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花火見に行こうと言ってくれたのはフミヤで、浴衣着て行こうと言ったのは私だった。
「あ、フミヤ下駄だね。すごい。」
「そう言うユリちゃんはビーサンだね。らしい。」
「ありがと。」
「……いや、ほめてねーだろ、どう聞いても。」
面倒くさそうに突っ込んだのはヨッチだ。ヨッチは普通に洋服だった。
フミヤが行くー?と聞いたら行くーと軽く返事をしてきたらしい。待ち合わせ場所でお待たせーと言った私にめちゃめちゃびっくりしていたから、フミヤは誰と行くとか言わなかったに違いなかった。
ちなみに、このパターンは三回目くらいだ。いい加減学習したらいいのに。
「……お前らなんで俺を巻き込むんだよ。」
「巻き込まれたくなかったら来なきゃいいのに。」
「お前の言葉が足りねーんだろ!?」
「嫌なら帰ればいいのに。」
「呼んどいてなんでお前らそんな冷たいんだよ!?」
意外とさみしがりのヨッチに、帰るという選択肢は無い。ぶつぶつ言いながらも私と並んで歩くフミヤのあとをついてくる。
からかいすぎると拗ねるのでこのくらいにしておいて、私は焼き鳥とかきゅうりとかを買っては食べる。きゅうり一本百円って詐欺だよなあ今なら思うけど、お祭り騒ぎに乗じて儲ける人たちのしたたかさに感心もする。
「焼きそば食べたいね。」
「餃子も食べたい。」
「たこ焼きだろ。」
「じゃあフミヤ買ってきて。私たち場所取ってくる。」
「ここで俺パシられんのかよ!?」
フミヤは、ギャーギャー言うヨッチにお札を二枚くらい渡していた。それで静かになる辺り、ヨッチは現金だと思う。
ヨッチがいなくなると、フミヤはちょっと緊張したように、私の顔を伺った。
「……手、つないでもいい?」
「うん。」
はい、と差し出した手がぎゅうと握られた。そしてまた歩き出す。
見上げたフミヤの顔は、うれしそうというよりはほっとしたような感じだった。それを見て傷つく権利は私にはない。どうしたって、フミヤがくれる「好き」の方が、私のあげられる「好き」よりも多い。それは相変わらずだった。
手をつなぐのさえ、おそるおそる、みたいなフミヤがかわいいなって思うのと同時に、ああ、まだ全然足りないんだな、不安にさせてるんだな、って思っても、罪悪感がちょっとしか無い辺り、私は薄情な女だった。
付き合ったら、もっと好きになれるかもって思ったのに。
なんでもっと好きになれないんだろう。
もっと好きになりたいのに。
誰かに聞かれたら(それこそ、ユウコとかアユミとかヨッチですら)ブチ切れられそうな呟きを、心の中にしまう。でも、フミヤは言っても怒らなそうだなって思ったら、むしろ申し訳ない気持ちになった。たぶんちょっとさみしそうに笑うんだろうな。
あんまりいい席ではなかったけど、とりあえず三人分の座るところが確保できるところを見つけて、フミヤが持ってきたいかにも百均っぽいレジャーシートを二枚並べる。
思うんだけど、こういう場合私が持ってくるのが正解だよね。ごめん。でも、巾着にレジャーシートって入らんしなあ。下駄は諦めてビーサン履いてくるくせに、巾着にはこだわる私の女子力はどんなもんだろうか。
遠くの方でアナウンスのぼそぼそした声がして、そろそろ始まるんだろうなと思いながら座った。
「そう言えばさ。」
なんでもないことのようにフミヤが切り出したので、そっちを向く。いつの間にか、つないでいた手は離れている。
「無料通話にユリちゃんの番号指定したから、電話したかったらワン切りして。こっちからかけ直すよ。」
「え、」
「この前、電話代のことユリちゃん気にしてたでしょ。」
確かに、けっこう高くつくって話したかもしれなかった。しかも、フミヤとの電話の最中にそう言ったかもしれなかった。電話代が高かったのは、フミヤのせいじゃなかったような気もするけど。今から考えると、ここからして「間違い」だった。
フミヤは、ほめて、って顔をしていたのかもしれない。もしかしたら不安そうにこっちを見ていたのかもしれない。手をつなぐ許可を求めたときみたいに。でも、よく覚えていない。
フミヤがどんな顔をしていたのか。
「……だって、フミヤ、別れたら、どうすんの?」
予想もしてなかったことに、ものすごくテンパったんだと思う。私は、すごく残酷なことを、残酷だって気がつきもしないでぺろっと言ってしまった。
そのとき、フミヤがどういう顔をしていたのか、やっぱり思い出せない。
「……なんで、そんなこと言うの。」
フミヤは、今まで聞いた中で一番悲しそうな声でそう言った。
瞬間、私は、「間違えた」と思った。ごめんとか、冗談だよって、すぐ言えばよかったのかもしれない。でも、言えなかった。「間違えた」ことに動揺していた。またやっちゃった、また傷つけちゃった、何が正解だったんだろうって、ずっとぐるぐるしていた。
傷ついたフミヤのことよりも、傷つけた私のことばかり考えていた。
それこそ「間違い」だったのに。
戻ってきたヨッチは、何かを察したらしく、そのあとほとんど一人でしゃべっていた。
焼きそばを食べるフミヤと、餃子を食べる私と、ヨッチに食べられることなく冷めていくたこ焼きと。あんなときだったのに、花火がやたらきれいだったことはよく覚えている。
私は、手をつないだままじゃなくて良かった、って思っていた。
だって、離すタイミングを絶対間違う自信があったから。
そうそう餃子だった餃子だった、という雑な思い出し方から久しぶりに続きを書きました。
餃子の伏線を回収してどうする。
万人受けしないありのままのユリちゃんを書くというのはコンセプトのひとつだと思っています。