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奇術師は自由に  作者: 突貫
第2章 セインツ狂騒編
28/77

27. 知り得た者共


 明くる日の午前。

 本日も広場では、猛獣を連れた絵描きが張込みを行う。


「この街の人間はヴァモヴァモを見ても、そこまで驚かないんだな」


 何処からかふらりと現れたベヘルドが、合流しつつそう呟いた。


「はい、奇術師競技会が開かれる位だから、珍しい物にも耐性があるのかも知れません」


「奇術師競技会?」


 ベヘルドの初耳といった様子に、ビガロは客から得られた情報を伝えていく。


「この広場の裏、壁の上に大きな柱が見えますか? あれが建ってる所には野外劇場があって、そこでその奇術師競技会が開かれるそうです」


 ビガロの説明にそちらを伺い、ベヘルドは顎を摩った。その表情は次第に口角を吊り上げていく。


「あっはっは! 良いね! 見えてきたよ、マガツはそこでまた何かするんだな」


「んー……どうなんですかね? カッパードを出てから、まだ会えてないから」


「いや、彼奴の事だ。間違いないよ、絶対何か騒ぎを起こすね」


 ご機嫌な様子のベヘルドに、ビガロはどの様に反応を示して良いか判らなかった。


(確かに、カーマインなら何かするのかも知れない。リベルタスの様な事にならなければいいけど……)


 そんなビガロの不安を余所に、本来の目的への兆候が表れた。


 王城の門が僅かに開かれ、その隙間からは先日同様2人組み。よく見ると、騎士は別人である事が伺えるが、外嚢の方は同一である様に思われた。


「お、ビガロちゃん、やるなぁ。本当に今日も出てきたよ」


「はい、昔からラトリス様は何故だか私の考えが分かるみたいで、あの花の絵を見れば、私の存在にも気付いてくれると思ったんです」


 嬉しそうにビガロが微笑んだ。


「じゃあ今日は、ビガロちゃんだな」


 ベヘルドの言葉に、ビガロは立ち上がり頷くと、2人組みの進路上の先へと向かっていく。

 そこでおもむろに腰を下ろし、道端のいち絵描きとなる。

 それを視線の先に捉えたのか、外嚢の少女は思わず我慢出来ずといった様子で、俯き、そしてはにかんだ。どうやら気付いた様である。


「ヴァモヴァモ、お前が行くと連れの騎士が警戒するからな」


 ベヘルドの言葉に、ヴァモヴァモは、分かっいるとばかりに鼻息を一つ。事の成り行きを静観する。




「あの、絵は如何ですか?」


 ビガロが2人組みに声を掛けると、2人は立ち止まり、騎士が連れを窺う。


「ふむ、如何する」


「……見せて貰っても良いですか?」


 少女であろう外嚢が、絵描きからスケッチブックを受け取る。

 少女はその表面に触れ、大事そうにゆっくりと捲りながら、絵を見ていく。

 そこに描かれるのは、絵描きが旅の中で見てきたであろう景色や人々、それに亡国の姫君……


「何だ? 泣いているのか?」


 騎士の言葉に少女を見ると、僅かに肩を震わせていた。

 そこでビガロは、漸くある事に気付いた、そして目を見開く。



「ラ、ラ、ラ、ラト……」



 ビガロの言葉に本を閉じると、外嚢の少女の頰を一筋の涙が伝う。



「ありがとう御座いました、今はあまり時間もないので……次に会う時は、ゆっくりと見せて下さいね」



 優しい笑みを浮かべる口元は、その様に言葉を告げると、騎士と共にその場を立ち去って行く。

 ビガロはその後ろ姿を見つめたまま、景色がぼやけて行くのが分った。


「おーい、どうだった? 何か情報の交換は出来たか?」



「ラ、ラ、ラ、ラト……」



「んー?」



「ラトリス様でした〜〜」



 スケッチブックを受けとった姿勢のまま、ビガロはそう告げ、子供の様に泣き出した。

 その様子にベヘルドは驚き、周囲を見回す。


「お、落ち着けよ、良かったな。まさかいきなり目的と会えるなんて」


「うわぁ〜〜ん、無事だったよ〜〜」


 盛大に泣き続けるビガロ。それに困惑しつつ、スケッチブックを持ってやると、広場の隅へ場所を移す。尚も泣き続けるビガロを横目に何気無しにパラパラと捲ると、そこに挟まる物に気が付いた。


