14 誘いと『違和感』
ラングレー家の夜会まであと数日というところでも、テオドールは相変わらずアルテリアを訪ねる名目でローズ家に訪れていた。
夜会に誘った方と誘われた方というのは、大体が当日まで会うことはない。そもそも、家族や婚約者でもない男女がこんなに頻繁に会うことはないのだ、本来ならば。
しかしフィオナはテオドールをアルテリアへの訪問客と思っているから、その意識があまりない。それに気づいたアルテリアが今度はテオドールにフィオナを誘ってどこかに出かけるよう言った。
「たぶんこのままじゃ、君たち一生進展しないよ」
「……一生……」
普段はアルテリアの言うことを間に受けないテオドールだが、こと恋愛に関しては経験がないため、受け止めるしかない。それに、進展のなさはテオドールも薄々気づいていることだった。
アルテリアが夜会に行っている間に一緒にお茶をするといっても、結局世間話や本、学問の話ばかりで色気の「い」の字もない。テオドールもそうだが、フィオナもまた経験がゼロに等しいため、進展のしようがないのだ。
「きっかけを作るべきだ、姉さんが君を意識するような」
「しかし、出かけたからといってその、きっかけというものは掴めるものなのか」
「それは君次第だよ、少しは頭をつかったらどうだい」
「お前……」
呆れたようにため息を吐くアルテリアに、テオドールは拳を震わせた。確かに恋愛面ではアルテリアのほうが先輩かもしれないが、王立学園では主席であり、現在も公爵の仕事を手伝いつつ王城で働いているテオドールは自分が「考えなし」であるといわれたことに大層憤った。
アルテリアは次期伯爵ということで父の仕事を手伝ってはいるが、まだまだローズ伯爵は健在であり、そこまで大きな仕事を任されているわけではない。テオドールのように王城に仕えているわけでもないから、それに比べれば楽なものである。
「わかった、……今日、誘う」
「今日! 本当に君って真面目というか、馬鹿正直というか、尊敬するよ」
「褒められていないことはわかる」
軽口でのやり取りは、学生の頃から変わらない。筆頭公爵家の嫡男という立場からほかの生徒からは遠巻きに見られるか媚を売られるかのどちらかだったテオドールからすれば、最初は好ましいと思えなかったそれも、今となっては心地よいものだった。
自分から言った手前、取り消すようなことは出来ない。今日、このあと、アルテリアがいつものように夜会に出たらフィオナを誘う。そう決意すれば、不思議と難なく出来そうな気がした。
しかし、それはあくまで「気がした」だけであり、実際はどうかというとフィオナと向き合って早1時間と少し、テオドールは誘うためのきっかけを掴めないでいた。今日の話題は平民から貴族まで広く人気な冒険小説の話だった。フィオナはそれが大層気に入っているらしく、新刊が出るその日にいつも買っているらしい。
テオドールからすれば少し娯楽性が強すぎるように思えたが、確かに読みやすい文体ではあるようだった。王都で暮らしているだけでは想像もつかないような話が載っているらしい。しかし、学術書から専門書まで本とあれば読み漁るフィオナの一番のお気に入りが娯楽小説だというのは意外だった。
「詩集が一番好きなのかと思っていた」
「詩集ももちろん好きです。ですが、あの冒険小説は何と言うか、わくわくさせてくれるんです。本を読んでばかりで、ろくに外を出歩かないせいかもしれませんが」
その言葉を、テオドールは聞き逃さなかった。もはや、やけになっていたかもしれない。せっかくフィオナと話しているのに、誘うきっかけばかりを探して気もそぞろになっていた。
「では、『仇討ちの丘』へ行かないか」
「『仇討ちの丘』、ですか?」
突然のテオドールの言葉に、フィオナはぱちりと瞬きをした。いささか物騒な名前ではあるがそれは通称であり、正式名称を「リジュールの丘」という。王都の端にある見晴らしのいい丘だった。その名前の由来は、二人の話していた冒険小説にある。
「ああ、行ったことはあるか?」
「いいえ、機会があれば行ってみたいとは思っていましたが……」
