第11話 魔法時限爆弾
俺が目を覚ましたのは、お昼過ぎだった。
ソファーの上で横になっていたら、どうやら寝てしまったらしい。
床には本や、お菓子の袋や、プリントや、洋服などがすでに散乱していた。
たった、4時間程寝ただけで、この部屋の荒れ模様には愕然とした。いつもよりも汚れているから、支配もアリス同様に、汚すことを気にしない性格なのだとわかった。
アリスは俺の横で、何やら分厚い本を読んでいた。
支配はというと、床の上で、寝ている。寝間着のワンピースから、紺色のスクール水着に変わっていた。
どのような流れがあって、支配はスクール水着に着替えなければならなかったのかは想像できなかったが、俺は自分にかかっていた毛布を、床で寝ている支配にかけてあげた。
昼食は簡単な料理ですました。
肉じゃがに、味噌汁、ごはんに、魚の塩焼きである。
アリスは、何も言うことなく、俺の姉のように無感動に食べた。
テレビでは、竜神島での爆破事件や、キスス・シ・マックルでの戦地の様子などが報道されていた。そして、間に入ったコマーシャルでは銃器類や薬などのCMが流れていた。
俺とアリスは食事を終え、俺は習慣の如く部屋の掃除をした。
アリスは掃除を手伝ってくれることもなく、ソファーに座り、相変わらず本を読んでおり、俺の掃除終了と共に、本をパタリと閉じた。
「実に興味深かったわ」
「で、今回は、どんな本を読んでいたんだ?」
興味はなかったが一応、訊いてみた。
「そりゃあ、もちろん爆弾の作り方よ。この本には、私の知らなかった爆弾の作り方がのっていたの」
アリスは俺に青い皮のカバーで覆われた本を見せてくれた。タイトルは俺の知らない言語で書かれていたので、読めなかった。
「そんなものを読んでどうするんだよ」
アリスは前髪をかき上げる。
「決まっているわ。しかるべき時のために、勉強をしているのよ」
俺はアリスが言うしかるべき時がいつなのかわからなかった。
アリスは本の内容を語りだす。
「この本で興味深かったのはね。そこらへんに転がっている石とか土を爆弾に利用できるという点よ。金属爆弾やGダイナマイトの作り方は知っていたんだけど、こんな方法で爆弾ができるなんて目から鱗だったわ」アリスは楽しそうに言う。「だってね、もともと魔法や超能力に関しては興味があって、いろんな文献とかを当たって読んでいたんだけど、他国の、それも魔法が主として発達した国が科学の象徴ともいえる爆弾を、それも魔法で爆弾を作る方法を考えていたなんて、夢にも思わないかったわ」
魔法が発達した国と言えば、故ルキリア王国、ブリ・ブリシタ、あと魔女の国などが思い当たるが、それらの国は独自の文化を発達させ、他国とは干渉は皆無だと習った。けど、アリスの言うとおり、そういった魔法国が科学の影響を受けているのなら、社会学の授業で習った内容は、すでに古いのかもしれない。
ちなみに超能力が発達した国は、α―114やβ―33などが有名だが、これに関しても習った知識が正確かどうかは怪しい。
というのも、俺が住む第七新日本では、ここ最近では親しい国以外との外交はほとんど行っておらず、テレビやネットで流される情報は限定的で、正しいかどうかさえ疑わしいものばかりだからだ。
「で、その魔法でどうやって爆弾を作るんだよ。そもそも魔法なんて使えないだろ」
魔法は親から子へと血によって受け継ぐもので、望んだとしても、決して身に着けることができない、と習った。
その魔法の対局としてある超能力は、科学の力で無理やり開発した力で、α―114などはすでに軍事に大いに利用しているとかいう噂を、聞いたことがある。
「ああ、それはあくまで通説であって、事実ではないわ。実際に、私は魔法を使えるもの」
「は?」
俺は言葉を失った。
「でも使えるって言っても、私が使えるのは物質干渉魔法なの。でね、私は、私自身の魔法を『欲求不満の自我』って呼んでいるの」
かなり変な名前だ。それに物質干渉魔法? どんな魔法なんだ?