「おお、ビガロちゃん、見てみろよ」


 ベヘルドが差し出したのは、茶気た紙。

 だが、ビガロの視界はぼやけて見えない。仕方がないので、ベヘルドはその紙に記された文字を言葉にする。


「奇術師競技会で会いましょう」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ラトリス様、困りますな」


 マイツマン侯爵が険しい表情で言い放つ。その隣では、ロインズ王子も困惑を浮かべる。


「あの様にでもしない限り、私は外へ出して頂けないと思いましたので」


 ラトリスは毅然と向かい合い、反論を述べた。その様子に、マイツマン侯爵はロインズへと視線を移す。それを受けて、吐息を一つ、ロインズが口を開いた。


「だけど、ラトリス様。何もあの様な策を弄し騎士を騙す様な真似をせずとも……」


 ロインズが言及するのは、つい先刻の事。自室の寝所に侍女ニーナを潜り込ませ、その代わりに自ら城下街へ降りるという、ラトリスにしては大胆過ぎる行動。


「では、お願いすれば出して頂けるのですか?」


 ラトリスの言にマイツマン侯爵は渋い顔をし、ロインズは知らぬふりを決め込む。


「やはり許しては頂けないのですね。私も中庭だけでなく、人々と触れ、様々なお話をしたいのです。この様な状況では息が詰まってしまいます。それこそ……窒息してしまうかも知れません」


 その言葉に慌てたのはロインズであった。窒息は困るとばかりに、笑顔を取り繕う。


「分かりました。ですが、我々を騙す様な真似はおやめ下さい」


「騙されているのは、果たして貴方方なのでしょうか? 私はここ1年程、ずっと騙されていたのではと思って参りました」


 いつに無く挑戦的なラトリス。その瞳は真っ直ぐに2人を見つめる。

 だが、マイツマン侯爵は毛皮の毛並みに気を逸らし、ロインズは困惑顔で頰をかくばかり。


「それでも私は貴方方に感謝していますし、信じたいとも思っています」


 その言葉にロインズは安堵し、胸を撫で下ろした。


「ですから、私にも見せて頂きたいのです」


 唐突な話の流れに、マイツマン侯爵は目を細め、ロインズはラトリスの意図を窺う。


「奇術師競技会なるものを」


 ラトリスの考え、それは無茶をされては困るという者達、特に目の前の2人の妥協点。

 ロインズ単体であれば、まだ多少はマシといった所であったが、マイツマン侯爵は厳しくその内容を精査する。

 であればと、マイツマン侯爵が趣味とし、また主催する彼の競技会に目を付けた。

 そこを訪れるという事、そこに含まれるのは、侯爵の他者へ対する着飾るという行為の本質、『承認欲求』を刺激する。尚且つ目の届く範囲である事も勿論判断材料となるだろう。


「うーむ……そうですなぁ、競技会はラトリス様もご覧になりたいでしょうなぁ。儂が開催する素晴らしい催し。うーむ……」


「マイツマン侯爵、本当に大丈夫だろうか? 当日は勇者も来るのだろう?」


 意外な事に、否定的だったのはロインズであった。確かにその立場で考えた場合、常人とは一線を画す勇者の存在は、気にかかる。下手に出逢わせようものなら、たちまち騒ぎとなり、取り繕うのも難しい。


 だがその様な物は、マイツマン侯爵にとって「何を今更」といった程度の事。要は気を付ければ良いだけの単純で簡単な話である。他の物事と同じ、結局は自分の思い通りになる。

 そしてそう短絡的に考えてしまう程、侯爵は力を有しているという自負もある。


(この方達は自らの『虚飾』を国にまで及ぼし、それに彩られたセインツにおいて、マイツマン侯爵などは特に『傲慢』です……)


「ふむ、良いでしょう。断って勝手に出向かれるよりは、マシですからな」


「ありがとうございます」


 ラトリスは安堵の息を吐いた。そして、行動に出る為の力をくれた友人に対し、人知れず感謝した。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 平野部を駆ける一台の馬車。

