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第6話 この子を仲間にしましょ

 机に頬杖を突き、うとうとしていると、足音が聞こえてきた。

 足音のした方に視線を向けると、アリスが教室のドア脇で俺を待っていた。

 すでに教室には俺一人しかいない。陽の傾きから判断すると、すでに放課後なんだろう。


 俺はスクールバックを肩にかけ、教室を出た。


 静まり返った廊下に、俺とアリスの足音が響き、窓からは赤い光が斜めに射し込んできていた。

 前を歩くアリスの、背中に流れ落ちている髪の規則的な動きを見つめていると、俺の視線をアリスが感じ取ったらしく、肩ごしに振り返り、


「何よ。じっと私を見て……」

「いや、見ていないけど……」

「嘘よ。私の形がいいお尻に見とれていたわ。男って誰でもそうなのよね」


 アリスは俺のことを男と一応認識しているらしい。ホモと思ってはいないとわかった。


 階段を下り、一階の下駄箱で、俺は上履きからスニーカーに履き替える。

 アリスが下駄箱を開けると、何枚ものラブレターがパラパラパラと落ちた。アリスは、落ちたラブレターを拾うこともなく、黒のローファーに履き替えた。

 俺とアリスは校舎を出る。


「いいのか? 拾わなくて……」

「毎回言っているでしょ。直接、告白してこない人は相手にしないの」


 アリスの中では直接告白してくる生徒は瞬殺であっても、一応相手にしているつもりらしい。


 駐輪場で、俺が自転車のサドルにまたがると、アリスは後ろのキャリアに何も言うことなく腰掛けた。俺の腰にアリスが手を回したのを確認すると、俺はペダルを踏み込み、自転車を走らせる。


 俺たちは、徒歩通学や自転車通学の学生の間を縫い、校門を出る。

 風が体を吹き抜け、じんわりとかいた汗を冷やしてゆく。木々によってつくりあげられた樹冠のトンネルを抜けると、日高町商店街に出た。


 ここは日高町メインストリート。

 のれんを掲げたお店や店先に商品を並べた商店、コンビニ、薬局、銃器類販売店等が立ち並び、サラリーマン、主婦、学生がごったがえし、賑わいを見せている。中央を走る道路には、ライトを灯し始めた自動車が何台も走っており、俺は車道と歩道の間にある路肩とも言うべき部分を走り抜け、三つ目の角を左に曲がった。


 空気に湿気が混じる。俺たちは商店街の裏街道に入った。表街道とは違い、明らかに街並みが古い。地震が来たら、崩れてしまいそうな歪んだ家屋が何軒も建ち並んでいた

 名も知らない神社の前を通り過ぎた。


 アスファルトの舗装された道から、枯草や枯葉散らばる、雑草などが生い茂った砂利道に入る。

 初めて、アリスのマンション―――『洞穴へようこそ』に行った時には気がつかなかったが、アルファルトの道路から砂利道に変わる際に、両開きの門が設置されていた。そして、草に埋もれる形でひっそりと、看板が突きささっていた。

 そこには、へたくそな字で、『私の私有地です』と書かれていた。

 

 ここら一帯はアリスが所有する私有地らしい。

 広さは縦横で数キロあり、日高連峰や、日影湖の一部すら含んでいるとのこと。


 街灯一つないアップダウンの道を一キロほど走ると、『洞穴へようこそ』に到着した。


「あ~疲れたわ」


 アリスは後ろに座っていただけで疲れたらしい。

 目の前には、13階建ての、オレンジの外壁をしたマンションがそびえたっている。

 1階から13階まですべてアリスの所有物で、アリスしか住んでいないマンションでもある。


 足早にアリスは玄関を通りぬけ、エレベーターに乗り込んだ。

 13階のボタンを押し、ドアが閉まると、アリスはエレベーターの壁に寄りかかりながら、視線を足元へと落とした。横髪をねじりながら、何か物思いにふけっている。

 俺はアリスの思案にくれる姿を横目に、今日の夕食を何にしようか考えていた。


 アリスは基本的に野菜全般を嫌っている。だが、嫌いなだけで食べられないわけではない。野菜特有の苦みや甘みが苦手なのである。かといって味付けによって野菜の味をかき消したからといって、野菜が入っているとわかったら、食べない。


