109.基本から整理してみよう
す、すげえな……。
あの後俺たちはすぐに役割分担をしたんだ。
すでにお昼前だったから、バルトロ、アルル、俺が鍛冶屋周辺地域の探索。バルトロとアルルは俺の護衛兼道案内で、俺は植物鑑定を片っ端から使っていく。
バルトロはずっと探索を行ってきた経験から一番地理に明るい。アルルは鼻が利くから二人を選ぶ。
……といっても綿毛病なるものの症状はまるで分かっていないから、薬になりそうなものを見つけたら持って帰ることにした。
ペンギンとセコイアはミーシャの看病をしつつ、病気の症状を探る。ペンギンとセコイアならお互い言葉が通じるし、科学的見地からはペンギン、魔法的見地からはセコイアと知識面でも最適だ。
ルンベルク、エリー、シャルロッテは主に食材調達をしながら生活必需品を揃える。
職人たちは家作りだな。家ができるまではミーシャを鍛冶屋に、他はまあ……適当にと思っていた。
ところがどっこい、鍛冶屋に戻ってみたら既に家が出来ていた。
簡易的なインスラといえばいいのか、長屋のプレハブ風と表現すればいいのか悩むところだけど……。
あ、そうだそうだ。キャンプ場にある一部屋ごとに扉がついたロッジ風が一番近いかも。
丸太と板を組み合わせシンプルながらも機能は十分だ。
鍛冶屋を挟んで右手に二棟。左手に二棟が完成していた。一棟の部屋数は三。
もう一つ忘れちゃいけないのがミーシャ用の家になる。こちらは小さなログハウス風になっていた。場所は鍛冶屋左手の二棟から更に左に進んだところになる。
「す、すげえ……信じられん……」
今度は口をついて出てしまった。
いくらなんでも早すぎないか?
開いた口が塞がらない俺に向け、弟子たちに指示を出していたガラムが顔を向ける。
「丸太と板が既にあったからのお。ベッドの設置までは終わったわい。机は間に合わんかったがのお」
「非常時に備えていたのかな?」
「家にという限定したものではなかったがのお。急ぎ対応できるよう備えあれば憂いなしだの」
「ずっと建築続きだったものなあ。ありがとうな」
「好きでやっておるんじゃ。お前は本当に面白いからの! ガハハハハ。風車も楽しかったわい」
豪快に笑い過ぎたためか、ガラムの額からゴーグルが少しずり落ちてきた。
それでも彼は気にした様子もなく、今度は弟子たちの背中をバンバン叩き彼らを労う。
そこへトーレが合流し……あ、この流れはきっと。
あ、やっぱり。
酒盛りが始まりそうだ。
ええっと、食材調達班の準備は終わったのかな。せっかくなら彼らに食事もしてもらいたい。
お、おお。
俺の思いに応じるかのように、香ばしいよい匂いが鼻孔をくすぐる。
匂いの方向へてくてくと進むと、ルンベルクらの調理が佳境を迎えていた。
「ヨシュア様。もう間もなく仕上がります。お持ちいたしますので、今しばらくお待ちくださいませ」
鍋から手を離したルンベルクがビシッと礼をする。
「いや、まずはガラムたちから持っていってやってもらえるか? その後は俺とペンギン、セコイア以外に」
「ヨシュア様が最後など……」
「これから患者を見に行く。彼女の両親にも食事を」
「承知いたしました。くれぐれもご無理をなさらぬよう。病は体力の落ちた者から襲い掛かります故……」
「うん、ありがとう。ルンベルク」
もうすっかり夜になってしまった。
体力の落ちた者から……というのは真理だな。なので、ミーシャの両親にはしっかり食べてぐっすり寝てもらわないと。
◇◇◇
鍛冶屋の奥にある一室でミーシャは寝かされていた。
彼女の体格にあった丁度良いベッドだけど、わざわざ作ってくれたのだろうか。
あ。そういうことね。ミーシャとセコイアのサイズは同じくらいだ。このベッドはセコイアのお休み用なのかも。
ベッド脇に腰かけるセコイアの真剣な横顔に対し、失礼だと思いつつもくすりとしてしまった。
椅子は三脚準備されていて、セコイアが座る横の椅子にペンギンが乗っかっている。彼は直立しベッドを見下ろしていた。
「ヨシュア、首尾はどうじゃ?」
「ん。薬草らしきものはいくつか持って帰ってきたけど、現在の症状の把握からだな」
「うむ。キミとペンギンから『カガクテキ手法』とやらは聞いている。その辺りも計測しておるぞ。といってもまだ二回目じゃがな」
「ありがとう。元の健康な状態が推測になっちゃうのは仕方ない。でも経過観察することで見えてくるだろう」
「ふむ。キミも確認するがよい」
セコイアからメモを受け取る。
彼女はひょいと椅子から降りてミーシャに被せた毛布を掴み上げた。
「こ、これは……」
『見たことのない病だよ。これは。地球では考えられない』
今度はペンギンが意見を挟む。
裸で寝かされていたミーシャだったが、今はすやすやと眠っていた。
だが、彼女の首筋、両脇、太ももから足先にかけてポツポツと綿毛が皮膚を突き破って生えていたのだ。
綿毛は一番大きくて五ミリくらいか。
これを全部取り除いたら症状が改善するのかな。いや、それなら既に両親がやっていることだろう。
「ペンギンさん、綿毛みたいなものって解析できる?」
『植物質だろうと思う。ここにある器具と試薬だけでやれる限りやってみるつもりだ』
「ありがとう。セコイアより俺とペンギンさんの方が、病について固定観念に囚われがちだから注意点を」
『そうだね。確認しておこう』
聡明なペンギンならば、俺がわざわざ言わずとも既に重々理解しているはずだ。
俺とペンギンの常識だと、病というのはウィルスであったりアメーバみたいな小さな病原体であったり……はたまた体の仕組みがおかしくなって異常をきたしたり……と、全て科学的な見地で説明できる。
だけど、この世界の病はそうじゃあない。
マナや魔力と呼ばれる独特の力が、病原体にも及ぶ。体内魔力の異常でも病が発症する。
なら、魔法で一発回復するのでは? と俺も考えた。
だけど、病とはそう単純なものじゃあなく、どんな病でも治療できる魔法というものはない。
セコイア曰く、大量出血を伴い地球の医療技術では手遅れのような重症であっても魔法ならば治療可能らしい。
なんと傷が一瞬で塞がるのだと。更に手足が切断されてしまっても、切れた手足があればくっつくのだそうだ……。
しかも、魔法で治療したらすぐに元通りに動くというのだから驚きを通り越して呆れてしまう。
それほどの威力を持つ魔法でも病気は治療できない。
「果たしてそうだろうか? 外傷を一瞬で治療してしまう魔法で病が本当に治療できないのかな?」
俺の疑問をペンギンにぶつけてみる。
すると彼はフリッパーを嘴に当て、ふむと頷きを返した。
『可能……いや、魔法単独では不可能だと推測する。病魔の原因は科学的なものと魔法的なものがあるのだろう? ヨシュアくん』
「その通り。きちんと切り分けることができたのなら、魔法的な病魔を何とかすることはできると思うんだ」
『切り分けることは極めて難しい……だろうけどね。できるものならこの世界の先達がとっくにやっているだろう?』
「確かに……」
うーん。やっぱり簡単には行かないか。
腕を組み唸る俺に向け、セコイアが呆れたように首をかしげる。
「知識の整理は終わったかの? 肝要なのは目の前の患者であり、綿毛病じゃろ?」
「うん。症状のまとめを読ませてもらうよ」
セコイアから受け取ったメモに目を通す。




