みおくり
雨粒が石畳を軽やかに叩く音で目が覚めた。
雨の音は生まれたときからほぼ毎日聴いているが、今日の雨音はいつもより心地よく聴こえる。
このままこの音を子守歌代わりにもう一度夢の世界へと戻ろうとしたが、幸か不幸か目覚まし時計のベルが鳴り響く。起きる時間だ。
朝食を済ませ、掃き掃除をする為に店の前に出ると、
近所に住んでいる顔なじみのおばさんが日課であるウォーキングをしていた。
「あら、パラップさんおはよう」
「おはようございます、ジュピアさん」
「そうそう、この間は修理ありがとね」
そういいながら店の軒先に入ってくる。
「いえ、とても丁寧に扱われてるので傷んでいるところほとんどありませんでした」
「そう?それはよかったわ」
そう言ってふっと笑う。
「あっ、そうだ。今度私の親戚の子が小学校に入学するんだけど、いい傘ないかしら?」
「入学用でしたら、こちらの傘がお勧めですよ。少し大きめですが、卒業するころにはぴったりの大きさになるでしょう」
この国ではほぼ毎日のように雨が降る。
古代から雨をしのぐ傘が儀式などでよく用いられていた。
その傘を作る傘師と呼ばれる人々も昔はたくさんいたが、現在ではめっきり少なくなってしまった。
「そうね、今時めずらしい傘師さんのお勧めなんだし、そう伝えておくわ。それじゃあね」
「はい、今日もよい一日を」
そう言って、ウォーキングに戻るおばさんの背中を見送る。
「今日もいい雨の日だ」
午後、修理依頼に出されていた傘の修理が一段落付いて、お茶を飲みながら一息ついていた。
外では午前よりも少し強くなったが相変わらず小気味いい音を立てて雨が降っている。
目を閉じてみるとなんだか子守歌みたいに心地よく、眠くなってくる。
……チリンチリン
うとうとしていると唐突に雨音とは違う音が耳に入ってきて我に返る。
店の入口のかねの音だ。
「いらっしゃい」
慌てて椅子から立ち上がり、手に持っていたティーカップを作業台に置く。
入り口には小さな女の子が今にも泣きだしそうな顔で立っていた。