 その形や意匠を見れば、その馬車がセインツ王国の貴族位の物であると判る。

 馬の毛並み、御者の服装、馬車は箱型、意匠も贅沢に……

 此処まで徹底されているのは、その持ち主の趣向であるかと言うと、実はそうではない。どちらかと言えば、対面を気にした物であり、上役の趣向。

 民に迄強いている『意匠費』を、その上の貴族が蔑ろにする訳にもいかない。ましてや領主ともなれば尚更である。


 そんな馬車の車中において、伯爵夫人は息子の頭を撫でる。その息子の手には、いつかの妖精に似た飴が握られていた。


「彼は先行していると言いましたけど、道中大丈夫なのかしら……路銀も掛かるでしょうに」


「うむ、充分な支度はあるようだ。もしかしたら何処ぞの貴族が支援していたのかもしれんな」


 ビネガ伯爵はその様に語る。それでなければ現在この場には、フリオも同席していた事だろう。


「奇術師競技会……今回で2度目と言いましたね。そもそも何故このような会を開いたのかしら」


「うむ、1度目の開催は、広間で晩餐を供しながら楽しむ程度の物であったのだが、侯爵は何やらリベルタス領にある『奇術師の街』とやらを訪れたらしくてな、鼻息も荒く帰って来たのだ。

 更には先日、街の夜空に花を咲かす奇術が行われたとかで、それを耳にすれば尚の事」


 ルノーラ夫人は些か呆れた様にため息をこぼした。


「『書』を管理しているのも侯爵。王は病床、王子は言いなり、全てがあの方の手にある訳ね。それは好き勝手になさる訳だわ」


 ルノーラの言葉に、ビネガはギョッと窓から街道を見渡す。走る馬車の中の会話を聞く者などいる訳はないが、条件反射のような物であった。


「ふむ、それなのだが……最近『予言』の頻度が落ちた」


「そうなのですか?」


「うむ、以前であれば、もっと多くの予言を行なっていた」


 セインツ王国が行う『予言』というのは、国の重鎮や各国の要人、限られた者の中でのみ開示される。存在そのものを知る者はまま居るが、多くはルノーラ程度にしか知り得ない。


「それにな、その信頼度も低いのだ。読み解かなければならない為、解釈次第では間違える事もある。しかし、それを鑑みても的中率が低過ぎるのだ。一部の人間はそれを疑い始めている」


「どういう事なの?」


「うむ、『予言の書』が機能していないのではないかとな」


「でも、それでしたらその様に言えば済むのではないかしら?」


「セインツは『予言』により多大な恩恵を受けている。それが機能しなくなれば勿論恩恵も失われる。何より、それを管理し一番の恩恵を受けるマイツマン侯爵が、素直に諦めるとも思えん」


「では機能していないのに嘘を?」


「的中率が低過ぎる理由としてはあり得るかも知れん。彼の聖魔大戦の事すら予測出来なかったのだからな。一国が滅ぶ程の厄災を見逃す事があり得るのか、仮に機能してそれならば、それはもう予言などでは無い」


「流石にそれは……王子もいいなりでは済まないのではないかしら?」


「うむ、その通りだ、その通りなのだが何もしない、それどころか馬鹿げた意匠費などというものを法律に加えた。最早あの方はあの方で問題なのだ」


「対外政策の一環ではなかったのですか?」


「そんな馬鹿げた方法は取るまい。何に対して、誰に対して、この様な見栄を張るのか。ギロチン王に着飾って見せた所で、何の意味もなかろう?」


 そこまで語って、ルノーラ夫人の視線がふとビネガの背後、馬車前方に向くのが分かった。ビネガが振り向くと、御者台からの小窓が開いていた。


「お話中失礼します。もう直ぐドスチールの街に着きます」


 御者から報告を聞き、ルノーラは息子と共に窓から覗いた。続く平地の向こうに街が見えている。


「……しかし全ては社交場の裏の噂の範疇であり、いづれも下らんものばかり。故に他言はならんぞ?」


 ビネガは妻と、遠回しに御者へ忠告する。御者がぽかんとした表情を浮かべるの見て、杞憂であったと息を吐く。


 一方、普段中々聞けない国の深い実情を知り、ルノーラ夫人は国の行く末を憂いた。



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