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奇術師は自由に  作者: 突貫
第1章 リベルタス騒乱編
13/77

12. 偽る者共


 ゲシュルトはその晩、間者を放った。

その相手は、リベルタス陣営とセインツ陣営である。


 セインツにおいては、とある『探し物』に関連した監視。ロインズ王子辺りが、身内に口を滑らせでもすれば、言質が取れ、帝国側としては攻勢に出られる。


 そしてリベルタスに対する目的は主に3つ。

 1つは先日の草原の悪魔の事。様々な国がリベルタスへと集う中、最も敵対的である帝国だけが、あの日あの場所で襲われたのは、本当に偶然であったのか? 領内に入って直ぐの事であったし、リベルタス領内においてあの様な事態の前例も聞いた事が無い。ゲシュルトとしては、王国側が何らかの手段を用いて、悪魔を嗾けたのではないかと考えていた。そして、その様な手段があった場合、証拠を捕らえない限り表立って糾弾する事も出来ず、帝国は継続的に悪魔との戦闘を強いられる可能性すらある。


 2つ目は、リベルタスの現有戦力。1つ目次第で大きく変わってくるが、これを把握して置かなければ、イルテリア亡き今危険である。敵に容赦のないギロチン王が、いつその刃先を帝国に向けるか分からないが、肩を組んだら脇腹に短剣が刺さっていた等笑えない。


 3つ目に、王国の思惑が発覚した際、暴走させない為の、何らかの秘密。これをどうにかしなければ、開き直って即開戦もあり得る。詰まりは抑止力になり得る物。弱みである。


「セネ、頼むぞ」


「かしこまりました、ゲシュルト様」


 セネと呼ばれた給仕服を纏った侍女。柔らかな笑顔と侍女たる所作は完璧で、ゲシュルトの身の回りの世話の支援をすべく、帝国より同行していた。


 セネはその実、間者でもある。王都へ赴く際は、極力軍とは距離を置き、索敵などにも従事していた。平原で悪魔の監視を行っていたのもセネであった。



 城中の薄暗い外縁。見張りなどの死角である闇に集ったのは、4人。セネと同様に王都へ同行した師団付きの従者達。城下町の宿から招き入れた者達で、暗部としての仲間でもある。


「では、我々3人がリベルタス陣営を請け負う、セネはロインズ王子を頼んだ。優先順位としては、此方が高い、何かあれば応援を頼む」


 セネが小さく頷くと、3人は暗がりから出て行った。残されたセネも、将軍お付きの侍女たる所作で、堂々と歩き去る。



 セインツ王国。

 現国王であるセインツ3世が病床に伏してから、国内外で精力的に動くのは次代当主たるロインズ王子である。

 セインツ王国は他国から優遇され、護られ、発言力も大きい。それはとある物を有する為であり、それによる実績が過去にあったからである。

 だが次代当主たるロインズ王子は、元々の優遇措置に飽き足らず、それの対価として、別の枠組みで金銭や援助を要求する様になった。欲が生まれたのである。そしてそれを利用し、一国の皇女にさえ迫った。


「全く、ヴェルフリード殿は解っておりゃれん! 我がセインツがありばこそのホムンド大陸でありょう? それを人を怪しむ様な事ばかり仰る」


 城中3階、セインツ陣営に貸与された部屋の1つでは、ロインズ王子が酔っ払い、部下に愚痴をこぼしていた。昼間に行われた歓待の宴の後、自室に戻ってからも酒を煽っていたロインズは、既に呂律も怪しくなっていた。


「我々の『預言』がありぇばこしょ、今があるのだ! 確かに! ここ数年は当たっていないかもしりぇん! だからと言って、あの様な振りゅ舞いは如何なのだ?」


 部下の貴族と騎士は揃って苦笑いを浮かべる。早く酔い潰れてしまえとは、口が裂けても言えない本心であった。


「嵐を水害を日照りを飢饉を……リベりゅタスもフリーデンも我らにもっと感謝しても良いのではにゃいか? ……はぁ、くそっ聖魔戦争が起こった所為だ。恐らくヴェルフリード殿は我らの『書』について疑っておりゅのだ……忌々しい」


