私と私の神様
視点変えただけで結構変わるものです。
子供の頃は、自分が特別だと思い込んでいました。
誰しもそのような時期はあるでしょうが、いつか気づくのです。
己は特別な存在ではなく、ただスクランブル交差点で通り過ぎる人間の一人にすぎない、ただの人なのだと。
けれど、『そうではない』場合。
自分が特別だと気づいてしまった時は、どうなるのでしょうか。
そう、例えば、こんな風に。
「ヨゥ、お嬢チャン。俺の名前はルタ、知ってるやつは知ってル猿田彦大神ダ。よろしく」
「……状況を確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「構わんゼ」
園原 千代、中学校一年生。
私の目の前には、真っ赤な髪の少年と思しき人がいます。その表情は変わらずニコニコしており、昔の服のような派手なラフカラー(シャンプーハットみたいなアレですね)が実に仮装のように見えます。
この人はどこの誰で、私はどうしたらいいのでしょうか。
猿田彦大神と言っていました。聞き覚えも何もありませんが、日本神話に出てきそうな名前です。
「質問をしても問題はありませんか?」
「おう、どんト来い!」
片言のように聞こえるのはちょっとだけ不思議な感覚ですが、意味が理解できますので話には支障ありませんね。
「今のこの格好は、何なのでしょう」
「あー、一から説明カ。めんどいナ」
ちょっとだけイラっとしました。
「じゃ、まず俺の正体からナ。俺ハ死神。つっても、幽霊を彼岸に送ったリ、それかラ妖怪を間引クってことをやってるんダ。あんたハそれを手伝って欲しいト思ってナ?神気というのガある奴じゃなきゃダメなんダヨ」
「神気……?」
話を総合してみると。
・彼は死神で、私が思うよりずっと長い時を生き(?)ている。
・彼の仕事は死神。増えすぎた妖を間引いて、バランスを保つ。
・私は神気というものがあったため、彼の死神の手伝いをする御使として選ばれた。
・普通の死神なら使い潰して殺すことだってあるが、彼はそうしない。
全て本当のことであれば、私は幸運だったということになりましょうか?けれど、それが事実とは限りません。彼が嘘をついていないという保証も、ありません。
それでも、私はこの世界の中でも特別だということを証明された気がして、舞い上がっていました。
舞い上がりすぎていたのです。
ある日のこと、私は通りを歩いている時にふと一つの幽霊に出会いました。
「迷っているのですか」
幽霊から返事はありません。しかし、その口だけがぱくぱくと何か言いたげに動いています。
「なんですか?」
口元へ顔を寄せると、その口がもう一度開きました。そして、耳元に。
普通の声で。
「次はお前の番だ」
私はとっさに身を引こうとしました。けれど、それは不可能でした。黒い物質がその目から口から飛び出して、私の体を取り込もうとします。私はもがきながら転身をして、その顔面に箒を叩き込みました。
しかし、それをあざ笑うかのように、黒い物質は動きを止めませんでした。
足を払われて、そして付かず離れずの距離で追いかけてくるのです。
完全に遊ばれています。
けれど、私は必死に動いているのです。
私は、箒を握りしめたままとんでにげようとしましたが、それは一向に追いかけてくるのをやめません。疲れてきたと思った瞬間、足を引っ掛けられて地面に叩きつけられました。
「……っ、ど、うし、ましょ……」
地面に転がったまま、荒い息をします。黒くてグネグネしたものに地面に叩きつけられ、私は呼吸もままなりません。
息が、ショックでできないなんて、初めてで。
痛みなど恐るるに足らず。
特別だから、きっと痛みなんて正義のためには無視できるのだと、そうバカなことを考えていました。
なんという子供のような戯言でしょうか。
「……けほ、がぁっ!!」
咳き込む暇すら与えられずに、また一撃を受けてしまいました。
……私は死ぬのでしょうか?
