一人で育った気になってる奴は、まだまだ子供
時はスレが立つ少し前に遡る。
「あのさぁ、自分が他人に迷惑かけてるって気づけよ。
弱いやつが居ても足手まといにしかならない。ここから出てけよ、おっさん」
宿の裏路地にて、足ドン、いやこれは股ドンだろうか、と彼はとりとめのないことを考える。
彼は、もうすぐ五十歳が目前へと迫ったヤクザな自営業でご飯を食べており、諸々の事情で実家にも帰れず、こちらの世界に来てからともに過ごしていた家族と言っても過言ではない幼馴染みは数年前に急逝し、その幼馴染みの子供達とも彼が亡くなってからもそれなりに親しく友好的な関係を続けていたが、ここまで邪険にされることが無かったので軽く驚いていた。
「他人に迷惑、ね」
ここ最近、行動が目に余りすぎる十代新人冒険者パーティのリーダーである、もうすぐ十九歳だという少年に、ベテランの部類、それこそ大御所扱いされている彼ーーキヨはのんびりとした口調で少年の言葉を復唱した。
「それじゃ少年。一つ聞くが、お前は誰にも迷惑はかけてないと自信満々に言えるのか?」
もうすぐ三十年来の付き合いとなる異種族ーー幼女の皮を被ったダークエルフの女性の口調を真似て言ってみる。
「当たり前だろ!
あんたみたいな枯れたおっさんと違って俺たちには才能と実力がある!
俺たちよりも弱くて、無能なあんたから教わることなんて無い」
「そうか、まぁ、俺には才能なんて無いからたしかに無能だろうな」
「わかってんなら」
「でもな、お前らはギルドに入ったときに今後のためだから、もっと強くなりたいからとか言って、新人教育のプログラムを受けることを選んだ。
で、俺は、ギルドの長、ギルマスから正式に依頼を受け賃金をもらってここにいる。
給料分の仕事をきっちりするのが社会人、働いてる人間の務めだ」
「ろくに働けて無いやつがなに言ってやがーー」
キヨは、実に自然な動きで少年ーービルだかビリーとかいう名前の新人冒険者の足をはらった。
ビルの視界からキヨが消え、建物のはるか上にある空に切り替わる。
「ほら、ろくに働けて無いやつの動きにすらお前はついてこれてない。
これで教育プログラムを終わらせろ?
お前さ、大人舐めすぎだろ」
声は相変わらずのんびりしている。
殺気すら無い。
そのキヨの態度にビルは苛立ちを募らせる。
「いや、この場合お前らか」
今は自由時間なので、他のパーティメンバーは自由に過ごしているはずである。
「この卑怯者!」
「なにが?」
意味がわからなくて、キヨは返す。
「正々堂々とやりあったら」
「お前の方が強かった? こんな地面に転がってない?」
キヨがビルの言葉を予想して言ってみると、黙ってしまった。
どうやら図星のようだ。
「でも、実際転がってるだろ。
それと実戦でそんな理屈が通用するわけないだろ。アホか。
一応言っておくと、俺は、受けた仕事を降りる気はない。
迷惑になるから出ていけと言うなら、俺に言うんじゃなくギルマスに抗議しろ」
直属の上司に関する問題事は、さらにその上の上司へ相談するのは、基本である。
しかし、それでは金が戻ってこないのだ。
新人達が支払った新人教育のための授業料、それをほぼ全額返還させるには教育係のーーこの場合はキヨーー『自分では役不足で、職務を全うできません』という証言が必要なのである。
しかし、どんなに邪魔者扱いしようと、それこそ脅されようとキヨは流し続けていた。
新人の脅しよりも、ぶちきれた幼馴染みの方がはるかに怖かったということもある。
キヨにしてみれば、この新人達の我が儘など幼児の駄々と一緒である。
数日前には、所属ギルドの窓口にキヨと一緒のパーティになってから体調を崩したと訴えたらしいが、『それでは、体調不良を証明する診断書を医者から書いてもらい持参してください』と言われ逆ギレしたとキヨに連絡が入っていた。
こう言ったトラブルはどこにでもあるし、日常茶飯事だからか受付担当であり連絡をくれた者もキヨに、ギルマスへ報告しておくので何かあったらすぐ連絡してくれと言ってきた。
「話は変わるが、明日からは永劫砂漠に入る。自分達の荷物の点検と武器の確認しておけよ」
飄々と言いながら、去っていくキヨの背中を悪鬼のような形相でビルは睨んだ。
殺気だって出していた。
しかし、そよ風とばかりにキヨは気にもしない。
それが益々若い冒険者を苛立たせた。
その日の夜、ビルは教育担当であるキヨ以外のメンバーを集め相談した。
どうすれば、あの生意気な無能男をパーティから追い出し、払った金を取り戻せるのかを話し合った。
誰かが言った。
「置き去りにすればいいんじゃないかな?」
これから向かう永劫砂漠。
簡単なクエストと同時に行われる授業のために向かっている場所だ。
そこに身一つで置いていけば身の程がわかるだろうという言葉に、全員が賛成した。
「そうだよな。自分を強いと思ってるなら、良い薬になる。そもそも本当に強いなら簡単に追いかけてこれるはずだ」
そこで、少女が情報を提示した。
「あのおじさんの持ってる武器で、一つ珍しいのがあるんだけど、調べてみたらけっこうレアな武器で売るとそれなりにするみたい」
その言葉に、その場にいる全員が色めきたち計画を練り始める。
金が全額戻ってこないなら、慰謝料としてキヨの持ち物を売ってもらってしまおうというかなり自己中な企てである。
それに反対する者は、残念ながらこの場にはいない。