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「ユリちゃんが好きです。付き合ってください。」
そう言われたときには、やっぱりね、という気がした。時々仲間内で一緒にごはんを食べる校舎裏のテラスに呼び出されて、なんだか難しそうな顔をしたフミヤは、たぶんすごく緊張していた。
なんと答えるべきか迷った挙句、私は沈黙を選んで、彼を不安にさせたと思う。
「……あんまり驚かないね。」
「うん、なんとなく分かってた。」
「マジで!? なんで!?」
「なんかアユミとかユウコとかにめっちゃ『フミヤどう?』って聞かれたし。」
「そうなの!?」
「あとヨッチとかにも今好きな人いないか聞かれた。」
「ヨシキまで!?」
「フミヤ友達多いね。」
「それはありがとうでいいのかな!?」
「たぶん。」
じゃあありがとう、とやけくそのように言ったフミヤに、思わず吹き出した。性質としてはボケだと思うんだけど、なぜかツッコミ役に回ってしまうところが、長子長男のフミヤらしかった。
笑った私を困ったように見て、フミヤは続けた。
「……ユリちゃんさぁ、返事くれる?」
「……返事ねぇ。」
「今付き合ってる人いるの、」
「いないけど。」
「今好きな人いるの、」
「いないことはないけど。」
「……違ってたら笑っていいけど、それ、俺?」
「そうだね、付き合ってもいいかなって思える可能性としてはフミヤが今のところいちばんだね。」
「どういうこと!? 『付き合ってもいいかなって思える可能性』って、言葉として『好きな人』からすごく遠くない!?」
「あれ、そうかも。」
あのとき、私は確かにフミヤのことが男の子としてはいちばん好きだった。同時に、あのとき言った『付き合ってもいいかなって思える可能性』という言葉も、すごく真実に近かった。
まだ、フミヤが私のことを好きなのと同じくらい好きかどうかは分からなかったし、友達としてすごく好き、という以上のものなのかどうかも分からなかった。
分かってたのは、フミヤが、それでもいいから付き合ってほしい、と言うタイプではないということ。
「……フミヤのことはすごく好きだけどさ、付き合うって、よく分かんない。」
「それはさぁ、前好きだった人のことがあるから?」
ああ、そうだ、思い出した。
私、先輩のことがすごく好きだったんだよなぁ。
先輩とは、サークルで会った。いわゆる幽霊部員だった先輩は、あんまりサークルの活動日には会えなかったけれど、学内で会うと手を振ってくれたり、ふらっと活動日以外に部室に来たりして、たまに恋バナもした。
誰にでも優しい先輩は、私にも優しかったけれど、他の女の子にも同じだけ優しくて、すごく残酷だった。私の他にもキャーキャー言っていた女の子はいたし、その女の子たちも私と同じように先輩の残酷さを分かっていた。そしてとうとう先輩はバイト先の女の子と仲良くなって、付き合い始めたのだった。
『ありがと、ユリちゃんのアドバイス、すごく参考になった。』
先輩の、あのときのあの笑顔とあの言葉は一生忘れない、とそのときは思った。
先輩はたぶん、私の気持ちも他の女の子の気持ちも分かっていた。自分がどんな影響を女の子たちに与えるのかも、たぶん知っていた。
あれは優しいのではなくて、本当に最低な人間だったのだ。もちろん、だまされた私が悪いのだけど。
フミヤは、どこから先輩のことを知ったのだろう。アユミかユウコか、それともヨッチか。他にも私が先輩の本性を知ったあとに慰めてくれたり怒ってくれたり一緒に泣いてくれたりした人はいたから、友達の多いフミヤは、どこかから聞いたのかもしれない。
あのとき私は、自分の気持ちにものすごく自信がなかった。
あれだけ好きだった先輩のことも、裏切られたと思った瞬間死ぬほど憎かったし、いったいどこが好きだったのだろうと思うくらいだった。私なんかに優しいところが好きだと思っていたけれど、先輩は私に優しかったわけじゃなくて、みんなに優しかったし、みんなに優しくなかったのだ。
自分の目が信用できなかった。
自分の考えが信用できなかった。
自分の気持ちが信用できなかった。
フミヤの優しさをどこか信用していない、自分がこわかった。
「……もうちょっと、考えさせて。」
「それさ、断り文句じゃないんだよね? 本当に考えてくれるんだよね?」
すがるようにたたみかけてくるフミヤに、ずきりと胸が痛んだのを覚えている。もちろんそんなつもりはなかったけれど、そう思わせるくらい自分の態度がふらついていることくらい分かっていた。
頷いた私をほっとしたように見るフミヤは、本当に、私にもったいない「いい人」だった。
なんか調子よく書けたので連日の供養。供養がゲシュタルト崩壊。
こういう話だと調子よく書ける辺りが私のひねくれ度を表しています。
そろそろほのぼのが詐欺タグになってきた気がします。