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公爵様と行き遅れ  作者: 和久枠
5/15

5 贈り物

フィオナの母親の名前を修正しました。


なんて、はしたないことを。

部屋に帰って、フィオナはソファに沈み込んだ。いくら珍しい希少本が目の前にあったからといって、あんなにはしゃいで、恥ずかしい。ぱたぱたと羞恥から足をばたつかせながら手で顔を覆った。

フィオナは良くも悪くも、貴族令嬢だった。たとえ夜会に参加しなくたって、社交界で『行き遅れ』と噂されていたって、幼いころから貴族としてのマナーや礼儀を学んできたのだ。初対面の、しかも格上の家の人間の前ではしゃぐなんてもってのほかだった。

アルテリアやエレノアからすればフィオナはそこらへんの貴族令嬢よりもよっぽど聡明で控えめだが、それを当人が比べられる相手が居ないのだから、知る由も無い。


(……だめだわ、もう寝ましょう)


どれくらい自己反省をしていたかわからないけれど、いつもならばベッドに入っている時間は過ぎていた。人が見ていないからとはあ、と大きなため息をついて寝間着に着替える。メイドや執事ももう休んでいるだろう、明日の朝は少し辛いかもしれない、と部屋の明かりを消そうとしたところだった。こんこん、と部屋のドアが控えめにノックされる。


「どうぞ」

「姉さん、起きてたんだ」

「もう寝るところよ、どうしたの。テオドール様は?」

「帰ったよ」


こんな時間に訪ねてくるのは家族以外ありえない。両親は帰ってこないからアルテリアだろうと招き入れると、案の定弟だった。ドアを大きく開いたけれど、どうやら中に入るつもりはないらしかった。来客が帰ったことを伝えにきたのだろうか、と首を傾げる。


「これ、テオが姉さんに渡してくれって」

「え? っ、こ、これ、『リジエット』じゃない!」

「記念にどうぞってさ」

「ど、どど、どうぞって」


あまりのことに慌てるフィオナを見て、これはまた珍しいものを見た、とアルテリアも感心する。アルテリアは学園の成績こそよかったけれど、わざわざ娯楽のために本を読んだりはしない。希少本と言われても珍しいことはわかるがその価値まではわからない。混乱のあまり本も受け取らずに顔を赤くしたり青くしたりする姉を観察しながら、アルテリアはにやりと笑った。


「それ、姉さんに譲るってさ」

「譲る!? いただけないわ、こんな、希少なもの。ありがたく拝見させていただくけれど、きちんとお返しするわ」

「ふうん、姉さんは男からのプレゼントを突っ返すんだ」

「プレゼントだなんて、これはそんなのじゃないわ」

「でもテオはそれをプレゼントしたつもりのはずだよ」


真面目だけれど堅物なところのあるフィオナより、アルテリアのほうが口は達者だった。女性が男性から贈られたプレゼントを返すのは、その好意を無碍にするということである。それがわかっているだけに、ぐ、とフィオナは言葉を詰まらせた。

アルテリアの楽しそうな視線に負けて、恐る恐るその本を受け取った。ずしりと手の中に本の重さが伝わる。その本の手触りに、一瞬でフィオナは心を奪われた。


「……っ、っ!」

「うわ、嬉しそう」


数十年から数百年前に作られた本の表紙は、今の紙と違って皮で作られていた。ざらりとした特有の感触、それは中々触ることのできるものではなかった。まして本の虫と呼ばれるほどのフィオナであれば、それまでの焦りや葛藤も吹き飛んでしまうのも無理はない。

ローズ家は母であるレオノアが公爵家から嫁いできたということもあり、伯爵家のなかでは後ろ盾もありそれなりに裕福であるが、希少本をそろえられるほどのコネクションはない。初めて触れるその本に、フィオナはきらきらと瞳を輝かせた。


「……テオに礼を言わないとね」


アルテリアの言葉に、うっとりと本を眺めていたフィオナがはっと我に返る。いけない、と首を振って背筋を伸ばした。せめて少しでも姉としての威厳を取り戻すために。アルテリアは、家族の前でだけこんな風に少し抜けたところを見せる姉を好ましく思っていた。


「そうだわ。テオドール様はお菓子なんて食べられるかしら。ううん、グラスの方がいいかしら。ねえアル、どう思う?」

「んー、じゃあ今度僕が聞いておくよ」

「本当? ありがとう、よろしくね」


ほっとしたように微笑んだ姉を見て、アルテリアも部屋に戻ることにした。本を渡してすぐに帰るつもりだったのに、気づけば随分と話し込んでいた。くるりと踵を返して廊下を歩きながら、友人のことを思い出す。

テオドールとアルテリアは学園の同級生だった。群れないテオドールと交友関係が広く常に誰かと居るアルテリアは合わないと思われていたが、講義でペアを組んだ時に明るく聡明なアルテリアにテオドールが心を開いた形で仲良くなった。

筆頭公爵家の嫡男であり、見た目もいい、その上婚約者がいないということもあり、学園内ではそれはもう凄まじくモテていたテオドールはそれでも浮名を流すことはなかった。むしろ女嫌いじゃないかと思うほどに、自分に言い寄る令嬢たちに嫌悪の表情を浮かべていた。

そんな友人が、初めて自ら興味を持った女性が自分の姉だという。


(こんなに面白いことはないじゃないか!)


初対面で、フィオナがはしゃぐほどの希少本を譲ってしまったのだ。アルテリアは知っている、本当はあの本はテオドールお気に入りの本棚に入るはずだったということを。姉と同じくらいに本の虫なテオドールの部屋には大きな本棚があり、そこには彼が読んで気に入った本が並んでいる。常々、姉が見たら喜びそうな光景だとは思っていたけれど、もしかしたら、彼女がそれを見る日は遠くないのかもしれない。


「ロージン、明日届けてほしい手紙があるんだ」

「かしこまりました」


応接室の片づけを終えて部屋に下がろうとしている執事に声をかけると、その返事を聞くや上機嫌に部屋へと戻る。これから手紙を書くとして、一体寝るのは何時になるのだろう。そう思いながらもわくわくとした気持ちが抑えられなかった。


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