 以前、香辛料やドレッシングで味付けした野菜を肉で包んだサラダロールを、美味しい美味しいと食べはしたが、同じ味付けの肉を巻かなかったサラダは口をつけることすらしなかった。

そのことから、

 俺はアリスに野菜を食べさせるには二つの条件が必要だとわかった。


 一つ目は、野菜特有の味を香辛料等で覆い隠すこと。二つ目は、野菜が入っていると視覚的にわからなくすること。

 そのどちらの条件も緩く、特に二つ目の見かけの条件は、野菜を肉で軽く包んだ程度のサラダロールでも、野菜が入っていることに気付かないほど鈍感なので、ハードルはかなり低い。


 そんなことを考えていると、13階の、アリスの言葉で言うところの『主に生活する階』に到着した。


 アリスは階ごと、また部屋ごとに名前を付けている。

 ちなみに、この13階の廊下の突き当りにあるリビングダイニングキッチンを『夢見の部屋』と呼んでいる。


 アリスは廊下を、肩を回しながら歩いていく。

 途中で、学生鞄をポンと投げ捨て、アリスが多くの時間を過ごす『夢見の部屋』に入って行った。 

 俺は学生鞄を拾い、廊下を歩いてゆく。


 廊下沿いにはドアが左右二つずつある。それら計四つのドアは、トイレ、更衣室付きユニットバス、寝室、物置へと繋がっている。

 夢見の部屋に入ると、アリスは部屋中央にあるソファーに座り、膝上にノートパソコンを置き、何かを調べ始めた。


 すでに制服は脱ぎ捨てられ、下着姿になっている。


 俺がこの部屋に来た当初は足の踏み場もなかったくらい汚かった床は、白いライトに照らされ、俺の体を映し出すくらいに綺麗になっている。

 俺はアリスの脱ぎ捨てられた制服を拾い、壁にかかったハンガーにかける。

 しかし、ものの数時間も掃除をしなかったら、綺麗な部屋は台風が過ぎ去った後のように悲惨な有様になってしまうだろう。

 すでにガラス張りの机の上には、本棚から取り出した本、さらにはお菓子の袋、プリント類などが四散している。


 アリスはソファーで横になり、本を読みながら、ポテチをぼりぼりと食べている。俺の仕事はこうやって増えていくのである。

 俺はガラス張りのテラス戸の一つを開け、テニスコート一面ほどの広さのベランダに出た。

 日高町の星屑のように美しく輝く夜景を横目に、俺は朝から干しておいたアリスの普段着や下着、タオルなどをハンガー、ピッチハンガーから外し、取り込んでいく。


 両手に抱えた洗濯物の一番上にあるピンク色のフリフリパンツが風で飛ばされないように顎で押さえながら、部屋に戻ると、アリスは胡坐をかき、眉をひそめ、俺を睨んでいた。

 何が望みなのかすぐに分かった。


「ねえ、お腹が減った」


 アリスは、駄々をこねる小さな子供のように頬を膨らましていた。


「ああ、わかったよ」


 壁にかかった、時計を見ると19時をまわっていた。

 この時間から料理に取り掛かり、すべての仕事を終え、帰宅する時間は――――23時ぐらいだと予想された。

 ため息がこぼれ出た。


 料理を作ることや、掃除や、洗濯物を畳むことに対する溜息ではない。家に帰った時、ろくでもない姉に罵声を浴びせられることに対する溜息である。


 俺は銀ビカリする、広々としたキッチンで料理を作り始めた。

 料理店などで置かれている大型冷蔵庫二台から、食材を取り出し、電気コンロ三つを利用して、素早く料理に取り掛かった。


 すでに夕食のイメージはできていた。

 ミートスパゲティー、シーザーサラダ(注意:レタス、ニンジン、トマト、パプリカなどは原型がわからないように細かく刻む)、コンソメスープ、フルーツの盛り合わせである。


