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奇術師は自由に  作者: 突貫
第1章 リベルタス騒乱編
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08. 帝国の者共


 奇術師の街から距離を置き、何処とも知れぬ夜の森の中、川縁には不似合いな椅子が鎮座していた。

 この椅子を見て、空を飛んでここに至ったという事実を解き明かせる者は、殆んど居ないだろう。

 事実、当事者であるビガロですら夢だったのではないかと目を擦っている。


「いやー、マガツ。今回も無茶したなぁ。3回位は終わったと思う瞬間があったぞ」


「何を言う。大げさだ」


「いやいや、最後の爆発玉? あれは相当やばかった」


 実際、最初に放った花火は、ベヘルド達の近くで爆発した。その為大量の火花を存分に浴びてしまっていた。故に途中から、上昇しつつ蒔くという方法に切り替えたのだ。


 花火の結果としては、街から離れる際、マガツ達の耳まで歓声は届いていた。それを受けて、色鳥彩から始まる一連の余興(誤魔化し)は成功したのだと、理解する事が出来た。


「花火は幾つかの種類が頭の中にあったのだが、どれも似ている為か思考の切り替えが難しくてな。椅子の操作と花火の想像でそこまで気が回らなかったのだ」


「花火というのは、複雑な物なのですか?」


「うむ、構造も工程も簡単とは言えないな、故に脳裏に焼き付く偶像を【自動】で作ったのだ」


「じ、自動?」


「うむ、以前ハンバーガーを作った際に言ったが、野菜等は勝手に補完されると言ったであろう? あれが自動だ。

例えば、あの時のトマトを自動では無く【手動】で作るとなると、トマトとは中がトロトロで、種があって、表面の部分はつるつるで……といった工程になる。

自動の条件は強く固定されたイメージ。

トマトであれば、味も形も大きさも均一。想像を練る必要がない分、直ぐに出来るが、応用はない。

手動は凡ゆる方面に自由に弄れるが、時間のかかる場合が多い。味や色や形の変なトマトになる事もあるのだ。想像の練り込みが足らないと、ドロドロのよく分からん物になったりもする。

因みに馬車は以前、観察と練習を重ね、今では自動で作れるようになった」


「おお、成る程。努力と経験で刻んだトマトとゼロから作り上げる未知なるトマトは兄弟の様な物なのですね」


「うむ、ビガロがそう思ったならば、そうなのだろう」


 マガツは、ビガロに解釈の自由を与えた。という体裁の単なる雑味でもあるが……そんな2人にベヘルドは、切り出す。


「要は、簡単に作れるのと、そうじゃないのがあるって事だろ? 解ったからさ、トマトの話しはそれ位にして、これからどうする? 取り敢えず今晩は近場で野宿か?」


「いや、流石に危険だ。火を吐くだけのトカゲでは大した戦力にならないからな。今夜は俺が小屋でも用意しよう」


「使い方次第なんだよ! 便利なんだぞ!」


 3人は、小屋相当の岩場や崖等を求め森へと入って行った。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 翌る日の朝、マガツは本来の姿と格好で小高い丘の上にいた。奇術師の街が遠くに確認出来るので、位置は把握することが出来る。


「これから王都へ行ってみる」


 唐突なマガツの発言に、ベヘルドが驚きを露わにした。


「くく、人を驚かせるのが生き甲斐なのだろう? お前が驚いてどうする」


「ぐ……でもよ、勇者とか居るんだぞ。他にも居るだろうし、大体何しに行くんだ?」


「その勇者とか他を見に行くんだ」


「単なる興味か? この狂気の暇人め」


「いや、少し思い付いた事があってな。確認だ。ビガロはどうする? 何処かで待っていても構わんぞ」


 マガツの問いに、ビガロは真剣な表情を返し、重々しく口を開いた。それは彼女には珍しい程に鬼気迫る物があった。


「実は、昨晩色々と考えていた時、少し確認したい事に至りまして。私も王都へ連れて行って下さい」


「ビガロちゃんも行くの!? うわー、早くも師匠の悪影響が出てるんじゃないか? 言っとくけど俺は行けないぞ、先ず間違いなくバレるだろうし、バレたら逃げ切る自信がない」


「実に勿体無い。そんな体験滅多にないぞ?」


 マガツが煽るが、ベヘルドは断固として拒否した。ベヘルドにとっては別段用がある訳でもない。只々危険なだけである。故にマガツも無理強いはしない、と言うよりかは何方でも構わないといった所である。


「まぁ、頃合いを見て、また顔出すぜ」


 そう述べると、ベヘルドは丘の反対側の森の中へ消えて行った。ビガロからすれば、唐突に現れ、また唐突に去っていったトカゲの悪魔は、機転が利く気さくな悪魔という印象であった。


(次会う時は、普通に出て来て欲しいなぁ)


 そんな事を思いながら、ビガロは胸に抱いたスケッチブックを開いた。

 そこには新たに描き加えられた、奇術師の街の夜景と料理長と料理、それに白装束のチャップとベヘルド。更に捲れば、高貴な雰囲気を漂わせる、何処ぞの姫君とも呼べるであろう笑顔の女性……


 ビガロはマガツと共に王都を目指す。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 大陸会議。ホムンド大陸における大小様々な国がリベルタス王国の呼び掛けに応じ、参加を表明した。本来いざこざの絶えない敵国同士であっても、聖魔戦争による被害を目の当たりに、視野を拡大しなければならない。


 皇国滅亡に学んだのは、人間という枠組みでの連携の必要性。


 【天界】と呼ばれる白の月と【魔界】と呼ばれる赤の月の間に位置する人の住まう地上は、その位置関係から聖魔戦争の舞台となった。であれば、今後同じ様な事態が起こるのは明白であり、対策は必須である。