 その時、扉が叩かれ給仕が顔を出した。眼鏡を掛けた見習いと思しき侍女。水差しと杯を手に、ロインズへと頭を下げる。

 卓に差し出された水を飲み、少し落ち着きを取り戻したロインズは、おもむろに侍女へと話しかけた。


「ふむ、貴様は旅の絵描きであったな。であれば、名画『皇女ラトリス』は知っているか?」


 ロインズは城下町を散策した際、通りを描くこの女が、中々の画才を有していると見て、取り敢えず侍女として召しかかえたのであった。


「えと、名画……ですか?」


「ああ、ラトリス殿の内面が、こう……絵から滲み出ている様な、素晴らしい物でな。だが、金貨200枚もした」


 その金額に侍女は愕然とし青ざめる。そして次の言葉に耳を疑った。



「なのに、本人はあまり喜んでいないのだ」



「……えっ」


 驚愕したのは侍女だけではなかった、別の場所で聞き耳を立てていたセネも同様である。ロインズ王子は本人に絵を見せた。だが、あまり喜ばれなかった。つまりはその大前提として……



 ラトリス皇女は生きている。



 ロインズの発言に、慌てた様子で貴族の男が割って入った。


「王子、本日はもうお休みになられた方が宜しいかと」


「ふぅ、そうするか。では、お休み皆の衆」


「あっ」


 何か言いかけ手を伸ばした侍女を、騎士が遮り耳元で呟いた。


「今のは、聞かなかった事にしておけ、口外してはならんぞ」


 セネは、目的である情報では無かったものの、また別の重要な事実を知った。ロインズの部屋とは別の暗闇の中、セネは呟いた。


「セインツの秘密主義にも、困ったものね」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 王城の背後に浮かぶ巨大な赤い月、そこには悪魔が住み、大罪を冠する悪魔王が住む宮殿があるらしい。だが悪魔の一部は地上に縄張りを持つ。その違いは何だろう……


 オリビアは、王都の中を流れる川の畔を歩いていた。酔い醒ましもあったが、赤の月の夜は力が貰える気がしていた。悪魔が活発になるというが、魔術を扱う者にもその恩恵はもたらされるのだろう。


 オリビアはふと考える。聖女が信仰であれば、魔女は悪魔崇拝となるのか。少なくともオリビアは崇拝した覚えはない、利用しているだけであり、悪魔を討つ事にも抵抗はない。ただそんな風に考えた時に思う事がある。

 人間こそが正しく悪魔ではなかろうか? そして、その後にいつも思うのは「馬鹿馬鹿しい」


 ……ガラガラガラガラ

 

 ふと、オリビアの前方の暗がりからは車輪が転がる様な音が聴こえる。

 現在は1人。月夜の散歩中であり、お供は居ない。だが、特に恐怖もなかった。現在王都にいる人間の中で戦闘が行われた場合、自分は上位に位置すると考えている。


 ガラガラガラガラガラ


 オリビアが、音の出所を注意深く観察していると、やがて、音と共に男が現れた。

 白髪に赤コートの貴族。男は何か引きずっている様子で、右手には鎖のような物を握っている。その鎖の先に引いている物が視界に入ると、オリビアの目が大きく見開かれた。


「……悪魔」


 オリビアが見たのは、頑丈そうな檻に入れられた獣の悪魔。闇に溶け込みそうな黒い身体を伏せて、中で大人しくしている。


 一方の男は、高原の爽やかな小道でも行くかの如く、意に介していない。そして、そのまま通り過ぎて行く。


「ねぇ! ちょっと!」


「……ん、俺か?」


「そう! それ悪魔でしょ!」


「うむ、そうだ」


「どこへ連れてくの!? それで何する気!」


「うむ、こいつを放置して疼かれると困るからな、仕方なく連れているのだ。それにこいつは俺と弟子のモデルを務める」


「よくわかんない、どういう事?」


「うむ、つまり俺はこいつを観察しながら新たな彫刻を掘るのだ」


 オリビアは困惑した。真眼を持っている訳ではないが、魔術を扱う特性上、悪魔にはある程度精通しているし、鼻も効く。故にこの獣の悪魔が強力だという事も理解していた。

 この男の言ってる言葉はわかる、が、理解は出来ない。彫刻のモデル? 

