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推理

再び、痴漢冤罪からの脱出

作者: 山目 広介

 僕は大学に向かう道を急いでいた。

 昨日マジックショーが夜中にやっていてつい見ていたら時間が経ってしまった。

 それで寝坊だ。

 飼い猫がじゃれてくるが今は構っていられない。

 電車の出発時刻が迫る。一本遅らせているから走るほどではないがギリギリだろう。

 だがこの電車に乗り遅れると遅刻確定する。いつもの余裕が台無しになってしまう。

 駅に着き、改札を抜ける。階段を登っている途中、電車がホームにやって来るのが見えた。

 予想よりも僕は遅れていたようだ。電車の到着が思ったより早い。階段を落ちるように駆け下りる。

 降りる駅の到着場所から逆算した一番いい位置より一両ズレたが電車に乗り込む。

 しばらくすると動き出す電車。呼吸を整えて眠るように目を瞑る。

 するとすぐに隣の駅に着く。


 次の駅も降車する人の流れより乗車する人の流れの方が多い。

 そして駅に着き、ドア付近に陣取っていたが奥に押し込まれてしまった。

 甲高い音が鳴り、ドアが閉まり、また電車が動き出す。アナウンスは聞き流す。

 吊り革に手をやって、握る。


 ――ガタン――


 電車が揺れる。右腕に力を込め体を固定する。吊り革の分傾く。

 前にいる人が倒れてくる。右前が柔らかい。女の子だ。

 右脇が痛い。男の肘が当たる。さらに頭のポマードが臭い。

 揺れが収まったのに右の男がグイグイ()し掛かるように押してくる。

 何故だ。

 もうドアが閉まった後なのに、さらに一度は安定したにも拘らず、こちらに押す理由が分からない。

 邪魔臭い。

 気に入らないため、足を踏ん張り居場所を固持する。ただでさえ狭いのだ。

 そうこうしてると前の子が振り返る。睨んでくる。

 なんだ? ちょっと動揺する。

 視線が上下する。それが往復する。

 そして反対に振り返る。

 目線を逸らす隣の男。


 ふむ。状況から考えるに痴漢されてるのかな?

 右隣を観察してみる。さっきから押してくる男だ。

 角度が悪くよく分からない。

 ただ前の子にぴったりくっ付いている。

 手元は見えない。

 まあ自分の肩が邪魔してるのもあるかも知れない。

 詳しくはないが現行犯じゃなければ逮捕はできないはずだ。一般市民ならなおさらだ。

 未確認じゃ無理だ、強硬手段に訴えることは。

 スペースもないため、後ろに移動させることもできないか。

 どうにもできない。もどかしい。強引に割り込んでも今度は僕自身が痴漢にされかねないし。

 実際に見てないのだから見なかったことにするというのも変だが、諦めよう。

 この電車は普通ではなく急行だから今しばらくは駅に止まらない。

 この隣の痴漢ヤロー(未確認)は押してきて腹が立つし、何より臭い。背が低いのにポマードを頭に塗りたくって、ちょうど顔のあたりにその頭が来てキツイ。

 上を向くと多少は呼吸が楽になる。

 目的の駅まで吐かないように耐えることが出来るか。ちょっと心配なぐらいだ。

 気晴らしに窓の外を見てみるが、背が、視線が窓よりも高いと見下ろす形になって遠くの景色などが見えない。

 仕方なく広告に呆然と視線を走らせる。

 いつもと違う車両のため、広告も違う。が同じような物しかなくすぐに飽きる。

 目を瞑る。今日の予定などに考えを巡らして時間を潰す。

 やはり隣が気になって時間がなかなか進まない。いつもなら意識を閉ざして、うつらうつらとしてたら駅に着いているはずなのだが。

 そんなとりとめのないことを考えてる間にやっとこさ駅に着きそうだ。

 隣の男が素早くドアの前へ移動する。早いっ! この満員で狭い隙間をするりと抜ける。

 駅に到着後、ドアが開くと同時にすごい速さで走り去る。

 僕もホームに降り、いつもと降りる位置が違うため、どちらが近いか左右を見回す。

 そうしてると制服を着た女の子が私の右腕を掴み、


「この人痴漢です!」


と、叫んだのだった。



 ◇ ◆ ◇


「この人痴漢です!」


 ヤバい。そう思ったときには左手で器用に左胸のポケットからスマホを取り出し起動。

 右手の甲の写真を撮る。

 すぐに駅の時計も写真に収めて、息を吐く。

 飼い猫の決定的瞬間の撮影のため、技術が向上していたのが功を奏した。


 駅員が二人やって来て一人が私の後ろに回り込み羽交い絞めしようともがく。

 もう一人の駅員に女の子が僕のことを痴漢だと伝えている。


「前の駅から5分ぐらいでしょうか、ホームにつくまで右手で私のお尻をずっと(まさぐ)ってきてました」


 よしっ! 重要証言いただきました。

 これで勝確!


