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第10話 毎週のお泊り

「う~~ん、あ~~ん、あっあっあっあっ―――あはっ!! そこっ、いい……もっと、もっと、ちょ、ちょっと、嫌だ!! く、くすぐったいです!! 激しすぎます!! 私、まだ経験ないんです、処女なんです……で、でも、舐めてほしいです。気持ちよくしてほしいんです――――アマド君。

……あの、私の恥ずかしいところをペロペロしてくれませんか? 耳の後ろとか、脇の下とか、おへそとか、太もも裏とか、内ももとか、足の裏とか、大きなお山とか、その突起とか――――でも、私の一番好きなのは、女の子が持っている、三つの秘密の穴のうち、まさに、まさに、今一番いやらしい、透明で粘つく液体が溢れ出ている……いやああああああああ!!」


 支配の喘ぎ声が、アリスの寝室に響き渡った。

 薄いオレンジ色の光に照らし出された寝室は、ほぼベッドが占め、

 体が埋まってしまうくらい柔らかいそのベッドの上で、俺、アリス、支配の三人は横になっていた。

 時刻は、おそらく深夜二時過ぎだろう。

 寝室にある窓から見える日高町の灯りの数から、現在のおおよその時間を、俺は予想した。

 なら、もう二時間も寝れないことになる。


 暑苦しいわけではない。エアコンがきいていて寒いくらいだ。

 ベッドだって、俺のベッドに比べて柔らかく、ふかふかで気持ちがいい。


 なら、アリスに抱き付かれ、卑猥な叫び声を上げた支配のせい?

 いや、違う。

 今日が週に一度のお泊りの日で、帰ったら、嫉妬深い姉に言葉攻めにあうという恐怖からでもない。

 なら、何か?

 そうだ。単純に、他人の家では寝付けないのだ。


 目をつぶり、静寂の中に身を沈め、呼吸音に意識を預け、眠りに入るよう努力しようとすればするほど、頭が冴えわたり、眠たくなくなるのだ。嫌な体質だ。

 神経質で、小さな変化すら体が反応してしまう。

 環境適応能力が低い。

 部屋の小さな汚れが気になってしまうのも、違った環境で眠れないのも、俺の体質によるものだろう。


「はあ、はあ、はあ、はあ、もっと、もっと、もっと、激しく、強く胸をもんでください、アマド君。もう、私、我慢できません。パンツの奥が、自分でもわかるくらいに潤っています。なんだか、気持ちが悪い。アマド君、私のパンツを脱がして、顔を近づけて、舌で、唇で、歯で……、アマド君!! アマド君!! アマド君!!、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ!!」


 支配に名前を連呼されるが、俺は答えない。答えたくもない。

 支配の体は、今アリスに抱き付かれている。

 アリスの両腕は、支配の腰にまわり、アリスの顔は、支配の胸に埋まっている。アリスの膝は、支配の股の間に入り、アリスが体を動かすたびに、支配は喘ぎ声をあげる。


「アマド君、すごくうまいです。こんなにうまく、私を感じさせてくれるなんて……もう私、自分でする必要なんてないかも……」

 

 アリスに抱き付かれているがために、支配は変な夢を見ているのだろうが、どうして、相手は俺なのだろうか?

 

 眠れない俺は、起き上がり、ぼんやりと虚空を見つめた。

 気がつくと、ベッドの上でのアリスと支配の位置が変わっていた。二人のゴロゴロと動きまわる姿を見ていると、小さな子供でこんなにも寝相は悪くないだろうと呆れてしまう。


 俺は、寝室を出た。

 キッチンで水を飲み、夢見の部屋のソファーに腰かけた。


「はあ~」


 ため息を一つつき、頭を掻く。

 寝られない。以前、泊まった時もそうだったが、寝ることができない。

 俺はソファーに深々と腰かけ、前面のテラス戸の向こう側に見える日高町の夜景をボーと見つめる。


 支配と友達になってから三日。その間、いろいろとあった。

 アリスが転校してきてから、まだ2週間しかたってはいないが、俺にとって、何年にも感じるくらい密度の濃い時間を過ごした気がする。


 支配のぞみは知れば知るほど変わった女だった。

 道端で車に引かれた猫を見ると可哀そうだと言い、血で制服を汚しながらも抱きしめ、わざわざお墓を作たり、アリスのマンションに向かう途中、会話に夢中になり、電信棒に頭をぶつけたり、会話も何もない空白の時間に、突然笑い出したりと―――支配のクラスメイトが口にした冷ややかな言葉や、彼らが支配に対して向けていた奇妙な視線もわからなくもなかった。


 今では何故、アリスが支配のことを変態女と呼んでいたのもうなずける。(アバズレ女と言ったのは頷けないが……)

 けれど―――異常な記憶力や、突飛な行動、ずれた感性があるにしても、拒絶するほど酷いものだろうか?

 俺は、そう思えなかった。


 ドアが開く音が聞こえてきた。足音が近づいてきて、ソファーの後ろで止まる。

 振り向くと、支配が立っていた。

 シルクの、透けたワンピースを着ており、ブラとパンツがうっすらと見える。


「うぅ~~~~~、怖い夢を見ました」


 支配は目に涙を溜めていた。


「ああ、そりゃあ、ついていなかったな」


 先ほどまでの喘ぎ声や叫び声から、支配が怖い夢を見ていたとは思えなかった。

 だが、しかし、支配が怖い夢を見ていたと言うのだから、その夢は怖い要素があったのだろう。


「怖い夢のせいで、パンツが変な感じです」支配はおしっこがしたい子供のように両手で股を押さえている。「やっぱり、少し漏らしちゃったかもしれないです」


 薄明かりの中でもわかるほど、支配は汗をかいていた。一直線に切りそろえられた前髪が額に張り付いていた。


「でもさ、汗で濡れたのかもよ。相当、汗かいているじゃん」


 俺はフォローのつもりで言ったのだが、支配は俺に鋭い視線を投げかけ、


「むぅ~~~~~、アマド君、私をバカにしていますね。汗で、こんなにもパンツが湿ることがないくらい、私にだってわかります。これでも、中学二年生まで毎日おねしょをしていたんですからね!!」


 支配は恥らうこともなく、自信満々に言う。

 やはり感性がズレている。


「そう……なんだ」

「はい」


 支配は頷き、俺の隣に座る。

 ほんのりと清涼感のあるレモン香りがした。


 俺は支配がソファーに座ると同時、ソファーから立ち上がる。そのことに対して何かを感じ取った支配は、俺を見上げながら、眉毛を寄せ、悲しそうに、


「アマド君、パンツが濡れている私が臭いからって、避けないで下さい!!」

「いや、別にそう言った意味で立ったんじゃないんだけど……」


 俺は支配のために、キッチンで何か飲み物を作り、持ってこようと思い、立ち上がったのだ。


「そんなにも、そんなにも私って、臭いですか?」


 どうやら俺の言葉を支配は聞いていないらしい。


 支配は自分の体の匂いクンクンと嗅ぎ、「確かに、嗅覚が鋭い人には私が感じない様な、何らかの匂いを私は発しているかもしれませんが、それは人間誰でも……」

「いや、汗をかいているからさ、何か飲み物を持ってこようかと思って……何がいい?」


 今度は俺の言葉が支配の耳に入ったらしく、支配は目を見開き、口を少しばかり開け、体をかすかに震わせた後、「嬉しいです。嬉しいです」と言った。「こんなこと、まさに宇宙から巨大隕石が振ってきて、世界を大爆発させるくらいありえないことだと思っていました。けれど、しかし、まさに今、ありえないと思っていた現実が目の前に……うはあああああああああ、私、感動しました。大、大、大感動です!!」

 例えがあれだが、俺はもう一度訊く。「で、何がいいだ?」

「もちろん、お任せします、はい」

 支配は涙声だった。


 俺はキッチンに行き、冷凍庫から、凍らせておいたマンゴー、イチゴ、リンゴ、バナナ、レモン、オレンジを取り出し、適当な大きさに切ったのち、ミキサーに入れた。そして、牛乳を適量加え、隠し味として塩を少量加えた。