 それ以前にその状況はどういう……


「弟子が待っている。それではな」


 ここ最近の中では一番混乱しているであろうオリビアは、困惑の極みにいた。


「彫刻……」


「ヴァモヴァモ、お前の姿を隠さなければならなかったな」


「ガフッ」


 ガラガラガラガラガラガラ……


 立ち尽くすオリビアを他所に、男は立ち去った。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ビガロは、王城の広大な中庭の隅に腰掛けていた。ラトリス皇女が生きていた。ロインズ王子が狂人でもない限り、その言葉は事実なのだろう。そして、その事実は頭の中で、じんわりと反芻していく。


 ビガロにとって、ラトリスは正しく恩人であり、そして友であった。画家を目指す切っ掛けであり、宮廷画家として迎えてくれたのもまた彼女であった。


 現在、名画と呼ばれる皇女ラトリスの絵は、何を隠そう、ビガロがラトリスの生誕祭に贈った、世界に1枚の作品でもあった。


 だが聖魔戦争のおり、同じ宮中にあったにも関わらず、ラトリス皇女と会えず、絵に構う暇もなく、どうする事も出来なかった。気付けば、宮殿は崩壊し、街は火の海で……


 そんな事を考えていると、ふと侍女姿の女性が立っていた。ビガロに見覚えはないが、女性はビガロの顔を見つめ、変装の為の眼鏡を外した。


「あなた、この前の平原街道の時の人ね」


 そう言われて浮かぶのは、数日前のヴァモヴァモの時の事であったが、その時のビガロは、人の顔など眺めている余裕などなかった。その場にいた帝国の人だろうか?


「多分そうだと思います」


「貴方はここで何をしているの? 本当に侍女になった訳ではないのでしょう? 悪いけど、正直向いてないわよ」


「自分の事も満足に出来てるとは言い難いですからね、人のお世話なんて無理です。……私は、ラトリス皇女の安否が知りたくて来たんです。でも宴では亡くなったと言われていて……かと思ったら今度は」


「ええ、ロインズ王子ね、私も聞いていたわ。こう見えて私……んー、情報に強いのよ」


 危うく間者でもある事を口走りそうになりながら、咄嗟によくわからない理由を述べた。その場に居なかったのに会話を知っている理由、情報に強いから? ……意味不明である。

 しかしビガロに気にする様子はない。


「ロインズ王子が会っていて、部下もそれを知っていた。なら居処は……セインツ王国でしょうね」


「なるほど、無事でしょうか?」


「多分ね。ロインズ王子の様子を見る限りは」


「お願いすれば、会えるでしょうか?」


「それはどうかしら、秘匿している様だし、望みは薄いと思う。それこそ、完全にセインツの人間になって、信頼を得れば可能かもしれないわよ?」


「それは、駄目です。私はカーマインの弟子だし、カーマインは自由を愛します」


「カーマイン……誰かしら? 奇術師マガツとは別人?」


「いえ、カーマインは彫刻家であり、奇術師であり、最近では料理人でもある様です。そして私はカーマインの弟子で絵描きなんです」


「……なるほど。ふふ、彼は無事だったのね?」


「はい、元気です。夜来るって言ってました」


「……貴方、そんなに色々話してしまって良いの?」


「え、不味いのですか?」


「まぁ、私に言う分には大丈夫かしら……でもリベルタスでは手配されているんでしょう? だから夜にしたのだろうし……そうね、彼にお願いしてみれば? 奇術師に。ラトリス皇女の事」


「でも、来てくれるでしょうか?」


「それは知らないわよ、私は少し見ただけだもの。人柄や性格を貴方は理解していないの?」


「んー……取り敢えず、友達には狂気の暇人と言われてました」


「……そう。暇なら来るんじゃない?」



 ビガロはこの夜、ラトリスの姿を思い浮かべ、新たな希望を見出した。


 そんな庭園を侍る王城上空には、巨大な赤い月が、その禍々しい様相を晒し続けている。


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