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「……あー、あったあった、きゅんってしたこと。」

「きゅんなんだね! きゅんきゅんじゃないんだね!」

「良かった良かった思い出した。」

「よくなーい!」

「もうナツキうるさいよ。お風呂入って寝て。明日英検でしょ。」

「……ちぇ。」


 ほほう、英検。三十一年の人生で、たぶん私に一度も関係なかった単語だね。すごいねナツキ。

 世間的に、明日は日曜日らしい。別に悲しくなんかない。仕事は好きだ。やりがいもあるし、今の所は人間関係もとても良好だ。前の所はどうだったのかは聞くだけ野暮です。


「ユリは? 泊ってく?」

「ううん、帰る。明日そんなに早くないし、家でゆっくり寝たいし。」

「じゃあ残った餃子持っていきな。タッパー貸したげる。」

「わーい!」

「ナツキとの恋バナより餃子でテンション上げないでよぅ!!」


 わーん、とかわいく嘘泣きしながら、ナツキはお風呂に向かっていった。恋バナ? 恋バナしてたっけ?

 入れ替わりに出てきたカツキが、駅まで送ろうか、と男らしく申し出てくれるのを断る。


「お風呂入ったじゃん。風邪ひくよ。」

「いやいや、ユリちゃんもっと警戒心もった方がいいって。」

「そろそろイツキが帰ってくるから、イツキに送らせようか?」

「大丈夫だって。」


 イツキというのはここんちの長男だ。双子ちゃんたちのお兄ちゃん。ミツキのいちばんうえのお兄ちゃん。双子ちゃんたちより二つ上で、今は大学一年生だ。月日が経つのは早い。

 大学の寮にいるんじゃなかったっけ、と思ったら、連休だから帰ってくるらしい。あの子もほんと家族好きだなぁ。ここんちが本当に居心地がいいのは、私が保証するけれども。


「てか、イツキ帰ってきたばっかりでまた駅まで歩かされるってかわいそうじゃない?」

「たしかに!」

「イツキはユリちゃん大好きだから大丈夫だよ。」

「そういう問題かなぁ。」


 私にとって初めての甥っ子だったから、もう猫かわいがりしてしまった。いまだになんか頭撫でたりとかお菓子あげたりとかしちゃう。ごめんね、イツキ。

 あっ、もちろん、カツキもナツキもミツキもかわいいよ! ほんと、自分の子どもなんかいらないよ! こんだけかわいい子たちが私の大好きなお姉ちゃんの子どもで私の甥っ子姪っ子なんて、ほんと信じられない! 幸せ! 別に強がってないから!


 再三もう少し待ったらと勧められたが、やっぱり断って玄関までのお見送りで済ませてもらった。

 餃子の入ったタッパーを渡しながら、お姉ちゃんは急に真剣な顔になる。


「ユリね、」

「うん。」

「……確かに、あの十年前の恋はさ、あんまりいい終わり方じゃなかったかもしれないけど、そろそろ先に進んでもいいんじゃない。まだ好きなわけじゃないんでしょ?」

「……うん。」

「良かったこともたくさんあったわけだから。」

「うん、お姉ちゃんありがとう。」


 もらった餃子のタッパーをぎゅうと抱きしめると、にんにくのいい香りがした。帰ったらハミガキ忘れないようにしなくちゃ。

 お姉ちゃんの表情は、真顔からにやりと笑った顔に変わる。


「あたしは、うちの子たちには従兄弟が必要だと思ってるから。」

「え、そっちから攻めてくる? 予想外の展開だわー。」

「あんたがうちの子たちのことかわいがってるのを利用しない手はないからね。」

「すごいこと言ったよこの母親は……。」


 じゃあねと告げて、駅に向かって歩き出す。夜になるとさすがに涼しい。昼間からすると寒いくらいだ。


 そう、確かに。

 お姉ちゃんの言うとおり、楽しいことも、うれしいことも、良かったことも、たくさんあった。


 漫画喫茶に行って、フミヤそっちのけで漫画に夢中になった私を笑ってくれたフミヤ。

 映画を観に行って、クライマックスで泣いてしまった私の手を握ってくれたフミヤ。

 その映画の主題歌を、携帯の着信音にしてくれたね。

 就活が思ったように進まなくて、二人で慰め合ったこともあった。

 オススメのラーメン屋さんに連れてってもらったことも。

 私が嫌いだって理由で、煙草もやめてくれたね。

 ユウコと喧嘩したときには、心配して電話をかけてくれたフミヤ。

 誕生日に、私ピアスの穴あけてないのにピアス買ってきちゃって、あわててイヤリングに取り替えてきてくれたフミヤ。


 こうやって思い返すと、フミヤにしてもらったことばっかりだ。私がフミヤにしてあげられたことなんか、全然なかった気がする。最初から最後まで、わがままを言って困らせたり、フミヤに甘えすぎて傷つけたり、そんなことばっかりだった気がする。


 私にとって、楽しいこともうれしいことも良かったこともあったように、フミヤにとっても、何か楽しい、何かうれしい、何か良かったことのあった恋だっただろうか。


 彼は今幸せだろうか。

 私と別れたあと、誰かを好きになれただろうか。

 誰かと付き合ったり、結婚したり、そんな幸せが彼のもとを訪れただろうか。


 確かにあのとき、こわがりながらも、不安に思いながらも、確かにフミヤのことが好きだったことが、ちゃんとフミヤに伝わっていただろうか。


次話はまた過去編です。

着地点を探している感じになってきました。(ほんとかいな)

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