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奇術師は自由に  作者: 突貫
第3章 帝国闘争編
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56. 介入する者共




【ウズの森】が指し示す帝国南端の領境。そこは大きな渓谷を望む山岳地帯であり、関所はその立地を活かし、自然を利用して造られた。

 その為、迂回による突破や監視の目を掻い潜る事は容易ではなく、南から帝国領を訪れるならば誰しもがそこを通る。



「「開けやがれ!」」


「「ふざけんな! 通せ!」」


 現在そこで起きているのは、固く閉ざされた門を前にした、そうした声による大合唱であった。

 それは鉄鬼兵団を名乗る万にも登ろうかと言う軍勢のものであり、足止めを食らう現状に対してのもの。故にそれらは徐々に熱を帯びつつある。


 一方で鉄鬼兵団の足を止めているのは、当然帝国軍である。帝国側は、ゲシュルト率いる第三師団と、各都市から要請に応じて集った言わば混成部隊であった。

 しかし軍勢の数は事前の予想を大きく上回り、それは帝国側の数さえも凌駕する。故に帝国側は一層の警戒感を覚え、その空気は益々張り詰めてゆく……


「このままでは不味い訳だが……」


 ゲシュルトは関所の上部からそれらを眺め呟いた。

 現状強行手段を用いて来ない事から、侵攻という訳では無いのだと察する事が出来る。それは唯一にしてこの場の救いでもある訳だが、しかし目的も知れない、ましてや事前の通達も無しに、この様な軍勢を通す事は出来ない。


(にも関わらず問題なのは……)


 ゲシュルトは進み出た。


「その鉄鬼兵団とやらが帝国領を訪れる目的は何だ! この場の代表者は!」


 本日何度目かのゲシュルトのその問いに、鉄鬼兵団は無秩序に彼方此方からの怒声で以って返す。


「拠点だって言ってんだろ!」


「代表者なんて居ねえ! 団長達は中なんだよ!」


「だからその拠点とはどういう意味だ! そして団長達とやらの代わりを務められる者はこの場に居ないのか!」


「知らねえよ! 団長達がそう言ったんだ!」


「代表者なんて居ねえ! 俺達は平等だ!」


「そうだ! 代表者というならそれは俺達全員だ!」


「代表して言ってやる! とっとと俺達を通せ!」


「通しやがれ!」


(……やはり話にならんな、これでは統率などまるで無い武力と数を有するだけの烏合の集だ。しかも問題は似たり寄ったりの思考、脳みそまで筋肉に侵食されている様な輩ばかりであり、それを束ねる者が不在であると言う事)


 ゲシュルトは内心で呆れつつも、その警戒感だけは増して行く。結果これは時間の問題であり、いずれその衝突は避けられない。時が経てば経つほどに群れはその怒りを増し、一層話は通じなくなる。だがやはり通す訳にも行かない……


(城からの伝令はまだ無いか……)




 不意に視界の隅で目を引くものが動く。それは集団の中を進むやたらと派手な外套であった。

 屈強な群れの中においても目立つ外套は、些か小柄であり、男達の隙間を器用に掻い潜って進んでいる……


 見る間に先頭に躍り出たその小柄な外套は、関所を見上げると徐ろに足を掛け、それをまた器用に登り始めた。


(そろそろ限界か……)


 ゲシュルトがその様子を窺い、弓兵に「構え」の合図を送る。続く「放て」の合図を以ってして、いよいよその先端は開かれる。


(……何だ?)


 しかしゲシュルトが細心の注意を払ってその瞬間を窺う中、派手な外套の男は登る手を止めた。するとその男は関所の壁に取り付いたまま、背後で殺気立つ群れへと向き直った。

 その見た目と行動から俄かに注目を集め始めていた男、自然と場の多くはその動向の先行きを窺う……



「聞け! 俺は勇者ジェズレ!」



 男は唐突に勇者を名乗った。すると周囲は困惑を浮かべ「勇者?」「何で勇者が?」と口々に漏らし始める。それは帝国側も同様であり、ゲシュルトにおいても変わらなかった。しかし……


「……となる予定だ!」


 次いで告げられた言葉に、それは呆れとなる。“自称勇者”もとい“勇者希望”であると……しかし男は続ける。


「俺は武勲を挙げるべく、この鉄鬼兵団に合流した! ついさっきの事だ!」


 それは唐突な決意表明であり、更には随分と高い目標であった。

 しかし兵団に参加する者の大半は同様に近しい野心を持つ者ばかりであり、それを笑う者はいない。それどころか感嘆をあげ、同調を見せる者さえもいた。


「はは、いきなり何だよあいつ」


「良いぞ! 野望はでかくだ!」


「勇者ジェズレ! 歓迎するぞ!」


「ジェズレ! お前も俺達の同胞だ!」


 徐々に噴出していた群れの怒りは、ジェズレの唐突な言動により、その熱を幾ばくか下げる事が適った。


「皆、ありがとよ!」


 ジェズレは同胞達へと感謝を口にし、その派手な外套を大きくばたつかせた。


「それで……」


 ジェズレは周囲を見渡し、次いで全体に問い掛ける。


「団長や幹部達は居ないのか?」


「拠点を用意するとか言って【ベルーガ】に先行した」


「拠点? じゃあ皇帝陛下に謁見でも賜ろうってのか?」


「そこまでは知らないが、……そうかも知れねぇな」


「姉御は大胆な人だからな」


「姉御……お、女なのか!?」


 ゲシュルトは黙ってその様子を窺っていると、不意に見上げるジェズレと目が合う。


「……と言う事らしいが?」


「ふむ、そう簡単に陛下と謁見出来るとは思えんが……」


 ゲシュルトは大規模な群れを見渡し、言葉を続ける。


「事が事だからな、お会いにはなるだろう。その先の事については私にも知れない」


 ジェズレはそれを聞くと、振り返り同胞達へと提案する。


「では皆! 我々はここで待てば良いんじゃないか? 団長達を信じる事は、鉄鬼兵団の結束を信じる事と同義! こんな所で騒ぎを起こして揉めるなど、それこそ我等の名に傷を付ける事ともなる!」


