みを浮かべるセコイア。いやいや、幼女もどきと寝ても狭くなるだけだからな。
勘違いされる前に動くか。
「さて、行くか」
ベッドに飛び込んできたセコイアを華麗に回避し、すくっと立ち上がった。
どしゃーんと音がしたが、気にしてはいけない。いい男は慌てないものなんだぜ。
やれやれとカッコよく肩を竦めた俺はポケットに手をつっこ……ポケットがないな。宙ぶらりんになった手をチラリと見た後、さっそうと歩きだす。
「待つのじゃあ」
「そう来ると思ったぜ」
右……いや左だな。ひょいっと左に体を逸らすと読みが外れセコイア砲弾がクリーンヒットしてしまった。
勢いがよすぎたセコイア砲弾によって前のめりにつんのめり、そのまま床にびたーんと……すんでのところで両手で床を支え事なきを得る。
「あ、危ないだろ!」
「元はと言えばキミが」
「分かった。分かったから背中から降りてくれ」
「仕方ないのお。貧弱だから立てぬのだろ」
「……」
首を後ろに向けじとーっと恨めしくセコイアを見つめると、鼻で笑われた! だけど、背中から降りてくれたから良しとしよう。
◇◇◇
職人が集まる建物に顔を出すと、まっさきにマルティナが駆け寄ってきた。
他の人たちは一心不乱に金づちを叩いていたりと作業の真っ最中だ。やはり、まるで休む気配がないな……。
「よ、よしゅ、あ、さま!」
「パパはお仕事中かな」
俺の足にぺたーっと抱き着いてきたマルティナの頭を撫でる。
仕事中だから気が引けるけど……このまま待っているのもよろしくないよな。
ふうと小さく息をつき、力いっぱい空気を吸い込む。
「集合!」
「しゅ、う、ごう」
俺の言葉にマルティナも続く。
一緒に来たセコイアも真似するかなと思ったけど、両手を組んでやれやれと言った様子で俺たちを見守っていた。
ガタガタと音がして、みんな仕事の手を止め俺の元に集まってくる。
辺境伯という立場を利用した強権発動ですまないなという気持ちを抱きながらも、態度は変えずに一人一人へ目をやった。
一方で集まった全員が神妙な顔で俺を見つめている。
俺に叱責されるとでも思っているのだろうか。
「みんな、この数日間、本当によく頑張ってくれた。心から感謝したい」
「そ、そんな。辺境伯様自らが、勿体ないお言葉です」
代表してティモタがわなわなと指先を震わせながら言葉を返す。
「君たちの奮闘があり、病魔に対抗する備えはできた。ただ、どれだけ病魔が広がりを見せるのか不明だ」
「はい。これに安心せず更なる……」
「いや。君たちは君たち自身をいたわるべきだ。連続して仕事を続けるのは四時間まで。必ず休憩を挟むこと。6日間働いたら必ず半日は休息すること」
「そ、それでは」
「休むと作業が遅くなると思っているかもしれない。だが、実のところ逆なんだ。それに、君たちが体調を崩したら誰が道具を作るんだ?」
「ヨシュア様……」
自分で言っていてなんだけど、超ブラックな労働条件だよな。でもいきなり週休二日なんて言っても受け入れる風土が整っていない。
街が黎明期であるから仕方ないんだけどね。だけど、一年以内には通常状態にしたい。貨幣経済を導入する頃には労働環境も整えたいなあ。
え、えっと……。
ティモタら職人たちは、両膝をつき感激しはらはらと涙を流しているではないか。
「魔力培養器は他にも使い道があるから、大きさの異なる箱を作って欲しい。ただし、日用品もまだまだ不足しているから箱作りは全体の四分の一くらいの時間を当ててくれ」
「承知いたしました。領民を思うヨシュア様のお気持ち、しかと」
「は、はは。頼んだぞ。絶対にしっかり休むこと」
「はい。ありがとうございます!」
深々と頭を下げる職人たちに向け右手をあげ、くるりと彼らから背を向けた。
◇◇◇
ミーシャ一家がカンパーランドにきてから三週間が過ぎた。
街ではちらほらと綿毛病に罹患する人が出ているけど、早期対応することで翌日には完治している。
ルンベルクとシャルロッテも綿毛病に侵されてしまったが、綿毛が体から出る前に回復していた。
これからも断続的に綿毛病患者は発生するだろう。だが、みんなの努力があって一日に50人くらい患者が出ても対応できる体制を整えた。
いつ収束するか不明だが、綿毛病はもう恐れる病ではなくなったと言えよう。
街は混乱もなく、開拓が急ピッチで進んでいる。
上下水道の整備も完了したし、日を追うごとに建物が急ピッチで増えていっていた。
領民の流入も止まることなく、増え続けている。時に綿毛病を患った者もやってくるけど、すぐに治療に入ることができたからか死者は出ていない。
そうそう、怪我の功名というのか俺たちは大きな武器を一つ手に入れたんだ。
それは、手軽に持ち運び検査ができるようにとの目的から作った魔道具「魔力培養器」にほかならない。
こいつは電力供給しなくても魔力に満ちた空間を作ることができる。まあ、元になる水晶へ魔力を込めて魔石にするのは電気からなんだけどね。
しかし、手軽に魔力密度を変えて実験できることから多数の素材に魔力を込める実験が捗ったんだよ。
覚えているだろうか? あのサボテンのことを。
ドラゴンフルーツを発見した時にあった星型が綺麗なサボテンがあっただろ。
植物鑑定による結果を思い出して欲しい。
『名前:温帯性アストロフィツム(紫変種)
概要:痩せた土地に育つ。乾燥に強い。稀に魔力を含む個体がある。
育て方:湿気に注意。水やりに注意が必要。
詳細:葉はアルカノイド系の毒を含むため、食用にならない。魔力を帯びた樹液は粘性を持ち煮沸すると結晶化する』
魔力を帯びた個体は非常に稀なんだけど、通常のアストロフィツムから採取した樹液を魔力培養器に入れておくと粘性を持つ。
こいつを煮沸すると天然ゴムのようになるんだよ。
バルトロにひたすらカエルを探してもらったんだけど、ゴムの問題はこれで解決した。
ついでといってはなんだけど、アストロフィツムからは紫色の染料もとれる。
一粒で二度おいしい素晴らしいサボテンだったってわけだ。うんうん。