 大陸屈指の歴史を持つ三国。リベルタス王国、フリーデン帝国、イルテリア皇国。


 皇国が滅亡に至り、長年睨み合ってきたリベルタスとフリーデンも、この度、漸く同じ卓を囲んでの協議に至ろうとしている。

 これは、初代ホムンド・リベルタスと、皇帝ライルフリードがその裾を別たってより、400年以上もの月日を経ての事である。



「陛下、王国領内に入りました。平原街道を抜け、近隣の町にて情報収集。その後、直接王都へと向かいます」


「ああ、それで良い。流石に領内で、自国の騎士をけしかけて来る様な真似はせんだろうが……油断はするな」


「はっ」


 フリーデン帝国。第8代皇帝ヴェルフリード。若くしてその座に就いた現皇帝は、リベルタス王国に対して付け入る隙を与えまいと、これまで拮抗して来た。

 悪魔の法と云われ、衰退しつつあった魔術。それを国の礎とする魔導国家と同盟を結び柔軟に取り入れる事で、軍備の増強も図った。


 その矢先、芸術の都とも称されたイルテリアが滅亡した。一説によれば、宮中を脱した者も幾人かは居たようだが、状況的に生存は絶望であった。現に戦争から2年と少し、これといった情報も無い。良好な関係を築いていた帝国としては、多少なりとも気になる題目ではあった。


 しかし、ヴェルフリードが一番に思うのはハモンド王の真意。あの唯我独尊の武人王が天魔相手とはいえ、400年以上にも渡る因縁を捨て置き、敵と手を携えよう等とは考えまい。

 皇国があればこそ、王国も迂闊に仕掛けて来る事も無かったが、そのバランスも今や崩れ去った。


 今回の会議で重要なのは、ハモンドの真意を探る事である。それこそが若き皇帝ヴェルフリードの参加理由に他ならなかった。



 現在帝国側は、皇帝の乗る専用馬車を中央に据え、将軍ゲシュルト率いる第三師団のもと行軍している。知将と名高いゲシュルトは、実力は勿論の事、対外的な場においては補佐としての信頼も厚い、状況把握に長けた男である。


 彼の率いる第三師団は、帝国でも随一の統率の取れた一団であり、緻密な連携を得意とする。また、様々な役割を担う隠密たる間者を預かるのも、彼の役割であった。


 そうして、今、彼の下に1人の間者が情報を持ち込んだ。


「ふむ……解った。陛下には私から報告する。お前は索敵に戻れ」


 旅人の外嚢を纏った女が、僅かに頷き一団から離れて行った。ゲシュルトは報告を受けとると、馬車に近付き馬上から頭を垂れた。それを見るなり、馬車の小窓が開き皇帝の横顔が覗く。


「索敵からの報告です。何やら、怪しげな獣が行軍について来ているとの事です」


「獣……怪しげとは?」


「はっ、黒い猛禽類の類であろうかと言う話ですが、見かけない類である様です。それが行軍と随行する様に、平原街道脇の森から此方を伺っているとの事」


「黒か……悪魔には黒き者が多いらしい。断定するのも早計だが、目を離すな」


「はっ」


 ヴェルフリードは小窓を閉めると、車内に視線を戻す。そこには、帝国の文官の長たる壮年の男。宰相ワルマインが同乗している。


「陛下、珍しい獣であれば、狩って土産にでもなされるのは如何でしょう?」


「まぁ、悪くないが……今は興が乗らんな。これから400年来の仇敵と、顔を付き合わせなければならん。些か憂鬱にもなろう」


「全くもって。然し、この度の大陸会議が成功を持って終えたなら、リベルタスと我が帝国も和平に近付くと……いやはや戯言ですな」


「あぁ、少なくともあの男が玉座にある限りは、あり得ん話だ。だがこの会議で何かが動き出すのは間違いない。良いか悪いかは知れぬがな」


「仰る通りです。であるからこそ、探し物を早々に見つけねばなりませんな」


「あぁ、高みの見物を決め込む、姑息な者共も直ぐに引き摺り降ろしてくれる」


 皇帝と宰相を乗せた馬車を中心に、ゲシュルト率いる第三師団は尚も平原街道を進む。


 馬車の様子など窺い知れぬ兵士達は、未知の獣発見の報を受け、各自注意喚起を行っていた。

 獣の類ならば然したる問題はない。その亜種たる魔獣となると、物によっては腰を据えてかかる必要が出て来る。現段階では判別のつかない相手である為、やり過ごせるならば、それに越したことは無いのである。


 一団から離れた、森に程近い場所を行く間者は、獣の気配に感覚を研ぎ澄ます。こうした分野に秀でているからこそ、諜報活動も行えるのだ。そしてその目を欺くのは、獣や魔獣といった野生であっても容易くはない。つまり帝国側は現状、盤石であった。

 


 だが、その獣は並では無かった。平原街道に隣接する森の中、獰猛な唸り声を上げながら、嬉々と帝国の行軍を追う。


 全身ばねの様な、しなやかで強靭な体。口元からは鋭い牙が覗く。その獣は、爪を木に突き立て器用に森を駆ける。その瞳は薄暗い森の中にあっても何ら制約を受けない。


 獣は大陸に生息する類の物では無かった。所謂、黒豹と呼ばれる猛獣。では、何故居ないはずの物がここに居るのか? それはこの猛獣が、常識に当てはまらない為である。


 つまり、この猛獣とは、悪魔に他ならない。

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