55. 猛き笑う戦場の王
短いですが、よろしくお願いします。
中庭から渡り廊下を潜ると、無人の扉は開け放たれており、それは慌ただしい城内へと続いて行く。駆け付けるべく先行する兵士達の足音を追えば、そこは帝城正面から続く広い通路であった。
「「……ふむ」」
思わずマガツとリンキンスが重奏する目の前の光景……それは、極めて分かり易い暴力の後であった。まるで通行の邪魔とでもいったように壁際に連なり重なるのは、兵士や騎士達。壁面に見られる亀裂や窪みを見れば、およその察しはついた。
「ふむ、人外の怪力でもおるのかの?」
マガツ達が足早に先を急ぐと、通路に面した部屋の扉が壊されていた。恐らくは扉をぶち破って吹き飛ばされた者が居たのだろう。中の様子が窺える……
「くそ、あのデカブツ!」
……サイラスであった。
その声に部屋に踏み入ってみると、絨毯の上には砕け散った光る破片が無数に見受けられ、中心ではランツとシロンが天井を見上げていた。
当のサイラスは二人の視線の先、天井にぶら下がったままシャンデリアの一部と化している……なるほど。
「マ、マガツ!? ……ニ、ニヤニヤ見てんじゃねぇよ!」
「……大した怪我は無さそうだな」
マガツは割合元気そうなサイラスを確認し、ふとウルガスとリンキンスを振り返る。
「彼等が鍛えて欲しい者達です」
「……ふん、弱そうだ」
「随分飛んだ様じゃが、見た目に比べて軽いのかの?」
率直に述べる二人の老人に、サイラスは俄かに血管を浮かび上がらせた。しかし返す言葉は出て来ないと言った様子。
「はぁはぁ、カ、カーマイン……」
「……うむ、そうだな」
追い縋って来たビガロが息も絶え絶えに呼び掛けると、マガツは頷く。ビガロの言わんとした事は定かではないが、何かが攻めて来た、そしてそれは暴力を撒き散らしながら進み、恐らくは……
「……陛下だな」
「うむ、皇帝の間じゃろ」
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『鉄鬼兵団』を名乗り進み出た女は、対峙する騎士達を一瞥すると、次いで皇帝の間を見回した。
やや褐色を帯びた肌に珍しい紫の髪色、身に付けた軽鎧も大陸の物とは少し雰囲気が異なる……
「外縁国の者……と言うよりは、ヴィラン」
「はい。恐らくは……」
「恐らく?」
皇帝の問いに対し断言が出来ないヴィラン。それは真なる姿を見極める者の言葉としては、何とも釈然としない。
残る片方の扉を、至極普通に開けて入ってくるのは、眼帯の男と背が高く大きな目をギョロつかせる男……
「あれらはいずれも悪魔です。しかし先頭の女は判りません」
「ええい、どういう事だ!」
どっちつかずの要領を得ないヴィランの言葉に、ドールマンが吠える。
「私も初めての感覚なのだ。見た目こそ変わらぬものの何処か違和感がある。それも極些細な物であり、この状況下で漸く感じる程度の物。故にこれをどう判断すべきか……」
「…………」
そんな帝国側の様子などお構い無しに、女は壁際へと歩み寄った。そしてそこから見渡す眺望を前に不敵な笑みを浮かべ告げる。
「この城はでかいだけじゃなく、丘の上と言うのも良い。ここならば拠点としてだけでは無く、我の城としても相応しいかも知れん」
その言葉に怒りも露わに、騎士達が一層剣呑さを増してゆく……
「黙って城を空け渡すか、我の下に着く……」
言い終わるのを待たずに、数人の騎士達が駆け出した。それは怒りに駆られた反射的な速攻であり、鋭い剣線は的確に女を狙う……
「ひひ、危ない危ない」
緊張感の無い声の元、それらは全て直前で止まった。見ればいつの間にか騎士達の間に立ったギョロ目の男が、その長い腕を以ってそれらの動きを絡め取っている。
「こいつ、急に——」
騎士が漏らすのも束の間、ギョロ目はそれらを一括りに遠心力で以って振り回すと、壁へと叩きつけた。
「ひひ、とっとと終わらせましょうか?」
「お前今……我より強いと思われたんじゃないか?」
「そそ、そんな事は無いです」
「……そうか、なら良いが」
「くも〜呼ぶ〜?」
「呼ばん!」
余裕の窺える悪魔達は、確かに人間離れした能力と技を有している。眼帯の男と部屋に入って来ない男——大きさ故だろうか? それに姿は見えないが、少女の様な声ともやり取りをしている。つまりはもう一人……
(なるほど、僅か五人に此処まで……いや)
「ヴィラン、南の軍勢については?」
「はい、『鉄鬼兵団』であると」
(では軍勢は陽動であり、たった五人が本命であると?)
「……おい、侵入者の女よ。貴様は何者なのだ?」
ヴェルフリードは女へと問い掛けた。一傭兵団がこれ程の数を擁し、尚且つ此処まで至る。確かにそれは『戦場の王』と呼べるかも知れないが……
すると紫髪の女は不敵な笑みを浮かべ、予想を超える回答で以って返した……
「我は鉄鬼兵団団長にして【嫉妬】の魔王、ニヘロブリュタス!」
……大罪を冠する魔王。
それは普く悪魔の頂点。それを名乗る悪魔を前に、場はこれ以上無い程に更なる緊張感と警戒感を増して行く……
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マガツは杖に乗り低空を駆けると、一足先に単身皇帝の間へと向かった。同中転がる兵士や騎士、相変わらず乱暴にひしゃげた扉。尽く破壊される扉を横目に、何か恨みでもあるのだろうかと思いつつ、漸く目的の入り口へと辿り着いた。
「……なるほど」
マガツは目の前の大男に、扉が破壊される理由を知った。規格外とは正にこの事、扉を壊して尚通れない程の大きさ。皇帝の間においては扉周りを破壊すれば入れるのだろうが、何故かそうはせずに大人しく中を窺っている……
「む!?」
「なに〜」
マガツが眺める大男の全体像、特注品と思しきゴシック調の鎧。その背面には椅子が付いており、そこには人形の様な少女——幾分目元にはくまが見受けられるが……いや、現状そんな事はどうでも良かった。それよりもマガツが引っかかった物、それはその少女の向こう側に背負われている物……
「ゴスロリ少女よ」
「メレエ〜」
「……メレエよ、それはどうした?」
メレエと名乗る少女がそちらを振り返る。そして向き直るなり口にした。
「拾ったって〜」
「……なるほど。まさかあの様な所から持ち出す物がいようとは、……そうか拾ったか」
これはどう捉えれば良いものか、作品を評価された訳ではあるが、あの場にあって然るべき物。上部だけである事から、“行き倒れ”はあの場で眠っていると思われる。勝手に作った物ではあるし、名前を刻んでいる訳でも無い。そもそも所有権は何処にある?
メレエの視線も意に介さず、その向こうの物の現状にマガツは唸った。