 パスタはわずかな芯が残るようにアルデンテに茹でる。茹であがるまでの時間を利用して、コンソメスープやサラダに使う野菜を刻む。

 パスタがゆでるまで7分、さらに俺はその時間を最大限活用し、塩コショウで味付けしたひき肉に、みじん切りしたニンジン、ピーマン、玉ねぎをフライパンで炒め、色がこんがりとしたら、ホールトマト、ケチャップ、コンソメキューブ(このコンソメはスープにも用いた)を入れ、汁気が少なくなったところ、隠し味にレモンを少々加えた。


 ミートソースが出来上がると同時に、パスタが茹であがり、同時進行していたコンソメスープ、シーザーサラダの盛りつけ完了。

 後は、グレープフルーツ、オレンジ、リンゴ、キウイ、レモン、イチゴ、などのフルーツをカットし、皿に盛り合わせ、計10分足らずで料理が完成。


 ミートスパゲティー、コンソメスープ、シーザーサラダ、フルーツの盛り合わせなどの料理をテーブルに持って行くと、先ほどまで、ソファーの上で胡坐をかいて「お腹がすいた!! お腹がすいた!!」と叫んでいたアリスがいなくなっていた。

 ソファーの上には板チョコを食べた痕跡だけが残っていた。


 アリスは夢見の部屋のどこにもいなかった。

 俺は料理をすべてテーブルに運び、最後にコップについだ水を運び、アリスが部屋に戻ってくるのを待つことにした。


 気を利かしてくれたのか、テーブルの上には物が何も置かれていなかった。

 その代わりに、床に、本やパソコン、プリント、ノート、お菓子の袋などがアリスの行方を示す、ヘンデルとグレーテルのおとぎ話のちぎったパンのように、ある方向に伸びていた。

 終着点のドアの前には、見てくれと言わんばかりに、先ほどまでアリスが身に着けていたブラとパンツが脱ぎ捨てられていた。


 そのドアの隙間からは湯気がほんのりとこぼれ出ており、耳をすますとアリスのリズムのずれた鼻歌が聞こえてきた。

 アリスはお風呂に入っているようだった。


 俺はアリスの痕跡を拾い集め、部屋の本来あるべき清浄なる姿に戻し、アリスが風呂から出てくるまでの時間を利用し、カルボナーラと明太子スパゲティーを作ることにした。

 時間の有効活用は大切だ。

アリスがお風呂から出てきた時には、六種類の料理がテーブルに並んでいたことになる。


 タオルで髪を拭きながら、アリスはほんのりと顔を赤らめて出てきた。

 気分上々といった感じで、顔には笑みを浮かべ、ソファーに座っている俺を見てすぐに、テーブルの上に並べられた料理に気が付き、空腹を思い出したのか、ソファーに飛び乗った。


