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え、久しぶりとか言うレベルじゃなくない?
『九年勤めた会社を辞めました。とりあえず今はいろんなことが片付いて、いい意味で「終わった」って感じ。次のことはなんにも決まってないけど、寝て、起きて、飯食って、生きていきます。少し休んだら、また働きたくなるかもしれません。』
友達の多いフミヤらしく、もうたくさんのコメントやスタンプがついていて、思わず笑ってしまった。私も彼らにならってスタンプを送っておく。
こういう話題を、暗くもなく重たくもなく投稿できるのってフミヤの才能だなと思う。コメントがネタとか茶化しでほとんど埋まっているのは、人望だろうか。私が転職したときなんか、どうやっても暗くて重たい感じにしかならないって分かってたから、タイムラインどころか個人的にも誰にも言えなかったもんね。ユウコやアユミにすら言えなくてひっそり辞めたもんね。あとでめちゃめちゃ怒られたけど。
でも良かったな、と思った。最後に会ったのってヨッチの結婚式だったけど、仕事しんどいって言ってたから。私はそのときにはもう転職してたから、そういう話もしたっけ。ユリちゃんはすごいなぁ、やりたいこと見つけたんだね、って笑っていたフミヤを思い出して、携帯の画面をオフにした。
なんだかんだ、フミヤはあのときもやさしかった。でも、私に話しかけてくる感じからして、もう私のこと好きじゃないんだなって分かってた。
彼女はいるの、なんて聞けなかったけど、別れるとき、「友達でいてもいい?」って言ってくれた彼は、社交辞令じゃなくて、本当に「友達」でいてくれるんだって、それを実現させる人なんだって、感心したのも思い出した。
――ああ、良かった。ちゃんと、思い出せた。
月に一度くらい送られてきていた写真が来なくなったのも、私の返信がだんだん途切れていったのも、疎遠になったからじゃなかったこと。もう、そういう義務みたいなやりとりじゃなくて、自然に、連絡を取りたいときだけ、必要があるときだけ、メールしたり電話したりする関係に戻っていったからだってこと。
ナツキがうらやましがるような、きゅんきゅんする恋にはなりえなかったけど、本当に普通の友達になれた恋だった。……そのことを、ちゃんと思い出せた。
ずっと喉つっかえていたものを飲み込んだように、ちょっと苦しいけど、すっきりした、とまた笑いがこみ上げる。
「ユリちゃんなに笑ってんの?」
「なんでもなーい。」
「いやいやなんかありそうですけど。」
「あっ彼氏!? 彼氏できた!?」
「できません。」
「できてませんなら分かるけど、できませんって。不可能みたいな言い方を。」
カツキが呆れたように言って、その隣でお姉ちゃんがため息をついた。ごめんねお姉ちゃん、この子たちの従兄弟はまだまだ遠そうです。
たぶんカツキが結婚する方が早いと思うよ。お姉ちゃんは伯母ちゃんになる前におばあちゃんになると思うよ。……言っててさすがにむなしくなってきた……。え? イツキ? イツキはヘタレだもん、結婚遅そう。カツキはモテそう。気が利くし。ナツキは叔母ちゃんに似て鈍いから心配だよ。でも友達は多そうだから大丈夫。ミツキよりも婚期遅れたら、たぶん私結婚できないね。
仕方が無い、別方向から人生楽しもう。
「ナツキ、やっぱり沖縄一緒に行こうか。」
「行くっ!」
「大学受かったら連れてったげる。」
「マジで!? やったぁ!」
「俺のときお祝い財布だったのに!? 扱い違いすぎじゃない!?」
「じゃあイツキも一緒に行く?」
「なぜそうなる!?」
めっちゃ怒ってるけど、財布欲しいって言ったのイツキだからね? けっこう高い、いい財布買ってあげましたよ、おばちゃんは。
スマホでゲームをしているらしいカツキは、画面から目を離さずに手だけ挙げて発言する。
「あ、ユリちゃん、俺はタブレット新しいの欲しい。」
「ミツキはランドセルほしーい。」
「うんうん分かった分かった、まとめて買ったげよう。」
「残念、ミツキのランドセルはおじいちゃんがもう頼みました。」
「あのくそじじい。こうなったらミツキも沖縄連れていくか。」
「わーい!」
「いやミツキ大学受験じゃないじゃん! 小学校入学じゃん! お受験でもないじゃん!」
「世界一かわいいので当選しました。」
「えこひいき!!」
沖縄に行ったらどこに行こう何しよう、とすでに半分くらい海の向こうに意識が飛んでいるナツキを見て、お姉ちゃんは私の方を軽くにらんでくる。おおこわ。いいじゃないの、受験のためのモチベーションは上がったと思うよ。あと、私ナツキに沖縄連れて行ってあげるとは言ったけど、お金出してあげるとは一言も言ってないからね。バイトがんばれ?
ミツキはいまいち沖縄が分かっていないのか、おきなわってでんしゃでえきいくつ? とダイスケさんに聞いていて、大変かわいい。市民プールでも沖縄でもハワイでもフィジーでもモルディブでも連れて行ってあげるから、老後の面倒は頼みますよ! あっでも、老後の問題なら、姪っ子に貢いでないで、ちゃんと貯蓄しといた方がいいのか……?
とにかく。
アラサー・独身・彼氏なしの三拍子がどうした。多少老後が不安でも、私は別に不幸じゃない。
モトサヤだけはやるまいと決めて書き始めて、なんとか初志貫徹しました。
ユリちゃんの万人受けしない感じがけっこうお気に入りです。
最後は、百合の花もちょっと上を向いたみたいです。
なかなかな放置っぷりでしたが、読んでくださった方々ありがとうございました。