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雨の日

作者: ゆーらしあ

手短な分量のちょっとした文章です。

雨が降っている。街はどこも雨に濡れている。僕はちょっとばかし心配になった。雨が強くなっているのだ。この折りたたみ傘ではちょっと心もとないかな。右手に持った傘をくるりと空中で回して受け止めた。


帰りは少し濡れるかもしれないと思った。今日は病院に行くから早く帰らなければ。駆け足で階段を降りると昇降口にたどり着く。誰もいないものだと思っていたが、僕以外の人もいた。わずかに揺れる、整えられた長い黒髪。


「坂上さん?」


思わずつぶやいた。大したことではないが、少し驚いたのだ。彼女が帰る姿を僕は初めて見た。


同学年で坂上さんを知らないものはいない。成績が抜群に優れていること、気品に溢れた容姿、彼女はよく話題になった。しかしながら、だれも彼女のことを詳しくは知らなかった。大企業のご令嬢ではないだろうか。有力な政治家の娘ではないだろうか。様々なうわさや仮説が立てられれたが、真相はわからない。どれもこれも、正しいような感じがした。

 

なにしろ、情報が少なすぎる。どことなく漂う高貴な雰囲気が、人を寄せ付け難いというのは本当であったが、そもそも彼女は積極的に喋るタイプの人ではなかった。仮に話ができても自らのことはほとんど語ろうとはしないし、こちらから尋ねてみても、上手にはぐらかされてしまう。それがますます、みんなの興味を引き立てた。

 

「やっぱり坂上さんは只者じゃない」


「なにか絶対に秘密があるんだよ」


誰もが、坂上さんについて知りたがっていた。



僕も坂上さんについて知りたいと思う。かわいいし、クールな感じだけど優しそうだし、謎の多い人だから気にかかる。


坂上さんは僕のひとりごとに気づいていなかった。でも、なぜか急いで靴を履き替えているようだった。

迎えが来ているからなのかな。僕はふと思った。


坂上さんの噂のひとつに雨の日に彼女帰り際の姿をめったに見ることがない、というものがある。一説によれば、坂上さんの家はお金持ちだから彼女が雨に濡れないように車で迎えに来てもらっているのではないだろうかという。


けれども、誰一人として坂上さんが車で帰る姿を見ていない。少し話題にはなったが、きっとみんなに遠慮して見せないようにしているに違いない、という結論に至った。


さらに坂上さんは下校が早い。なぜ部活動に参加していないのかは不明だが、親が厳しくて箱入り娘のような状態に置かれているのではないだろうかと、今のところ推測されている。


だから彼女がどのようにして帰宅をしているのかは謎に包まれていた。


坂上さんは靴を履き替えて、自分の傘を探していた。不思議なことに彼女が周りをキョロキョロと見回しているのを見て、僕はとっさに身を隠した。坂上さんが周りの目を気にするのは不思議なことだったが、それよりも身を隠した自分の行動を不思議に感じた。


下駄箱の影から坂上さんの方をそっと覗き見る。その時感じた、何気ない所作から感じる違和感。目を凝らすと、ボロボロの黒い傘をさした坂上さんがいた。


坂上さんは泣いていた。


僕は目を疑った。どういうことなのか、しばらくの間考えた。誰かが坂上さんの傘を壊した?そうではないようだった。元からそれを使っているような感じだった。


僕の印象とは全く違う坂上さんの姿。僕は混乱した。

帰るのが早いのはあの傘を見せないようにするためだろうか。だが、まともな傘ひとつも買うことができない状況とは一体?

やがて僕はひとつの結論として、坂上さんは経済的にギリギリの状態で生活しているのではないかと考えた。


そのときである、


「また、働かなくちゃ……」



坂上さんがうつむき加減で言葉をこぼした。


窓の外が真っ白く光り、追いかけるようにして思わず耳を塞ぎたくなるような雷の音が轟く。


坂上さんはそう言い終えると同時に泣き出した。今さっきとは比べられないくらいに激しく泣いていた。


この一言で僕の推理は確信に変わった。やはり坂上さんは今、とても苦しい状態に置かれているのだろう。アルバイトも忙しいのだろうか。

しかし、ここで疑問が生じた。そもそもこの学校ではアルバイトは禁止されているはずだ。それを誤魔化してアルバイトをするのは難しいはず。ならば、どうやってお金を手に入れるというのか。


嫌な予感が僕の頭をよぎった。


これが本当なら間違いなく、スクープになる。だけど、そんなことをしようとは微塵も思わなかった。できれば、勘違いだと信じたいのだ。口を閉ざそう。強く決心した。


雨は勢いを増している。昇降口には雨音が広がっていた。


坂上さんの破れかけた傘。ところどころ骨組みが折れている。あの傘ではこの強い雨の中では役に立たないだろう。


僕はまだ下駄箱の影に潜んでいる。僕は手に持った折りたたみ傘を見つめた。


それをしたからと言って何になるということもないが、純粋にそうするべきだと思った。僕は一歩踏み出して、坂上さんに声を掛けた。


「ねえ、これ使っていいよ」


僕は顔を見せないようにして、坂上さんに折りたたみ傘を手渡した。僕と坂上さんの間に面識はない。坂上さんは僕の名前を知らないはずだ。だから傘は戻ってはこないだろう。だが、それでいいのだ。坂上さんがあの傘を使えばいいのだから。



僕は驚きに立ち尽くす坂上さんを置き去りにして、土砂降りの雨の中へと飛び出していった。


感想など頂けたら幸いです。

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