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第5話 アリスに告白

 心地いい風に吹かれて、俺は机に両腕を伸ばし、涎をノートにたらしながら、気持ちよく寝ていると、教科書の角で頭を叩かれ、安眠を妨害された。


「痛って~~~~!!」


 俺は頭を抱え、しばらく唸る。


 担任の眼鏡先生はザマアミロという歪んだ微笑を浮かべながら、小気味よくヒールを鳴らしながら教壇に戻る。

 すでに三限の授業になっていた、。どうやら、三時間丸々寝ていたらしい。


 ここ最近、授業は寝てばかりだ。

 完全な寝不足。

 隣の席で、シャーペンシルをくわえながら、授業を真面目に受けているアリスのせいだ。


 俺の一日は早朝の5時から始まる。

 朝食の準備をし、姉が起床する前に家を出る(ここ大切)。

 自転車をこぎ、アリスのマンション『洞窟へようこそ』に向かい(アリスのマンションまでは徒歩では遠いので、俺は徒歩通学から自転車通学に変えた)、だいたい6時頃にアリスのマンションに到着する。

 アリスにもらったガードを使い、玄関を通り抜け、エレベーターに乗り、アリスの寝ている13階まで上がる。

 アリスは廊下の突き当りの部屋である大部屋―――『夢見の部屋』のソファーの上でいつも毛布にくるまり寝ているので、起こさず、二度目の朝食の準備をする。

 朝食準備の合間合間に散らかった部屋の掃除をし、7時きっかりにアリスを起こす。


 ここからが大変だ。

 寝ぼけたアリスの寝間着を着せ替え、歯磨き、整髪など、すべて俺がする。

 まるで着せ替え人形だ。

 そして、8時前に寝ぼけたアリスを自転車の後ろに乗せ、登校する。


 はた目には、相当な美少女であるアリスを自転車の後ろに乗せ、恋人とのラブラブな登校を楽しんでいるかのように見えるが、そうではない。

 あの契約書による拘束のせいで、俺は仕方なく従っているのだ。

 自分の性格が憎い。

 真面目すぎる性格が契約に従うことを望むのだ。


 契約など所詮、紙に書かれた文字でしかないのに、強く俺を拘束してくる。逃れようにも、逃れられない。もしかしたら、アリスは呪術を学んでいて、呪いをかけていたのかもしれない。なんて――――

 バカなことを考えていると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


 眼鏡先生が教室を出て行くと、教室はざわつきだし、仲のいい者同士で集まり、楽しそうにおしゃべりを始める。以前は、放課のざわつきがやけに孤独感を掻き立てたが、もうどうでもよくなった。

 その時――――クラスメイトの一人がアリスを呼んだ。

 俺はまたかと思った。


 横目で、呼び出され、廊下に歩いてゆくアリスを見送りながら、廊下で待っている男子生徒をチラ見する。

 長身でかなりのイケメンの男子生徒だった。

 俺よりも背が高く。スタイルもよい。なによりも脚がかなり長かった。

 俺の記憶違いではなければ、サッカー部で、すでにレギュラーを取っているC組の深神経のはず。


 二人の戦いは数秒で決着がついた。

 深神経は肩を落し、悲しそうに自分のクラスにとぼとぼと戻っていった。

 アリスが席に戻ってくる。


「また、振ったのかよ」


 アリスは椅子に足を組んで座り、俺の顔を見ることなく、つまらなさそうに「当然よ」と言う。

二週間で10人は振っていた。


 最初に振られたのは同じクラスの鬼山田線だった。その次に振られたのは鳥々島。その次は……アリスは上級生ですら何人も振っていた。

 みな今回同様に瞬殺だった。


「どうして、相手の言葉を最後まで聞いてやらないんだよ」

「別に大した理由はないわ」アリスは髪をかきあげる。「私のお眼鏡にかなわなかったから、傷つかないように、振ってあげたのよ」ふふん、アリスは鼻をならす。「しゃべり出す前に、プイッと振ってあげたら、プライドが傷つかないでしょ。『何言っているんだ? あの女は……頭がおかしいんじゃないのか』と思ってくれればいいのよ。『俺は最初からあの女に告白するつもりなんかなかったんだぜ。このドブスが!! げへへ……』なんて思ってくれれば幸いね」

