失敗した婚約破棄
初投稿です!不幸になった令嬢はいない!
何故、どうして
そればかりが頭を巡る。
完璧な計画だったはずなのに。
昨日あった卒業記念パーティーで婚約者であるイザベラに婚約破棄を言い渡すつもりだった。
愛しいマリーにした仕打ちを考えれば、公衆の面前で糾弾して断罪することが、マリーのためひいては自分のためだと信じて疑わなかった。
なのに、なぜ私は今屋敷の一室に錠をかけられて、口を塞がれて足を鎖で繋がれ、閉じ込められているんだ。
いや、理由はわかっている。忌々しくも公爵位を賜った姉のせいだ。私を差し置いてこの家を継いだ姉のせいなのだ。
この国では、より優秀なものが家督を継ぐことになっていて男も女も関係ない。民のため、王のため、国のために優秀であれ。優秀であることこそが正義である。
だがこの家は違った。優秀な私ではなく、先に生まれたことによって時間があり、それにより少しばかり優秀だった姉が継いだのだ。
僅差で優秀であった姉。ただそれだけなのに、なぜ私が公爵になることができないのか。婚約者と縁を結べば侯爵にはなれる。だが、それでは好きな者とは結ばれない。私がなりたかったのは、公爵であり侯爵ではないのだ。
マリーと縁を結び、私が公爵になることが民の、王の、国の幸せになるというのにどうして父も母も王も気づかないのだ。
姉さえいなければ…
「頭は冷えたかしら?」
姉の存在に気付かなかった私の肩が揺れる。
「わたくしの存在に気付かぬほど、物思いに耽っていたようだけれど」
姉には反論しようとしても口を塞がれていて言葉が出ない。
小さい頃から姉が苦手だった。それを姉が分かっているところも嫌だった。
ただ少し先に生まれただけの姉が、どうして自分を下に見るのか。全てが我慢ならない。
「さてさて、貴方の処分なのだけれど、決めかねているのよねぇ」
どう言う意味だ?処分をなぜ姉が決めるのだ。
「わたくしが昨日ではなく今日処分を伝えに来たのか分からない訳がないわよね?随分と考える時間だってあったはずだもの。」
昨日、この部屋に閉じ込められてから今日まで来なかった意味?父や母に伝えていただけだろう。
「貴方の姉はこれでも忙しいのよ?婚約破棄騒動を貴方が企てていた頃から知っていたとはいえ、本当にそんな場でやるほど愚かなのか見極めるのに時間も使ってしまったし、本気なのが分かってからは根回しをしなければならないし。
愚弟のせいでやらなくていいことを、しなければならなかったのだもの。」
気づいていた…?三ヶ月も前に立てた計画に?
「お父様やお母様に意見を聞いても好きになさいとしか仰らない。だけど貴方昨日までまだ成人ではないし親の庇護下だったでしょう?好きにすると言っても判断に困っていたの。だから成人する今日の日まで待っていたのよ。」
成人さえ迎えてしまえば、どうしようが自由だもの。
そう言って笑った姉を見て寒気がした。
「どこで暮らしてくれてもいいのだけどね、ベラから顔が見えない土地にでも捨て置いてくれと言われてしまうし、でも公爵家の領地で暮らしてもらうのもねぇ。お爺様の元でもいいかと思ったのだけど、お爺様からも断られてしまってね。選択肢としてはもう国外に行くくらいにしかないの。
でも貴方、何かの才があるわけではないでしょう?だからねぇ」
なんの才もない?誰を見て言っているのだ。私になんの才もないだと?否定しようとしても声が出ず姉の言葉をそのまま耳に入れるしかない。
「さてさて、愚かな貴方の前に示されているのは三つ。国外へ行く。この場で病死する。マリアとか言う平民になった娘と一緒にこの世を去る。さてどれがいいかしら」
本当にこの人は何を言っている?なぜ私が死ぬのだ!なぜ私が国外に行かなければならないのか!
「まぁ姉としては、お外で問題を起こされるくらいならこのまま病死してくれた方がありがたいのよねぇ。目の届かないところで元とはいえ公爵家の者が勝手をするのはよろしくないもの」
勝手に話した姉は、部屋を出て行った。
なぜ、なぜ、なぜ、姉が、なぜ。
姉が全てを知っていたことも、マリーの名前を知っていたこともイザベラをベラと呼んだことも全てが頭の中に残って消えない。なぜなのだ。
考えていたら、寝ていたようで父の執事に叩き起こされた。
「お前はあんな問題を起こそうとしながら、よく眠れたものだな」
怒りの表情を浮かべた父と、呆れた表情の母。
「せっかく貴方なんかでもいいって、婚約してくださったのよ。イザベラに何をしようとしていたの」
私は何も悪いことをしていない。マリーを虐めたイザベラが悪いのに。それにこんなことになったのも、あの姉が悪いのだ。
「お前は病死する。考える時間くらいあるだろう。しっかり自分の行いを見つめなおすんだな」
なぜ父までそんなことをいうのか。褒めてくれていたじゃないか。自慢の息子だと。それが今になってなぜ覆る?それに私は次期公爵なのになぜ?
「わたくしたちの育て方が間違っていたのかもしれない。いつかあの優秀すぎる姉を見ていたら気づくと思って言わなかったけれどね、貴方は親の欲目で見ても凡人くらいの能力しかないのよ。剣の才も、商の才も、領主としての才も、貴族としての才も、全てが普通なの。だから貴方は努力して頑張らなければならなかったのよ」
姉が優秀すぎる?そんな馬鹿な。父は母は姉のことなぞ一切褒めていなかっただろうに。何を今更。
「貴方の姉は、わたくしたちの想像を遥かに超えて優秀だったの。だからわたくしたちは貴方だけを一生懸命に育ててしまったのだわ。優秀すぎる姉を持った弟の人生を歪まないように。だけどそれが駄目だったのかしらね。ごめんなさいね」
母の言っている言葉が、理解できない。
「こんなことで、病死なんてやりすぎかとも思うけれど、婚約者の人生を潰そうとしたのだもの。それ相応の罰よね。あの子の判断は正しい。貴方はきっと公爵家の毒にしかならないもの」
そういって立ち去っていく両親の後ろ姿をただ唖然と見ていた。
公爵家の毒?私がこの家を継ぐのに、なぜどうして、毒になどなり得ないのに。
何もかも理解できず、ただ時間だけがすぎていく。
姉の勉強している姿を見たことがあっただろうか。ただ悠然とお茶を飲む姿しか見たことがない。
姉の領主としての姿を見たことがあっただろうか。いつもいつもお茶を飲んでいた。
姉が努力する姿を見たことがあっただろうか。
そういえば、私は姉が苦手で嫌いで怖かったから姉との接触を極力避けていた。だから見落としていたのか?姉は本当は優秀で落ちこぼれなのは、私?
頭が痛い。
全てが根底から覆されていく。
ふと、気づいた。
本当は姉が優秀なことも全て分かっていて、でも認めたくなくて自分に暗示をかけていたのだと。
そこにマリーが、私自身を認めてくれるような言葉をくれてさらに暗示が強まって、私であれば家を継げるなどと思っていたのだと。
私の行動の根底には姉がいたのだと。
気づいてしまった。でも、遅いのだ。
マリーが虐められていたかどうかも、マリーだけの話しか聞いていないから分からない。
そんなあやふやな状態でイザベラの人生に傷をつけようとしていた。
私は愚かだ。