108.隔離だー
ルドン高原にそびえ立つ風車は、基礎部分の高さが20メートルとネラックの街一番の高さとなった。
ここまでの高さとなると公国の公都ローゼンハイムでも、教会くらいしか見当たらないと思う。
稼働実験をした結果、超良好で水車の発電量とは比べものにならなかった。
これ一基で約5000人くらいが一ヶ月で使う魔石と燃焼石を作り出すことができるのだ。それもたった三日で、それだけの量を。
しかし、これだけじゃあ終わらないのがカガクトシなのだ。
更に二基増設予定である。
最初に建築したこの一基は、魔石と燃焼石専用とする予定なんだよ。他にもミスリルを作成したり……動力源はあればあるほどよいだろ?
まだ他の人には言っていないけど、俺とペンギンには大きな野望がある。
それは、カンパーランド辺境国から始める「産業革命」なのだ。
地球ではイギリスから始まった科学による産業革命とはまた違う、魔法と科学が融合したものを目指している。
大量消費、大量生産の社会はきっとこの世界に福音をもたらすことだろう。
飢える人はいなくなり、皆がささやかかもしれないけど休日には娯楽にいそしみ、観光地が栄えたり……なんてしたらとても素敵だと思わないか?
温泉地で温泉饅頭を食べながら、ぼーっとした時を過ごす。
うん、素晴らしい。
え? そこまで行くには三年じゃあ無理だろうって?
そら、まあ、厳しいとは思う。だから、俺がやるのはきっかけ作りだよ。
俺とペンギンが種をまく。それを育てるのは別の人々ってわけだ。
ああああ。早く休みてええ。
なんて昨日、水浴びして遊んだくせにそんなことを考えてしまうダメな俺だった。
呑気だったのも、風車の稼働を見届けるまで。
そろそろシャルロッテとルンベルクに相談して文官組織を作ろうかなあなんて思っていたら、それどころじゃなくなったんだ!
ネラックには毎日のように公国からきた領民が流入している。
数はまちまちだけど、老若男女問わずに俺を頼って。本来なら怪しい者は排除すべきなんだろうけど、今のところ来る者拒まずで受け入れている。
今日はたまたまルドン高原に来ていてたから、流民と遭遇した。
誰もが俺の顔を見ると、涙を流して感謝してくれて……ちょっと気まずい気持ちになってしまう。
そんな中、悲壮な顔で御者を務める中年の男が通りかかったんだ。
彼は髭が伸びっぱなしになっていて頬がこけ、碌に食事もとっていないように見えた。
他の流民と異なり彼は俺やセコイアたちの姿にも目もくれずに馬車を進め、普通じゃない状態であることは明らか。
それで、「大丈夫かな」と心配になって、ルンベルクに呼び止めてもらったんだよ。
馬車の中には彼の妻らしき中年女性と十歳くらいの少女が乗っていた。
少女は寝かされており、布団から覗く首筋に綿毛のようなものがついていることが確認できる。
ルンベルクと俺が少女のただならぬ様子に気が付いたのはほぼ同時だった。
その瞬間、彼の雰囲気が剣呑なものに変わるが、俺が目配せするとすっと和らぐ。
彼の気持ちは分かる。
彼は領民や自分だけじゃあなく、主たる俺にも危険が及ぶ可能性に一瞬で考えが及んだのだろう。
恐らく彼の考えは正しい。
見た事のない症状だが、少女の荒い息使い、触れてはいないけど恐らく発熱も併発している。
「この子は一体?」
「行商人から聞いた話なのですが、『綿毛病』というはやり病だそうです」
「はやり病か……となると……いや、それはいい。あなたたちはどこから来たのです?」
「ガーデルマン様のところです」
「ふむ……」
「お貴族様! どうか、どうかこの子を。ヨシュア様しか頼れる方が……あのお方がいらっしゃれば、このようなことには……」
病の治療ならローゼンハイムが最も設備が整っている。
衛生局には大きな予算を割いたからな。健康こそ国民に対する一番の福祉と思ってね。
有能な人が見つかったから、大きな資金を投入することになったんだ。
彼に任せるのが、解決の最も早い近道なことは確か。だけど、今からローゼンハイムに彼らを送るわけにはいかない。
はやり病ってことは、他にも感染するってことなのだから、言葉は悪いけどこの少女には実験台になってもらわければならないんだ。
他の誰かが罹患してからじゃあ後手後手に回ってしまう。彼らが病を持ち込んだのだから、それくらいは協力してもらうぞ。
もっとも、この少女に対し全力で治療に当たるけどね。
顎に手を当て、少女を見つめていたら後ろに控えるルンベルクが厳かに宣言する。
「このお方こそ、ヨシュア辺境伯様その人、あなたはいと尊き人の眼前にいるのですよ」
「ヨ、ヨシュア様でしたか! も、申し訳ありません! 私は何という事を……ヨシュア様の前に娘を……」
う、うわあ。
今にも自害しそうな勢いになってしまったじゃないかよ。
彼女も分かっていたのだ。はやり病とはどういうものかってのを。
だけど、彼女の認識では直接会わせなきゃいいって理解なんだろう。そうではない。空気感染するだろうから、俺と直接会わなくても感染する。
いや、空気感染じゃあないかもしれないのか。その辺の細かいことはおいおい調査していこう。
それに、彼女が俺の顔が分からなくても無理はない。
写真やビデオがある世界じゃないから、ローゼンハイム以外の領民だと俺の顔を直接知っている人もごくわずかだ。
なので黙っていた方がこの場を乱さずに済んだものを……。ルンベルクの気持ちも分かるから、彼に文句を言うつもりは微塵もないけど。
「気になさらず。この地にもいずれ病はきていたはず。遅いか早いかで、事前に病への対策を打てることはむしろ幸運なのだから」
「ヨ、ヨシュア様……あなた様は……なんと慈悲深い……う、うううう」
「あなたの娘の名は何と?」
「ミーシャです」
「ミーシャを隔離させてもらう。あなたとあなたの夫も別の場所でしばらく過ごしてもらう」
まずは隔離だ。このまま街の中に入られては困る。
場所はそうだな……鍛冶屋の隣にでもするか。両親も近くに別の家を建ててそこに収容しよう。
娘と離されることが心配なのか、彼女の表情がとても固くなっていた。
彼女を安心させるよう、穏やかな笑みを浮かべ語りかける。
「全力で治療に当たらせてもらうよ」
「娘を……娘をよろしくお願いいたします!」
何度も何度も深々と頭を下げる母親に向け右手をあげ、馬車から一旦離れる。
父親も同じように、地面に両膝をついて頭を下げていた……。
申し訳ないが、彼らに構っている暇があるのなら準備を整えないと。
すぐにガラムとトーレに家を建てるように依頼し、彼らは弟子と共に先に鍛冶屋に戻って行った。
更に、ここに来ていた人たちも隔離することに決める。
なのでしばらく屋敷に戻らず、鍛冶屋の付近ですごすことになるだろう。
家は……まあ、うん、何とかなるだろ。鍛冶屋の中は元々寝泊まりできるようになっているし……行水はルビコン川でね。
えっと、ハウスキーパーの四人、シャルロッテ、セコイア、ペンギン、職人の二人に彼らの弟子六人と俺が対象か。
これだけ人数がいたら家建築なんてすぐだろすぐ。
は、ははは。
お、遅くなりました。。