「……でも、高校生なんだぜ。恋愛の一つや二つくらい目を向けて見たっていいんじゃないのか?」


 俺の言葉にアリスは眉毛を吊り上げ、キッと俺を睨む。


「私だって訳もなく振っているわけじゃないわ!! 嫌なのよ。目的が……」

「どんな目的が嫌なんだ?」


 俺は両手を後頭部のそえ、天井を仰ぎながら訊く。


「……みんな、私の体ばかり狙っているもの」


 俺は危うく吹き出しそうになった。

 というか、少し吹いた。

 アリスは両腕で自らの体を抱きしめ、頬を赤らめながら、俯いている。

 どういった流れでそのような結論を、振った男子生徒一人一人に導き出したのかが、俺は気になった。


「どうして、そう思ったんだよ」

「そんなの単純よ。ろくに会話したこともない私に告白してくるのよ。そういうのって躰目当て以外にないじゃない」


 わからなくもなかったが、どこか釈然としなかった。


「でもさ、違うかもよ」

「そんなことないわよ。さっきの男だって、恥ずかしそうに私の豊満な胸をチラチラと見ていた。挙句の果てにスカートに目をやり生唾まで飲んだのよ」


 アリスが豊満な胸でないのはわかっていたが突っ込まなかった。


「でもさ、それだけの理由で……」


 アリスは俺を小ばかにしたようにニヤリと笑った。先ほどまでの恥らいがちな表情は消え去り、いつものようにはっきりした声で俺に言う。「……まあ、冗談はこれくらいにして、さっきも言ったように興味がなかったから振ったのよ。それに、使えなさそうだったし」


 アリスの『使えなさそうだったし』っという言葉を聞いて、俺の背筋に冷たいものが走った。

 

「あと、私、オスとは深く関わらないようにしているの。私が組織しようとしているレジスタンスをいやらしい液体でドロドロにしたくないし、これといった才能が見いだせない人間とは関わっても時間の無駄でしょ」


 時間って有限なのよ、とアリスは付け加えた。


 俺にはアリスが他人に見出す才能基準がはっきりとはわからなかったが、アリスの言葉から推測するに、

アリスが関わる人間の定義はこうだ。


――アリスにとって使えると思われる才能があるオスではない人間――


 つまり、俺はアリスにとって使える才能を持ったオスではない人間に当てはまるということになる。

喜んでいいのか、悲しんでいいのか複雑な気分になった。

 はて、オスではないとしたら、何と思われているのだろうか?

 ホモ……。


 とんでもない深みに足を突っ込みそうだったので、俺はそのことに関して考えるのをやめた。

 まあ、どのようにアリスが俺のことを考えているにせよ、アリスが転校する以前よりも、クラスの空気に俺はなじんできているのは事実だ。


 アリスと関わることで、クラスの中で空気のような存在だった俺はクラスメイトに認識され、一目置かれ始めていた。

 その証拠に、すでに何人もの男子生徒にアリスと仲良くなる方法を聞かれ、また仲良くなるための仲介役まで頼まれた――どの男子生徒も玉砕されたが――さらに、女子生徒には、アリスとよく一緒にいることから、アリスの彼氏なんではという噂までたてられ(俺は否定している)、今まで雑巾以下だった俺の評価が、ブランド物のバッグや財布になったかのように、うなぎ上りになっている。

 それもこれも、才色兼備、天真爛漫、傍若無人などの複数の魅力を合わせ持つアリスによるところが大きい。


 ただ当然、いいことばかりではない。

 アリスの身の回りのお世話という雑事がプラスされるだけでなく、どうしようもないビッチな姉に、アリスの存在が勘づかれ言われた暴言の数々が、ちらりと頭の片隅に浮かぶ。

「私を差し置いて何様のつもりよ」「いい身分ね。女の所に行って、朝帰りなんて……」「あんたは私に飼われているペットなんだから食事くらい、しっかりと用意しなさいよね」「私が気づかないと思っているの? メスの香りをあんたが体にまとっていることを……」「私とあんたの女のどっちが大切なのよ!!」「私の方がおっぱいは大きいでしょ。ねぇ」「もう、キスくらいすましたの?」

 眩暈がするくらい痛々しい姉の金切り声が脳天に突き刺さってくる。

 

「食べないの?」


 アリスは俺の机で昼食をとっている。

 俺は弁当に箸もつけずに、どうやら長い時間、何かを考えていたようだ。俺の悪癖でもあるのだが、考えに熱中すると、思案にくれていた間に起こった出来事をほとんど覚えていない。

 もしかしたら、考えに熱中するあまり、交通事故に遭い、気が付いたら死んでいましたということもあり得るかもしれない。

 しかし、とはいってもこの性質ばかりは、自分の真面目で不器用な性格と同じように治らない。そう、俺がどうしようもないビッチな姉の弟であるのと同様にどうしようもないことなのである。