「ずっと右手だったんですね?」


 僕が訊くと、女の子は芋虫でも見るかのようにやや背を反らして見下しながら答えた。


「そうです!」


 電車でも見てはいたが、女の子は長身で、可愛いというより奇麗というような感じの子だった。

 女の子の隣の駅員に僕は声を掛ける。


「ちょっといいですか?」


「なんだ!」


 ビクッとなった。

 ちょっと高圧的な態度で怖いと思ってしまう。

 震えそうな手を気力で抑えて、スマホを差し出しながら伝える。


「このスマホに僕の無罪の証拠があります」


 (いぶか)しみながらも私の無罪の証拠を手に取る駅員。


 後ろの駅員が羽交い絞め出来ずに鬱陶しいため、手を取り腹を抱え込ませた。

 なんか女の子の目が変わったようだ。

 失敗した。あれは腐敗した目だ。だが、とりあえず我慢だ。

 女の子の中で僕と後ろの駅員がどんなことになっているのやら想像したくもない。


 前方の駅員は私のスマホのカメラで撮影した私の右手と時計の時間がちゃんと映っている写真を見て首を傾げている。

 流石に説明が不足しているらしい。


「その僕の右手の写真は手の甲が写ってますよね?」

「そうだな」


 ふぅっと息をゆっくりと吐き出しながら、心を落ち着かせる。


「手の甲には血管が浮き出たりしてませんよね?」


 駅員はもう一度写真をじっくり見つめてから先ほどと同じ言葉を答えた。


「そうだな」


 そして自分の、握りしめていた右手を確認する。


「スマホちょっと返してもらっていいですか?」

「ん? まあ、いいか。ほれっ」


 左手を出し、そこに返してもらったスマホで右手をもう一度撮影する。

 今度の写真には右手の甲に血管が浮き上がっているのが分かる。


「まだ駅に着いてから5分も経っていませんが血管が浮いています」


 駅員が背後の女性にスマホの写真を見せている。

 女の子も写真を見たことを確認したら、右手を上げて吊り革を掴む動作を真似る。


「最初の証拠写真では、吊り革に捕まっていたので手が心臓よりも高くあり血液が心臓へと帰っていたために手の甲の静脈は浮き上がっていませんでした」


 手を上げなければ手から血液が引くことはないだろう。

 そんな不自然な動きは目立つ。

 しかし手を下ろせばまた血管が浮き出てしまう。

 先ほどはかなり時間的にギリギリだったと思う。

 下手すれば浮き上がっていたことだろう。


「痴漢していたら血管は浮き出ていたでしょう」


 この言い方は語弊がある。してなくても手を下にしていることは普通だからだ。


「電車から降りた直後に撮影した写真には僕の無罪が写っていると捉えてよろしいですか?」


 女の子が頭を下げる。


「すみませんでした」


 後ろの駅員も離れる。

 女の子はそれを見て悲しそうだ。

 痴漢じゃなかったからだよな。駅員とくっ付いてないからじゃないよな。




 こうして僕の痴漢冤罪事件は解決した。痴漢の真犯人は捕まっていないんだけどね。


 それにしてもマジックのネタで助かるとは思わなかった。

 そう、これは昨日見たマジックのネタを利用したものだ。

 今回利用したマジックは次のようなものだった。

 マジシャンが観客から筋肉質な人や痩せたひとなどの男性を五人選んで左右の手を、たぶん血管がちゃんと見えやすいかの確認として、タネも仕掛けもないと他の観客に見させたりしてました。

 一人一つのコインを持たせて、持っている方に「念を送る」と偽って頭の前に持ってこさせました。

 この時マジシャンは後ろを向いて目隠ししてます。

 そして「念を送る」行為は心臓よりも高い位置に手を持ち上げるということ。

 それによって手の甲には浮き上がっていた血管が引き、コインを持っている方と持ってない方で差が出来ました。

 そこでマジシャンが五人に両手を前に出させて次々と当てていった、というマジックだった。

 それを思い出して証拠撮影して事無きを得ることができた。




 そして時計を見ると今日は遅刻だと悟ったのだった。


以前と前半はほとんど同じ。伏線や細部変更だけ。

後半は完全に書き直し。

前回の身長差によるというのは私が目撃した痴漢を蹴っ飛ばしていた女の子が低身長で私が長身だからちょっと特殊でした。

もうちょっと普遍的なものにしたかったため、このようになりました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 同じようなシチュエーションで2作品書かれているところ。 [一言] 前作共々読ませていただきました。推理ものはあまり読まないというか、なろうでは初めて読んだのですが、1作目よりこちらの方が私…
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