「だから、魔法のメジャーな、火をおこすとか、電気を発生させるとか、風を操作するとかに比べたら、マイナーな部類の魔法なのよね」
「でも、それって、超能力なんじゃあ……」
「ああ、魔法も超能力も、呼び方が違うだけでほとんど同じものなの。ただ、力の発現の仕方が違うだけ。魔法を主とする国では魔法は生まれ持った力だと信じているけど、それは違うわ。本当は土地に由来するものなの。その土地による影響で、科学的な言葉で言えば、人体に何らかの変化が生じて、新たな力が生まれた。そう言ったところね。逆に超能力は人が人体に人為的に手を加えて、無理やり発現させたもの。魔法と超能力の両者は、発現の過程が違うだけなのよ。両者とも実に類似しているわ」アリスは二つの現象をその目でみたことがあるかのように、自信を持って言う。「話がずれたわね。でね、この本には圧縮と私が使えるある魔法を組み合わせれば、爆弾になると書いてあるのよ」
全く理解できなかった。
「あ、わからないって顔をしたわね。なら、教えてあげるわよ」
アリスは机の上にあった紙をくしゃくしゃっと丸めた。
ピンポン玉程度の大きさになった紙を机の上に置く。
「これが、何か?」
「え、まだわからないの?」アリスが意外そうに言う。「でも、まあ、そうか、当然よね。魔法の感覚がなく、さらに、原理だとか、知識もないお馬鹿さんなら、この丸めた紙が何を意味しているのかわからないわよね……わかった!! この丸めた紙をよく見ていなさい」
俺は丸めた紙をジッと見つめた。
白く丸められた紙は机の上でじっとしていた。
アリスにとってはこの丸めた紙が爆弾のつもりなのだろう。だが、しかし、これがどう爆発するのかは俺には想像できなかった。
いつまでたっても丸めた紙は爆発しない。
するはずもない。当然だ。紙なのだから。
「まだわからないようね。少し意地悪をしたわ。ヒントをあげる。丸まった紙をよく見ていなさい。すると、少しずつ、形を変えていると思わない」
アリスが指摘したことを意識してみると、確かに紙は先ほどよりも大きくなっているような―――気がした。科学的に言うと、形状記憶のためなのだろう。
形を変えられたものは、元の形に戻ろうとする。
「それがどうしたんだ?」
「想像力が足りないわね。この紙をね、無数の石や、砂が固まったものだと想像してみなさい。そしたら、わかるから……」アリスは言う。そして、数秒後、「わかった?」と聞いてくる。
何となく、想像はついた。
紙を無数の石の塊とすると、机の上にある丸めた紙が膨らむ現象は、無数の石が周りに飛び散ることを言っているのだ。だが、どういった原理でそんなことができるのか俺にはわからなかった。
無数の石をギュッと強く握りしめたところで、手を離したら、周りに石が反動で飛び散ることなどありえない。
その疑問をアリスが答えてくれる。
「さっき言ったでしょ。圧縮だって、圧縮には反力が生じるの」アリスは言う。「つまりはその生じる外に向かう力を利用するのよ」
よりわからなくなった。
無数の石を握りしめ圧縮すれば、確かに反力は発生するが、それならば、アリスの言うところの魔法で、無数の石を、わざわざ反力など用いずに直接外に向かう力で爆破させた方が簡単だ。
何故圧縮をする必要があるのか? むしろ逆なのではないか?
要するに圧縮の反対、つまりは、伸張、展開などの外に向かう力を与える必要があるのではないか?
「あ~あ、これだから、魔法が使えない凡人は嫌よね。無数の石を爆発させられるくらいの力を使ったら、一日は動けないわよ。私を殺したいの?」
アリスは呆れた顔をする。
魔法が使えない人間の俺にとって、魔法では何ができ、何ができないのか見当がつかない。なので、俺の発言はアリスにとっては、呆れるには十分のものだったのだろう。
魔法は消耗が激しい―――らしい。
「この魔法爆弾はね、小さな力で大きな力を生み出し、さらに時間差で利用できるから素晴らしいの。アマドにも、具体的な魔法爆弾の作り方を教えてあげるわよ」
魔法は使えないのに、教えられても―――という俺の気持ちをよそに、
アリスはその時限魔法石爆弾、ないしは時限魔法砂爆弾の作り方を教えてくれたが、感覚的かつ抽象的な言葉の羅列で、魔法が使えない俺には理解しがたいものだった。
そもそもアリスの会話自体理解するのが難しいのだから、感覚のない魔法などについて話をされても、完璧に理解することなど土台無理なことなのだ。
「無数の石をね、こう包みこむように、拘束紐をかけるの」
アリスは指で宙に円を描く。アリスの目には指の軌跡が紐に見えていたかもしれないが、俺には何も見えなかった。