いやだと、はっきりそう思った時。
「見ちゃあいられねぇナ」
その言葉とともに、ルタが私の目の前に迫っていた黒い不定形の物体を、鎌で大きく弾きとばしました。
「ぁ、う……」
「立てるカ?」
私はかぶりを振りました。傷はじわじわと治っているのに、恐怖で体が動きません。
「はぁっ、はぁっ……」
「ま、いいかナ。マァ、これだけ見りゃ十分ダ」
そのあっけない言葉とともに振り下ろされた鎌。
そのたった一撃で、不定形の物体は一気に消え去りました。
「……は、」
なんという圧倒的暴力。
なんという隔絶した力。
全てを飲み込み、そして侵食するような神気。
私はどうして自惚れられることがありましょう?
彼が、彼こそが特別で、私はただ彼の目に留まっただけにすぎない、ちょっと力のある子供。
私はその日、自分のことを悔い改めました。そしてそれからというもの、戦うことを考え、そして実践し始めました。
「いいか?お前ノその箒は、箒だが神気の変換器みてェなもんダ。だから、神気を通して撃テ。それから、大抵のコトじゃ壊れねェし壊れてモ直せるんダヨ。だから、気にせずそれで迫った敵ハぶん殴レ」
私は小さく頷くと、そこから大きく飛びました。
目の前の小さな妖一匹に向かって、術が飛んでいきます。その瞬間、その妖はすっと避けました。やはり、これではいけません。
振った箒はその小さな体の上を通過していき、そして私の体があっという間にひっくり返されました。
「受け身を取レってんだロこのポンコツ!!」
「申し訳ありません」
これも自分のための訓練だ。私は奥歯をぐっと噛み締めて、それから立ち上がります。
力がなければ他の死神に斬られることも憂慮されるので、できる限り力をつけないといけません。
そうして言われた通りにできると、ルタ——いえ、ルタ様は、私の頭を目が回るほどに撫でてくれます。
「……ふへ」
どうしようもなく、そんな時間が好きでした。
選ばれたルタ様を支えていくこと。それしか頭にはありませんでした。
ある時、私はとある男子の横を通り過ぎました。死神に近いような気配。
「……どういうことでしょう?」
「ありャ間違いねェ。ちくしょう、あのバカ覚えてろヨ」
疑問は、その日の夕方には解消しました。私の目の前には、とんでもなく美形な少年と、それに付随した漆黒の死神がいます。
二人の死神。
片方がひどく強大な気配を放っています。中心がつかめないほどの、おぞましいほどの気配を。
もう片方は、清廉でどこまでも澄み切ったような、美しい神気です。私は箒を握る手をぐっと強めました。
しかし、それは杞憂でした。少年は大変態度の良い人で、説明を受ければ綺麗に飲み込む人です。私より、断然才能はあるでしょう。
その日を境に、私のいくつかの日常は変わって行きました。
少年と見まごうばかりの友人と、小さな体躯の友人。
一緒にプールに行きさえして、私はその人達を大事だと思うようになって行きました。
しかし、事態はそう簡単なことではなかったのです。
「どうしても……ダメですか?」
「ああ、ダメだナ。お前が行くことハ、ダメだ」
「そんなっ……」
わかっています。
ルタ様は、確実に中立を守らねばならないことくらいは。そして私が今出て行こうとしても、それはルタ様に確実に止められるでしょう。
諦められないのです。
友人が、彼らが生死を賭して戦う中で、私一人だけがそうやっていつもと変わらぬ日常を過ごさねばならないこと。
「ルタ様……私は!!行きたいのです!!」
「どうあってモ聞いちャくれねェか」
その手から、ぬるっと鎌が溢れるように出現しました。私はゴクリと唾を飲み込んで、それから強く踏み込みます。
一閃。
たかだか一度だけのやり取りで、私は肩口をすっぱりと切り裂かれて、地面に倒れ伏していました。
「ぁっ、がぁ、はぁ……」
びしