第1話 謎めいた――アリスです
「はあ~、なんで、俺、こんなことをしているんだろう」
毎朝、早く起きて、教室窓際一番後ろの席からぼんやりと外の景色を眺めている俺は、実に真面目な奴だと思う。
この高校に入学してはや三か月、目と鼻の先に夏休みがこようとしていた。
俺は、うっすらと汚れた黒板を綺麗に消し、不規則に並んだ机を綺麗に並べなおし、再び自分の席につく。
しばらくすると、クラスメイトが一人、また一人と、教室に入って来た。彼らは、親しげに挨拶をかわすも、俺には「おはよう」の一言もない。
俺はこのクラスでは、すでに空気同然の存在だ。
思えば、入学当初、中学での反省を生かし、高校デビューをもくろんでいた。
中学時代、俺は、いつも一人ぼっちだった。
いつもぶつぶつと独り言を呟き、漫画や小説を読むことを楽しみとしていた毎日。あまりの寂しさに深夜、一人涙を流し、星に願ったことすらあった。
姉に悩みを相談するも、あのビッチは「あんたの性格が悪いのよ」と、畳に寝ころびながら、お菓子をボリボリと食べながら、俺をゴミ同然のように軽くあしらった。
俺の性格が悪い?
と、思いつつも、俺は素直に聞き入れた。
けれど、悩みに悩んだ。
俺のどこが性格が悪いのだ?
毎朝、一番に教室に来て、目に付く問題点を、こっそりとなおす俺は実にいいやつではないか。
ただ、人と関わるとき、あがってしまい、うまくしゃべれないのと、
体が意志に反し、笑うべきところを笑えず、無愛想な表情をしてしまう――――といった多少な欠点はあるにせよ、俺がぼっちなのはあまりにもおかしなことだ。
俺は頭を抱えながら、悩みと格闘していると、いつの間にか、教室はクラスメイトで溢れかえっていた。仲の良い者同士集まり、楽しそうに会話をしていた。
青いカーテンが風にそよぎ、心地いい風が入ってきた。
俺は頬杖を突き、窓の外を見る。
眼下には、山に囲まれた俺の住む町――――日高町が太陽に照り輝く月影湖に寄り添うように広がっていた。
昔は素晴らしく見えたこの町並みも、今の俺には、ゴミ箱に捨てられている空き缶程度にしか見えない。
俺の人生がごく平凡でありきたりなものだと知った時には、俺はもう孤独になっていた。
今は、ただ――――友達が欲しい。
教室のドアが開き、担任の眼鏡先生(♀)が入ってきた。
クラスが一瞬、ざわついた。
いつもの俺なら、HRでのこのクソ眼鏡の話を聞くことなく睡眠に入るのだが、この時の俺は違った。学生鞄を抱きかかえた女子生徒が、クソ眼鏡の後に続き、教室に入って来たのだ。
「おはよう。今日もいい天気ね」
眼鏡先生は教壇に片手を置き、挨拶をする。クラスメイトの関心は眼鏡先生にはない。
眼鏡先生のあとに続き、教室に入って来た女子生徒はかなり可愛いかった。
髪は金髪のウエーブ。長さは腰程度。
紺の制服を着、両脚は黒のタイツに包まれていた。
顔は日本人というよりも、どちらかというと外人寄りだった。
もしかしたら、ハーフなのかもしれない。
特徴的なのは目で、元気いっぱいですと強い自己主張をしているぱっちりとした目をしていた。
肌は、フランス人形のように白かった
眼鏡先生の隣に立つその女子生徒は、興味津々と言った様子で教室を見回していた。
連絡事項や時間割などが張られた壁や、俺がきれいに消した黒板、さらには、天井に一定間隔で並んだ蛍光灯にすら目を走らせる。
そんなに珍しいものか?と俺は思うと同時に、俺は嬉しかった。
転校生は、まだ俺と同じ、友達のいない一人者。
その女子生徒と言葉すら交わしていないのに、やけに親近感を抱いた。
運命すら感じた。
やはり、その女子生徒は男子から見たら、かなりの美人の部類だっただろう。
ほとんどの男子はそわそわしていた。
けれど、俺はそういった類の感覚がわからなかった。
わがままな姉のせいかもしれない。
「じゃあ、自己紹介をして……」
眼鏡先生のつまらない長話は終わり、女子生徒に自己紹介を求める。
「え? あっ、はい」女子生徒は意表を突かれたらしく、少しばかり戸惑いを見せたが、すぐさま、「名前は《謎めいた――アリス》です」と言い、顔に満面の笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。
クラスがざわついた。
不思議な苗字だったからだ。
俺はかわいらしい苗字じゃないかと思った。
アリスは頭を上げ、自己紹介を続ける。
「えっと、ですね~、出身は北極大陸、趣味は人間狩り、特技は物や人を、こうぐちゃぐちゃっと握りつぶすことです。えへっ」
教室のざわつきが、アリスが言葉を述べるごとに、消えてゆく。
窓から吹き込んだ風が、アリスの髪と、スカートをなびかせた。
スカートから覗いた生太ももなんかよりも、転校生アリスの《異常性》に、皆ビビっているようだった。
「身長は150㎝、体重は40㎏、好きな色は虹色、怖いものは自分の狂気で、男性の経験人数は10万――――」
とアリスが言ったところで眼鏡先生が、「ちょ、ちょっと!!」とアルスの自己紹介を止めた。
「あっ、そうでした。そこまで話す必要はなかったですね」アリスは口元に手を持っていき、クスっと笑う。眼鏡先生はホッと息を吐き出したようだった。「では、続けます。私の夢は――――」
俺はまだ自己紹介が続くのかと思った。
さすがの俺もこれだけ異常な自己紹介をされ、そこそこ唖然としてはいたのだが、次のアリスの言葉で、俺のアリスへの考えは一新させられる。
「あっ、夢なんてくだらないことを言ってしまってごめんなさい。目標でした」
アリスは、小さな子供のような無邪気な笑みを浮かべる。
「目標は――――――――――世界征服をすることです」
教室の静寂は最高潮を迎え、窓の外で鳴いている小鳥達の歌がやけに不気味に聞こえた。
さすがの眼鏡先生も口をあんぐりと開け、戸惑っているようだった。
「だから、仲良くしてくださいね」
クラスメイトはみな、石像のように固まっていた。
俺はそんな彼らを横目に、窓の外を見る。
いや~、今日も実にいい天気だなあ。