恐らく、石を包む魔法の紐のことを言っているのだろう。
「その拘束紐をかける時にね、ギュッと圧力を加えるのが大切なのよ。そうすることで、弾力のない拘束紐は常に石を圧縮し、反力を拘束紐は受け続ける。そして、拘束紐の耐久値を超えるだけの、反力総和が生じた時、拘束紐はプッツンと切れて、石は溜まった反力の総和、つまり、溜りに溜まった外に向かう力によって、石は爆弾のように粉々になって周囲に飛び散るのよ。でね―――」
とアリスは俺の頭の容量を超えるくらいの内容を、さらに説明してくれたが、はっきり言ってついていけなかった。よくわからないというのが正直な感想だ。
小学生に微積分を突然やらすようなものだ。
凡人の俺には理解できるはずもない。
一応、わかる範囲で要約するとこうだ。
無数の石の塊をアリスの魔法で作った拘束紐で圧縮する。拘束紐による一定の力の圧縮-―-すなわち、圧力には同じだけの反力が生じる。その反力は拘束紐に、つまりは逃げ場のない外に向かう力として、溜まり続ける。まさに溜まり続けるのだ。
そして、拘束紐の耐久値、耐えられる限界を超えるだけの力、反力の総和が溜まった瞬間、拘束紐は切れ、石は爆弾のように飛び散る―――らしい。
魔法爆弾を設置した時が拘束紐を巻いた瞬間とするならば、魔法爆弾が爆発する時は拘束紐が切れた瞬間ということなる。
確かに、設置と爆発の間には時間差が生じており、そんなことが可能ならば、それは時限爆弾と言えるのだろう。見たことはないが……。
さらにアリスはこの魔法時限爆弾を意図的に爆破させることも可能だと言う。意図した特に爆発をさせるには無数の石を包んだ拘束紐にさらにくくりつけた『赤い糸』――アリスには見える――を切れば、爆破を自在に制御できると言う。ただし距離には制限があり、威力にもムラが生じるとのこと。
全く、理解しがたい話だ。そもそも、アリスが魔法を使えると言うこと自体怪しい。なので、
「なあ、試しに魔法を見せてくれよ」と俺は言った。
「いいわよ」
アリスは待っていましたと言わんばかりに、まとっていた赤いドレスの袖をめくり、右手を、すやすやと寝ている支配に向けた。
アリスが右手を振ると、風に吹かれたように、支配にかけられていた毛布が払いのけられた。
「毛布を払うのだけでもかなり疲れるのよ」
アリスは大きく息を吐いた。
そして、ニコッと笑った。
「実はね。もうずいぶん前に、この本に書いてある魔法爆弾の原理は読み終えていたの。でも、アマドが掃除をし終えて、綺麗な部屋にしてくれるまで、私は待っていた。その方が魔法爆弾のすごさがわかりやすいでしょ」
俺はゴクリと唾を飲んだ。
アリスは、気持ちよさそうに水着姿で寝ている支配を指さした。
嫌な予感がした。いや、嫌な予感しかしない。
「うふふ、実験台としては、ちょうどいいわね。ちなみに、この魔法爆弾の原理は何にでも応用をできるのよ」
支配の水着はよく見ると、サイズが合っていないかのように、体に食い込んでいた。
俺は、アリスの水着を着たからサイズが合わずに食い込んでいたのかと思ったが、実はそうではなかった。
―――――――圧縮による食い込み。
「では、それではご覧あれ、ショーの開演よ!!」
アリスは指を折った。
この動作はアリスの言うところの、拘束紐につけた『赤い糸』を切る動作だったのだろう。
次の瞬間―-―-―、
俺は目を大きく見開いた。
衝撃があったわけではない。爆音もあったわけではない。だが―――
すやすやと眠っている支配の体にまとっていたスクール水着が、風船が破裂すように四方に飛び散ったのだ。
せっかく俺が掃除した夢見の部屋は紺色の水着の紙片で散らかり、その部屋の中央では―――素っ裸な支配が、すやすやと眠っていた。
そして運が悪かったことに、いや、多少なりとも、支配にも衝撃があったんだろう。
支配が目を擦りながら、むくりと起き上がった。
Fカップの巨乳は揺れ、少しばかりお肉がついたお腹をした支配の体には、締め付けられていた水着の跡がくっきりと、またはっきりと残っていた。
「……おはようございます」
支配は目覚めの挨拶をする。それも裸で……。
この後、支配が自分の裸に気が付き、泣き叫んだのは言うまでもない。
アリスは俺の肩に手を置き、
「すごいでしょ。私の魔法、『欲求不満の自我』は……」と称賛を求めるような声で言った。そして、さも俺が気になっていたことかのように次の言葉を述べた。
「さっきは無数の石を例えに使って説明したけど、その説明はあくまでアマドの知能指数に合わせ、仕方がなく使っただけよ、もちろん一個の石を爆弾に利用することもできるわ。のぞみの水着を粉々に爆破させたようにね」




