103.閑話 ヨシュア追放後のルーデル公国 24日目その2
「おっと。吾輩とした事が……。諸君らはそもそも病が二種類に大別されることを存じているかね?」
片眼鏡をクイっと上に引っ張って不気味に目を光らせたオジュロ伯は唐突に話題を変える。
不気味なことに興奮したからか、言葉遣いがおかしくなっているではないか……。
困惑し、何ら返答を返せていない三人のことなどどこ吹く風な彼は勝手に納得し説明を続けた。
「病とは、魔力が関わるものとそれ以外なのだよ。これはヨシュア様の案でね。どれほど衝撃を受けたことか! 私はこれまで病魔について長年研究をしていたのだが、まさかまさかだよ! 分かるかね、まさに青天の霹靂とはこのことだ! そもそも基礎の基礎から私が誤っていたのだよ! 興奮した。感激したさ!」
「そ、それが意味することとは何ですかな?」
投げやりな感じでバルデスが相槌を打つと、オジュロ伯のボルテージが更に高まってしまう。
「腐り病はB群病……つまり魔力が関わらない病の一群なのだ。病が進行すると最悪手足が腐ってしまうことから、腐り病と呼称されている。こいつは、小さな目に見えない悪魔が僅かな傷口から入り込み悪影響を及ぼすのだ!」
「ち、治療法はあるのですか?」
「あるとも。ここが興味深いところだよ、諸君! 小さな悪魔には小さな天使で抗することで、互いに潰し合い消滅させることができるのだ。小さな天使はある種のキノコとカビ類から抽出した物質にヒールの魔法を込める。魔法が影響しないB群の病魔が魔法を追加することで治療できてしまうのだ! 素晴らしい! 素晴らしいと思わんかね?」
「く、腐り病を治療できるようになっていたとは驚きです」
勢いに押されながらも騎士団長が何とか口を挟む。
すると、オジュロ伯はくわっと目を見開き、騎士団長と顔が引っ付きそうになるくらいにじりより唾を飛ばす。
「騎士団長! 罹患者数の報告をしているが、死者の報告は受けていなかろう。罹患者の報告後は、衛生局が受け持つのだから。さて、腐り病の患者はどうなっていると思うかね?」
「全員治療済みでしょうか?」
「うむ! そもそも医療を受けるには金が必要だ。そこをヨシュア様がうまくやって下さったのだよ。金の取れぬ者のために……ええと、まあいい。とにかくそういうことだ」
我が主君は衛生局に税収の一部を回していたのか。
グラヌールはすぐに察し、適当に相槌を打つのだった。
一方でバルデスは目に涙を浮かべ、ペチンと自分の禿げあがった頭を叩き低い声をあげる。
「私は余りに無知でした。自分の担当部門への責務だけに必死で。衛生局の目覚ましい活躍に目を向けておりませんでした! 大いなる発展の裏に、ヨシュア様の慈愛と領民の健康を支える官吏たちがいたとは」
「私もです。バルデス卿」
バルデスの嘆きにグラヌールも完全に同意した。
直接領民の声を聞くことの多い騎士団長は衛生局の活躍を知ってはいたようだが、実体までは知らなかった様子だ。
彼も彼で治安維持活動に尽力している。そんな中、領民の声まで集めているのだ。
彼もまた激務であることは間違いない。故に自分が担当する箇所以外に疎くても仕方がないと言える。
グラヌールはふとヨシュアの言っていたことを思い出す。
「それぞれ特化し、専門家に任せるべきだとヨシュア様がおっしゃっていた。詳しい者、詳しくなりたい者を担当につけることで、より仕事効率が良くなると」
「分業制でしたかな。名や地位で大臣を決めるのではなく、専門性で選ぶ。当たり前と言えば当たり前のことかもしれませんが、ヨシュア様だからこそ断行できたと言えましょう」
「おっと、バルデス卿。私がきっかけを作っておいて申し訳ありませんが、その辺りの談義は私と二人の時に……」
「そうですな。ついつい」
話を打ち切った二人は、苦笑し合い揃って水を口に含む。
彼らの様子を見た騎士団長が再びオジュロ伯に話を促した。
「して、はやり病について、伯の見解をお聞かせいただけますか?」
「『はやり』病と神託で出たことから、腐り病は除外じゃあないかと思うのだ。破傷風は『はやり』ではない。外傷だ。軽い風邪と激しい咳は真の症状への布石である可能性もある。しかし、やはり奇病が気になるところなのだよ。奇病の症例が出たのは?」
「とある孤児院で発症したと聞いております」
「ふむ。局員を向かわせている。明日にはどのような症状が出ているか分かるだろう。これが伝染するとなれば『はやり病』の候補として最有力じゃあないかね?」
「問いかけられても困ります。病魔のことは伯にしか分からぬこと。衛兵が対応策を取る必要があれば、即応させていただきます」
「ふむ。奇病の報告が入ればすぐに共有して欲しい。場所、発症した者の行動範囲が分かれば尚良し」
「承知しました」
これにて討論の時間は終了となり、彼らはそれぞれの業務に戻る。
◇◇◇
オジュロ伯の活躍により、はやり病が何であるかが特定された。
彼の推測通り、はやり病は件の奇病だったのだ。
奇病の症状は、高熱から始まり、熱が収まるとやがてポツポツと表皮から綿のようなものが出てくる。
綿毛が体の半分近くを覆うまでになると、再び高熱の症状が現れるのだ。
「綿毛病」と名付けられたこの奇病は先例が無かった。いや、世界のどこかで発生していたのかもしれない。
しかし、少なくとも公国の記録には残っていなかった。
オジュロたちはこの病に立ち向かうものの、患者の発熱を抑えるのが精一杯で綿毛に関しては手の打ちようがない状況である。
病の発生から10日後、病に倒れる者が出始めた。一方で症状が改善し綿毛病を克服する者も出てくる。
高熱を緩和させる対症療法しか手を打てなかったが、それでも体内の病魔が持つ魔力が尽きるまで患者を持たせることができれば改善に向かうことが分かった。
現在のところ、綿毛病の回復率はおよそ五割。
病は確実に公都ローゼンハイムを蝕みつつあった。
しかし――。
公国に襲い来る悲劇はこれだけではなかったのだ。
真の受難は病ではなかった……。