冒険小説の主人公である「ロレンツォ」が、かつて父親を騙して自死に追いやった仇である貴族と対峙した場所であると言われている。それまで何の変哲もない場所だった丘は、その巻が発売されるやいなや観光名所となった。発売からしばらくたった今となっても、人の足は絶えないらしい。
フィオナも例に漏れずその丘に興味は持っていたが、自分のそんな娯楽のために足場の悪い山道に馬車を走らせるのは気が引けたし、かと言って王都の外れまで集合馬車に乗るのも躊躇われた。
「うちの馬車は、山を越えた領地に向かうために作られている。だから、多少足場が悪くても問題はない」
「……よろしいのですか?」
ローズ伯爵家の領地は王都から平地をまっすぐ行った郊外の農村と港町であり、国境にも面しておらずそこまで広大というわけでもない。しかし、ラングレー公爵家の持つ領地は広大であり、王都から山をひとつ超えた先に見える範囲はすべて公爵家の領地だという話をフィオナは聞いたことがあった。
平地を行くための普通の馬車と比べれば、たしかに山を越えるための馬車というものは、頑丈に作られているのかもしれない。
「ああ、俺も行きたいと思っていた」
頷くテオドールはある種の満足感に包まれていた。アルテリアの助けがなくても、フィオナを誘うことが出来た、これでアルテリアも馬鹿にしてくることはないだろう。そんな気持ちでフィオナの言葉を待った。その表情は明るく、冒険小説の大ファンだというフィオナからすればまたとない誘いだろう。
「では、アルテリアの予定も確認いたしますね」
「……何故アルテリアの予定を確認するんだ?」
「え? ……一緒に行くのでは、ないのですか?」
至極不思議そうにフィオナが首を傾げた。ああ、そうか。テオドールはため息を吐きそうになった。フィオナがこうしてテオドールと交流をするのも、アルテリアの留守の間「お客様」を退屈させてはいけないからだし、誘われたとしても当然アルテリアがいることが前提なのだ。改めて、「一生進展しない」という言葉を噛み締めた。
「二人で、出掛けないか」
「……テオドール様と、」
「貴女で」
「わたくし」
しばしの沈黙が二人の間に流れた。二人、ふたり、その言葉がフィオナの頭の中をぐるぐると回った。これまでテオドールと二人きりだったのは、詩集本のお礼でアルテリアに騙されるようにして二人になったディナーと、こうしてお茶をするときくらいだった。この交流だって、すぐそばに使用人がいるし、アルテリアを待っている間の時間繋ぎのようなものだとフィオナは思っているから、二人で出掛けるということに、想像が及ばなかった。
「……テオドール様は、それでよろしいのですか?」
未婚の男女が二人で出掛ける、それがどういった『誤解』を生むか、フィオナだって知っている。まして行き遅れの自分ならまだしも、テオドールは引く手数多の令息である。たとえ気まぐれだとしても、その相手として自分は相応しくないのではないか、そんなことを考えて問いかける。
「貴女とでなければ、意味がない」
テオドールのその言葉と瞳に、フィオナは一瞬言葉を失った。まるで、乞うようなその言葉と、まっすぐな瞳にどきりとした。その感覚が違和感に思えて、フィオナはそっと胸を押さえた。
「……では、一緒に行って下さい」
そう答えると、押さえた胸がとくりと上下したように思えた。不思議と、いやな感覚ではない。フィオナの言葉に、テオドールもまた頷いた。
日程を決め、合わせて食事もしようという話になったところで、アルテリアが夜会から帰ってきた。どうやら今回も「運命の恋」を引き当てることは出来なかったらしい。
アルテリアの帰宅に合わせて、フィオナが立ち上がり応接室を後にする。いつもと同じである。「姉さんも一緒に飲まない?」とアルテリアが声をかけたけれど、フィオナはそれを断り部屋に戻った。さきほどの『感覚』について、考えたかったからだった。
フィオナが部屋に戻ったあと、テオドールは「フィオナ嬢を誘うことが出来た」とアルテリアに報告したけれど、「『仇討ちの丘』だなんて、場所のチョイスが悪いなあ」と認められるどころか逆に駄目だしをされてしまった。
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