 ミキサーのスイッチを入れ、ものの数十秒ほどでフルーツジュースが出来上がった。俺は自分の分と支配の分をグラスにつぎ、持っていった。


 支配はグラスを受け取り、一口、

「お、おいしいです!!」

 叫んだ。

「そうか?」


 俺はソファーに座りながら、グラスにつがれた牛乳ベースのフルーツジュースを飲む。

 牛乳のまろやかな味に包まれた、多種のフルーツの味がぶつかり合わず、ハーモニーを醸し出していて、悪くない。

 塩のおかげで甘みが強調されており、後の引かない甘みもちょうどよい。

 イメージではもう少し、イチゴの味が強いと思っていたが、どうやらバナナの味が強く出すぎたようだ。まあ、これはこれでいいけれど。

 支配はジョッキグラスにつがれたフルーツジュースを、一気に飲み干してしまった。


「おいしかったです。もう最高でした。アマド君が夕飯に作ってくれたサーロインステーキと同じくらい最高でした」

「まあ、あれは肉がいいから……」

「いえいえ、あれだけの味を出せるのはアマド君の才能です。私が作ったら、もう食べ物かどうかというレベルで……」

「へえ~」


 オレはフルーツジュースをもう一口飲む。すると、物欲しそうな目で支配が俺を見ていた。なので、何も言うことなく、キッチンに再びおもむき、支配のためにフルーツジュースを用意した。

 支配は結局、500ml入りのグラスに入ったフルーツジュースを5杯も飲んだ。

 およそ2L。

 5杯目のフルーツジュースを飲み終えた支配は満足そうに、「アマド君、これは罪なことです」と突然言い出した。 

「何が?」


 支配はソファーの上で女の子座りをしていた。

 ワンピースの片側の肩がはだけ、ブラが露出していた。


「女の子はこんな料理がうまいアマド君をほうっておきませんよ」

「ああ、そんなこと。そうだったらいいんだけどな」俺は言う。「でも料理がうまいかどうかなんて深く関わらないとわからないし、俺、クラスではアリスが転校してくるまでずっとぼっちだったんだぜ」


 俺と支配の間に沈黙が入り込んだ。

 俺はしまった、と思った。

 支配は昔の俺と同じように、クラスではぼっちだった。


 その触れてはいけないネタにまで、俺は意識が回らず、学校での孤独を連想させるような言葉をうかつにも口に出してしまった。

 重々しい空気が漂う。

 俺はどう支配を元気づけようか考えた。

 横に座っている支配は俯き、太ももを擦り合わせていた。支配は俺の視線に気がつき、顔をあげる。

 頬は赤く染まり、うっすらと汗をかいていた。口元をもぐもぐとし、何かを言うのをためらっているようだった。

 俺は悲しいがために、支配が震えているのだと思った。


「ひどいです。ぼっちであること、せっかく忘れていたのに……」とか、「アマド君も、私と同じで一人だったんですね。悲しいですね」とか、「アマド君、ぼっちの私をよしよししてください」と言った類の言葉が支配から返って来ると思っていた。

 が―――――、

 支配が溜めに溜めて言った言葉は、何とも予想外の言葉だった。

いや、支配らしい言葉だった。


「お、おしっこしたいです」


 苦しそうに呟く支配に、拍子抜けした俺は、動揺のあまり、

「―――お、おう」としか言えなかった。

「お、おしっこしたいのでトイレに行って来ても、いいですか?」


 別に許可など求めずに行けばいい。それとも行くなと言ったら、どうするつもりなのだろうか? 俺の目の前でするつもりか?


