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奇術師は自由に  作者: 突貫
第1章 リベルタス騒乱編
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06. 勇者共


 辺りはすっかり暗くなり、奇術師の街の幻想も終わりを告げた。街の名物に満足した見物者達も、口々に感想を述べつつ宿へと帰っていく。


 それを合図に門番達は扉を閉め、閂を掛け、商業棟の詰所へと帰還する。この街の住民達は、これまで犯罪を犯していない。現状に感謝こそすれ、犯罪を犯してそれを捨て去る事は愚かだと理解しているのだ。

要は満足度が高ければ犯罪の発生率も減るという事だ。

 理由は様々だが、多くは聖魔戦争により絶望に叩き落とされた避難民達、その多くは新たな地で安住を望むのだった。

 故に、派兵されている門番をはじめとした王国騎士達が注意すべきは、滞在者であり、王国側が独占したいであろう、技術の漏洩である。


 だがそんな街には現在、一際周囲に目を光らせる王国側の人間が居た。

 国や地域によって異なるが、その者達の大筋は、人々の安寧を乱す巨悪や悪魔を討ち、人類の先鋒を行く者。それは【勇者】と呼ばれる者である。



 本日門番を務めた2人は、世間話もそこそこに詰所で残務を終え、業務を終了した。

 美味い料理と酒で疲れを癒す。そんなささやかな欲求を満たすべく、足早に詰所を後にしようとしていた2人。そんな2人に声を掛ける男女がいた。


「君ら、今日門番だったろ?」


 いつの間にやら詰所入り口の壁にもたれかかっていた男が、唐突に尋ねると、男を見た2人は慌てて背筋を伸ばし、肯定の返事をかえす。


「それで、怪しい人物とか胡散臭そうなのは居なかったか?」


「はい、特にはおりません」


「残念、本日も空振りね」


 男の傍に立つ赤毛の女が唸る。


「では、少し気になった程度でも良い。そんな人物は居なかったか?」


 その言葉に門番達はふと、とある人物を思い浮かべた。その人物は変な白装束を纏った異国帰りという料理人。本日も様々な外部の人間が門を通ったが、彼程印象的な人物は居なかった。

 その話しに男は興味を示した。しかし、連れの女は難色を示す。


「もし仮に奇術師がここに戻って来るとして、態々そんな目立つ変装する? 異国帰りの料理人なんて、嫌でも記憶に残ると思うけど」


「確かにそうだな。……だが他にあてもない。一応、自分達の目で見て判断しておこう」


「……アレスタが良いなら構わないけど」


「あの、それなら多分4階だと思います。連れは貴族の様でしたから。時間的には、食事を取っている頃合い位でしょうか。どこの店かまでは……」


 兵士は、腹違いの兄妹貴族を思い浮かべ提案してみた。

 商業棟では1階は割と庶民的な店が多く、4階は貴族位以上という住み分けがされていた。因みに、外部へ繋がる3階はその限りでは無く、様々な店が並ぶ。


「へぇ、4階か……1番評判が良い店とか分かる? 料理人を名乗るなら、舌も肥えているんじゃない?」


「そうですね……それでしたら【色鳥彩】なんかはよく聞きますね」


「ではサアラ、食事がてら覗いてみるか」


「それなら、文句ないわね」


 アレスタと呼ばれた男が詰所を出て行くと、サアラという赤毛の女は、門番達に礼を告げる。そして2人の男女は連れ立って上階を目指すのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 落ち着いた雰囲気の店内は、少し小さ目に作られたシャンデリアが点在し、空間は明るく保たれている。

 この店の運営は貴族位では無い。豪華過ぎれば貴族位の他店から生意気だと睨まれ。

地味過ぎれば貴族客からみすぼらしいと見下される。そこを巧く調整し、品の良い調度品や内装が華を添える。


 この街をこれからも発展させて行くには、貴族位とも巧く付き合って行く必要があり、尚且つ王都の貴族に全権を掌握されるのは得策ではない。街の住民たる元避難民達は、街において自分達の強みを見せる事が大事だと考える。いざという時の発言権は重要だと認識しているからだ。


 調理も独自の知識や技法を用いることで、他店には真似出来ない味や食感を追及して来た。その土台には、街を作った奇術師の存在もあった訳だが。

 同4階に入った、貴族達の経営する店等と比べても、未だ人気は高い。「一度口に入れてしまう迄が勝負」とは、料理長が従業員に語る味に対する自信から来た言葉であり、事実でもあった。



「奇じゅ……チャップ様、如何ですか?」


 白い異国の調理服に身を包んだ、奇術師もとい料理人チャップは、料理に舌鼓を打つ。

 表面をカリカリに焼いた鳥と薫る香草。酸味と甘味の2種類のソースは店独自の物で、街で育てた植物に由来する。

 添え物の青菜は、僅かな苦味と爽やかさで油分を抑えてくれる。芋は冷製スープとして胃を落ち着ける。


「うむ、美味い。ソース等は以前よりも料理に馴染んでいる気がする……いや、初めて来たのだった。すまない、勘違いだ」


 チャップの言葉に、料理長は深々と頭を下げた。奇術師が街を去ってから1年以上経つが、街の人間は一様に名も知らぬ奇術師に恩義を感じている。故に正体を明かそうなどとは思わないし、敢えて本当の名を無理に聞こうとも思わない。それが今となってはお互いの為とも理解している。だから、変な変装をしていても敢えて触れない。