「おいしそうじゃない!! お腹がすいていたの、すっかり忘れていたわ」


 アリスは髪を拭いていたタオルを床に投げ捨て、料理を食べ始めた。

 髪からは水が滴り落ちているが、気にした様子はない。ほんのりとシャンプーの香りがした。


 おいしそうにスパゲティーをほおばるアリスを見て、俺は作って良かったと思った。

 これだけおいしそうに食べてくれるなら、疲れも吹き飛ぶ。


「何よ。食べないの?」


 アリスの口周りにはミートソースがべったりとついていた。


「いや、食べるよ」


 俺は、バスタオル一枚を体に巻いた姿でいるアリスに、風邪をひくから服を着たらどうだと忠告することなく、コンソメスープを飲んだ。

 言ってもどうせ聞かないのだ。

 風呂の後はバスタオル一枚でしばらく過ごすのがアリスの習慣。

 あれだけ、男に対して、性欲がとか、胸がとか、お尻がとか、いやらしい目で見るなとか言っている割には、恥じらいもなく俺の前でこのような姿をしている。

 バスタオル越しに見える胸はかなりの小ぶりだが、お尻にはしっかりと肉が付いていた。お尻を自慢するだけはあった。


 アリスはミートスパゲティーを食べ終え、カルボナーラに手を伸ばしていた。

 天井からの白い光に照らされたアリスの肌は、生まれたばかりの赤ちゃんのようにきめ細かく、シミ一つない。なお、俺が好きなアリスの体の部位は――――。


「何よ。私の体をじろじろ見て……」


 どうやら、俺の視線に気が付いたらしい。センサーでも付いているかのように感度がいい。


「いや、別に……」


 俺はベーコンの旨みがベースのコンソメスープをテーブルに置き、シーザーサラダに手を伸ばした。


「いい体だからって、見とれていたんでしょ。私の自慢の大きな胸を。あ~~~~、もう大きすぎて、すっごく肩がこるのよね」


 アリスは手のひらで小ぶりの胸を包む。


 どうやら、アリスの中では自分は相当大きな胸をしているらしい。

確かに、アリス一人しかいない世界ならば、大きいかもしれないな、と俺は思う。


 シーザードレッシングがかかったサラダを食べ終え、俺はミートスパゲティーに手を伸ばした。

 アリスはフルーツの盛り合わせのグレープフルーツをくわえ、テラス戸に歩いてゆく。

 バスタオルで包まれた形のいいお尻の上を、濡れた後ろ髪が揺れていた。手には紙を持っていた。

 いつの間にか、アリスは料理をほぼ平らげていた。フルーツの盛り合わせとシーザーサラダだけが残っていた。

 どうやら、シーザーサラダに野菜が入っているのがばれたのだろう。

 ドレッシングの味、野菜の切り方のどちらかにさらなる工夫が必要だ。


 アリスはテラス戸に、そっと手を添え、紙に鋭い視線を送っていた。そして、何かを思いついたように、その紙を俺の方に投げた。

 紙は意志を持っているかのように宙を滑空し、俺の目の前に着陸する。


「その子は、私が仲間に加えようと思っている子なの」


 アリスが見ていた紙には写真と、個人情報が記されていた。


 名前は―――支配 のぞみ。年は俺より一つ上。薄紫色の長い髪に、人を疑ったことがなさそうな無垢な瞳。眉毛はハの字型で、目はぱっちりとして大きい。ただ、口元には、自信のなさそうな表情が現れていた。

 パッと見、かなり可愛かった。


「たぶん掘り出し物だと思うのよね。成績だって学年で常にトップらしいし、外見だって可愛いでしょ。私より胸がないのは残念だけど、使いようによっては使えるわ」


 写真には上半身しか写ってはいなかったが、制服越しにでも、そこそこ胸があるとわかった。

 いや、かなり大きい。少なく見積もってもFカップはあるだろう。

 俺とアリスは、モノの見え方が違うのだろうか?


「で、この子をどうやって、仲間に加えるんだ?」


 アリスはテラス戸に背をあずけ、腕を組む。


「問題はそれよ。いろいろとシュミュレーションしたんだけど、どれもしっくりこないのよね。無理やり仲間に加えるってのが、一番手っ取り早いのかもしれないけど、それじゃあ、花がないでしょ」


 アリスが、か弱い雰囲気を醸し出している、この支配のぞみの手を無理やり引っ張って、このマンション『洞穴へようこそ』へ連れ込む姿が容易に想像できた。


「う~ん、どうしようかな」アリスは髪を掻く。その時、俺と視線が合った。目を大きく見開き、口を大きく開け、そして、「あっ!!」


 その叫び声で何かがひらめいたのだとわかった。だが、瞬間、アリスは悪意に満ちた表情をちらりと見せたことから、まずいことが起こるなとなんとなく想像できた。


 俺の予感は的中する。


「思いついたわ!! 私のストーリーにアマドを加えればいいのよ!!」


 アリスはテーブルを飛び越え、ソファーに座る俺の横に着地する。俺は、アリスに両手を強く握り絞められた。


「な、何を……」


 わずかばかり、後退した俺を逃がさないと言わんばかりに、アリスは覆い被さるように俺に近づいてくる。


 歪んだ笑みを浮かべ、悪意マンマンだ。

 口角が片側だけ上がり、ふふふふふと不気味な声を漏らしている。そして、俺を安心させるつもりなのか、優しげにこう言った。


「大丈夫よ。私に従えば、きっとうまくいくから」と……。


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