 宿命なのである。いや呪いか。


 アリスは俺の正面に座り、おいしそうに弁当を食べていた。それは、もちろん俺が作った弁当だ。ちなみに、俺は毎朝、姉、アリス、俺の分の弁当を作っている。

 アリスは自分の分の弁当を平らげ、俺の弁当の卵焼きに箸を伸ばた。


「この黄色いモノ、ぷりぷりして美味しいわ」

 

 アリスは、卵焼きすら知らない。外国暮らしだったためか、小学生でも知っているような料理の名前すら、アリスは知らない。


「なら、今度作り方を教えてやるよ」


 アリスは俺のウサギ型にカットしたリンゴをほおばり、「いいわよ。私の興味のないことは、他の人がやればいいんだから……」と言う。


 アリスの言うここでの他の人とは俺のことを指すのだろう。

 ちなみに、アリスは料理にはてんで興味がなく、焼く、煮る、蒸すといった幼稚園児でもできるような基本的なことすら危うい。


 以前、超高級肉ネレーン牛A5ランクの肉を振る舞ってくれるといい、アリスに夕食をまかしたところ、炭とも見間違えるような真っ黒なステーキが出てきた。

 むろん、焼き方同様に味付けも酷いもので、何種類ものスパイスを分量も考えずにかけたらしく、ほおばった瞬間、舌が麻痺し、血圧が急上昇し、口から炎が吐けるのではと思えるくらいに、肺が焼けるように熱くなった。

 全身の痙攣、眩暈、動悸、吐き気、挙句の果てに嫌な汗がたくさん出て、射精までしてしまった。


 アリスもそのステーキの出来のひどさに気づいたらしかったが、「肉の質が悪かったわ」と料理の不出来を的外れな原因にあてがい、納得していた。

 果たして、ネレーン牛A5ランク以上の肉があるのだろうか?


 ということを、考えていると、俺の弁当箱は空になっていた。腹のすき具合から、アリスに全部食べられてしまったのだろう。

 アリスは満足そうに伸びをし、席から立ち上がり、「それじゃあ、行ってくるわ」と言い、教室を出て行った。


 当然如く、俺の机の上には、二つのからの弁当箱が置いてあった。弁当箱も中身がなくなれば、アリスにとっては用済みなのである。


 俺も伸びをする。窓から差し込む陽射しが、俺の肌をちりちりと焼く。

 窓から外を望むと、日高連峰をはっきりと目にすることができた。夏であるため、雪はまだかかってはいない。空気の透明度が高いためか、頂上付近の岩肌まで、はっきりと確認することができた。

 空には雲一つなく、夏真っ盛りである。目と鼻の先に迫ったテストを乗り越え、あと数週間、学校に通えば、夏休みが待っている。


 教室ではテスト間近ということもあり、勤勉なクラスメイトは昼食を食べた後に、教科書やノートを開き、勉強にいそしんでいる。

 俺は、まだテスト勉強をしていない。おそらく勉強をすることなく、テストにのぞむことになるだろう。


 努力はしかるべき人間にとって意味あることであり、凡人の俺がたとえ努力したとしても、徒労に終わるのが目に見えている。 

 将来の夢はない。期待もしていない。

 運よく、日高町を出ることができ、生き残り、幸運なことに子供でも持てたら、最高の人生だよな、と俺は思っている。


 それは、たぶん、叶わない夢だろう。

 俺の未来は十中八九決まっている。

 外の世界に兵士として赴き、敵を殺す。

 そして、遠い未来でない――――いつか、敵に殺される。

 それが当たり前なのだ。


 それが、この第七新日本では、ひいては日高町では当たり前の人生なのだ。


「ねえ……」


 横にクラスメイトの女子生徒が立っていた。

 名前は知らない。

 伏し目がちで、唇をわずかに強張らせていることから、アリスのことでも聞きに来たのだろう。


「……アリスの何が知りたい?」


 俺の言葉に、女子生徒は顔を上げ、目をかすかに見開く。

 やっぱり……。


「えっと、あのね……」


 皆、アリスに興味がある。

 魅力的な外見に、猫のような気まぐれな態度。

 挑発的かと思えば、時には分別のある発言。

 そして、背後に隠された謎、謎、謎。名前は、謎めいた――――アリス。


 二週間で男子生徒に16人、女子生徒に13人、アリスのことで質問された。

 俺は、知っている範囲で質問に答えた。

 

 俺の存在はアリスがいるからなりたっている。でもそれでもよかった。

 皆に認識されているのだから……。


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