「本当に美味しいです。凄い街ですね」


「ありがとうございます。奇じゅ……チャップ様のお陰です」


「ふむ、そんな事はない。俺は土台を作っただけだ。存続させて来たのは街の人間だ。そして、これからもそう有る事を願っておこう……む、いや、何故俺のお陰なのだ。俺は只の料理人だ」


 料理長は再び深々と頭を下げた。それを見ていたベヘルドが、軽く周囲を眺め、街の様子に言及する。


「でもさ、訪れる人間は増えたけど、何か貴族の数がやたら多いな」


「はい、王都で大陸会議が開かれる為、ホムンド大陸の彼方此方からいらしている様です。その警護や従者といった者達も含めれば、過去最大規模の人間が、領内に滞在しているのだとか。この街にも噂を聞きつけた、耳早い方々や溢れた人間が訪れているのだそうです」


「ふむ、観光名所として街の名を売るには、絶好の機会だな。滞在者が土産話にでもしてくれれば有り難いが……しかし大陸会議とは何だ?」


「はい、先日あった王都での布告によると、天魔に対抗すべく人間は1つになるべき時であると、ハモンド王が各国に呼びかけこの度の会議に至ったようです」


「へーだからこんなに人間が多いのか」


「べ、ベヘルドさんは、その大陸会議、どう思います?」


「どうも思わないさ、良いんじゃないか? それも人の欲望。まぁ喜ぶ悪魔も大勢居るだろうがね」


 ベヘルドの発言に、料理長は特に関心も寄せず、再び頭を下げると「では、ごゆっくり」と残して厨房へと帰って行った。


「しかし、大陸会議とは全く知らなかったな……ふむ、そうなるとベヘルド。もしかすれば、お前にとっては厄介な者達も来ている可能性があるのではないか?」


「厄介な者ですか? それは一体……」


「うむ、大天使が言っていた異能を持つ者の事だ。その多くは能力を活かし、国の重要な役職に就いていたりするからな。今回、王国領内に滞在している可能性は高いだろう。

そんな中でも、ベヘルドの様に人間に紛れている悪魔にとって1番厄介なのが【真眼】だ。本来の姿を見抜く力。天使も悪魔も等しくな」


「え、ベヘルドさんの本来の姿……」


「ははぁ、俺の恐ろしい姿を見たら、ビガロちゃんはひっくり変えるぜ」


「くく、無いな」


「な、何でだよ! マガ……チャップだって驚いてたろ!」


「違うな、あれは拍子抜け故の唖然と言うのだ」


「一体どの様な姿なのでしょうか……」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 4階に足を踏み入れたサアラが「おぉ」と感嘆を漏らす。そこでは赤の絨毯が通路の客を迎え、行き交うのも使用人を連れた貴婦人やら騎士を連れた紳士といった者達ばかり。

 自身も貴族ではあったが、片田舎の没落貴族であった為、華やかな場とは縁が無かった。

 それでもささやかな異能を開花させた現在。アレスタの誘いを受け、行動を共にするようになってからは、個人として多少は優遇される地位を得た。遠征から戻り、帰還の報告に上がるリベルタスの王城にも、数回訪れていたが……


「これは……凄いわね。下の階とは別世界。王城とも引けを取らないわ。奇術師って本当に何者なのかしら、とんでもないお金持?」


「いや、こんな事が出来るのは恐らく……悪魔だ」


 サアラの疑問にアレスタが呟く。アレスタとてこの街は今回初めてであり、サアラ同様驚きはあった。遠征先で悪魔を討ち取り、リベルタスに帰還した矢先、奇術師の存在を知ったのだが、最早此処までの事を可能にしてしまうとは。


(これは奇術や異能といった類では無い。悪魔の仕業と見て間違い無いだろう。奇術師とは悪魔であったか……)


 通路に出た看板を眺めながら、サアラが進む。その後ろをアレスタも同様にして進む。

 程なくして【色鳥彩】と書かれた看板を見つける。

 店先には台座があり、その上には鳥を模したレリーフの花瓶と様々な彩の花々。

 店の前に立つ従業員が扉を開くと、アレスタとサアラは中へと進む。そこではまた別の従業員が2人を空いている卓へ案内する。席へ着くなり、興奮した様子でサアラが口を開いた。


「凄いわね、王族にでもなったみたい。これで料理も美味しいのなら、高貴な御方達も文句言えないわね。でもアレスタ、思ったよりも立派な店だし、懐は大丈夫?」


「む、やはり俺持ちなのか?」


「そもそもアレスタが確認したくて来たわけだし、私は付き合ってあげてるわけだから」


 仕方ないといった表情を浮かべるアレスタに対し、サアラはメニューに隠れてしたり顔をする。

 店の名前からして、鳥料理がメインなのだろうと、アレスタは他の客の様子を遠目に見る。そこで視界に捉えた、いや、入って来たのは、嫌でも目に付く白装束の男。


(いた、異国の料理人と女、それと……)


「……トカゲ」

 

 アレスタが見たのは、貴族の服に身を包みナイフとフォークを器用に操る黒い蜥蜴であった。


 

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