「ああ……」

 と俺が許可すると、支配は安堵のため息を漏らし、

「良かったです。アマド君にトイレに行くのを駄目と言われて、アマド君の前でおしっこをしろと言われたら、どうしようかと、覚悟が決まらずにずっと、ずっと我慢していたんです。でも安心しました。では行ってきますね」


 支配はトイレに走っていった。


 ……許可しなかったら、確実に目の前でされていたな。いや、漏らされていたよな、きっと。


 トイレのドアが閉まる音が聞こえた。

 と、ほぼ同時、ドアが開く音が聞こえてきた。

 閉めて、すぐ開ける?

 ゆっくりした足音が聞こえ、嫌な予感がした。


 支配がトイレで用を足すのに間に合わず、漏らしてしまい、しょんぼりし、とぼとぼと戻って来たのかと思った。

 俺の背後で足音が止まった。そして俺が振り向こうとしたのとほぼ同時、足音の主が倒れこんできた。

 まさに、突然にだ。

 俺は、その足音の主の体に下敷きにされた。あろうことか、足音の主の小さな足が、俺の顔にぺったりと張り付いている。


「なんだよ。全く」


 足をどかし、起き上がると、俺の上でアリスが気持ちよさそうに寝ていた。

 寝ぼけながら、いつも寝ているソファーまで来たらしい。


 アリスは俺の脚に腕をからませ、抱き枕のようにしている。

 時刻は三時過ぎ。窓の外はまだ闇に染まっている。

 かすかな振動と共に、無数のヘリコプターの羽音が響いてくる。


 アリスは俺の脚に抱き付きながら、何かしらの寝言を言っていた。ヘリコプターの羽音が遠ざかり、耳をすましてみると、こう言っていた。


「……私は世界を……変えたいの」


 アリスが自己紹介したときに言った『夢は世界征服です』といったあの言葉。

 その夢はあまりにも巨大で、あまりにも愚かだ。

 でも、その言葉を寝言でも言えるアリスがどこか俺には羨ましかった。


 俺には夢がない。

 未来なんて見ることができない。

 だから、こんなにもはっきりと、寝言でさえも口にできるアリスが、俺は羨ましかった。


 アリスは俺の太ももに頬をこすりつけた。俺は寝室から、毛布を持ってこようと思った。そのためにアリスをどけようとした――――その時だった。


「あっ!!」という声が聞こえてきた。

 トイレから出てきた支配は、体にアリスを絡ませた俺を、びっくりした表情で見つめていた。

 ソファーの後ろに立つ支配から、俺とアリスがどう見えたかわからなかったが、変な誤解を与えたことは間違いなかった。


 アリスは立ち上がろうとした俺の脚に絡まり、宙つりの格好になっていた。さらに、運が悪いことに、アリスのお尻が俺の胸の所にあった。

 ワンピースがめくれ、パンツに包まれたアリスの形のいいお尻が、まさに、まさに目と鼻の先にある。

 このアブノーマルともいえる体位をしている俺とアリスに関して、支配がどう解釈したのかは、顔を見れば一目瞭然だった。

 支配は顔を真っ赤にして、俺を見ていた。長い髪を揺らし、何とか笑顔を繕い、震える声で、


「お、お二人が、そこまで進んだ関係だったなんて、し、知らなかったんです。す、す、すみませんでした!!」支配は、深々とお辞儀をした。「私、私、勘違いも甚だしくて、舞い上がってしまい。お二人の愛の舞台を覗いてしまい……」と言った所で言葉を切る。そして、自らを納得させるように、「そうですよね。そうですよね。やっぱり、美しい行為というものは第三者に見せてこそ花があるものです。私は、私は、アマド君とアリスちゃんのダンスの観客に選ばれたんですよね。えへっ、うふふふふ」支配は不気味な声で笑う。「でも、大丈夫です。私は耐えて見せます。参加しても構いません。経験はありませんが、知識はあります。どんなプレイでも任せてください。耐えてみせます」


 支配は混乱しているらしく、わけのわからないことを口走っている。

 俺は、宙吊りになっているアリスについて、どう説明しようかと考えた。

 窓の外では、静かな闇が佇んでいる。

 俺は日が昇るまでに、納得させられたらラッキーだなと思った。


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