 ジェズレの言葉で少しずつ冷静になり始めていた周囲は、その考え方に茫然とする。


「た、確かに……」


 目から鱗と言った様子で漏れ聞こえてくる言葉。ちらほらと同意する声も聞こえ始めると、大きく頷く者達も大勢見受けられた。


「ジェズレの言う通りだ! 俺達には目標がある!」


「こんな所で揉め事? 馬鹿のする事だ!」


 ジェズレの提案は、どうやら荒くれ者たる同胞達の共感を、大いに得られたようであった。



「……ふぅ、ジェズレとやらお前が代表者と言う事で良いか?」


 徐々に群れに波及して行く“冷静”を見届けると、ゲシュルトは内心で安堵した。そして相対する者として、貢献したジェズレを逆に指名した。


「まぁ同胞達が良いなら構わないが」


「おお、やれやれ!」


「任せた!」


 そのやり取りを窺える者達は大いに歓迎し、寧ろ促す事となった。兵団の荒くれ者達は自らの力こそは信頼するが、事交渉ごとや頭を使う事柄に関しては、清々しいまでに他力本願であった。

 ついには笑顔まで見せ始めた鉄鬼兵団。それを見届ける帝国側にも、漸く安堵が広がったのだが……


 それは不意に現れた者によって、再び混乱へと叩き落される……




「これは、何とも勇ましい強者達の群れ! 正しく全身全霊を掛けた大一番の予兆!」




 声は群れを見渡せる高台の上、ヨロヨロと立ち上がる者から発せられた。端正な顔立ちに燕尾を思わせる服装、手には弦楽器の様な物を持っている。服に土が付いている事から、地べたにでも転がっていたのだろうか……


「ヴァイオリン? ……音楽家か?」


 何とも場違いな男の唐突な登場であった。


「まだイケる、創作意欲は湧いてくる。よし……」


 その間にも男は何やら呟き、顎の座りを決める。それは誰が見ても演奏を始めんとする構えであった。


「ささやかながら、その戦いに少しでも華を添えるべく、演奏させて戴きましょう!」


 優しい笑みで以ってそう宣言すると、男は独特の緊張感を漲らせ、次いで弓を走らせ始める。


 何とも力強い低音を土台に周囲を黙らせると、勝手に紡がれ始めたそれは、小刻みに駆け寄って行く。一つの楽器が奏でるには余りにも忙しく紡がれる音色、聴く者の肌をざわざわと何かが駆け上がる。

 俄かに背中を押される様な感覚を覚え、自然力が篭っているのに気付く。弛緩した筋肉が自ずと絞り、それは全体に熱を伝えてゆく。


 それは聴く人々に“じっとして居られない”という強い衝動を起こさせる……


「な、何だあの男は? それに何という締まりの無い顔!」


 ゲシュルトの目に映る音楽家は、紡ぐ音色とは真逆に、非常にだらしのない表情をしていた。……ややあって肩には涎が落ちる。


 しかし一方で男が紡ぐのは戦いの音とも言うべき勇ましいもの。それは続く程に聴き手の感情をも刺激する。一連の音色が紡がれ重なり厚みを持つと、それは完奏を目指すべく曲となる。その工程が進むほどに、耳にする者へ与える影響は大きな物となり、単純な者ほど感化されやすく、それは言動にまで及び始める……


「……待つのは良いけどよ、俺達を通さねぇってのはどういう事だ!」


「そうだ! 俺達が悪さするとでも思ってんだろ!」


「その通りだ!」


「ふざけんな! 通せ!」


 ジェズレの登場で一旦は治まった筈の鉄鬼兵団、しかしその兵団は特徴でもある脳みそ筋肉が多勢であり、男の演奏に多大なる影響を受けていた。言動においては持て余す熱を発散する為の難癖であり、最早平常ではないのだろう。


「一体どうした言うのだ、それに……この感覚」


 ゲシュルトは自らにも沸き立ち始める衝動を理解し、不味いとばかりに鉄鬼兵団を見渡す。


「何なのだこの音楽は! おい貴様! その演奏を止めろ!」


「この曲の完成度……堪らない。これだからやめられないのだ」


 己の世界に陶酔する男の耳には、ゲシュルトの言葉は届かない。


 関所の門は詰め寄る群勢を前に大きく揺れ、軋みをあげている……


「くそ、門裏手に増員! 再度配置につけ!」


『おお!』


 どうやら帝国側の兵士達も、演奏の影響からか士気は充分過ぎる程に漲っている様子。


「これは不味い……」


 突如現れた音楽家の演奏は、関所を隔てた両軍を異常な程に煽り立てた。そこには加減の余地を見ない全力の衝突が予想され、ゲシュルトは俄かに息を飲む……





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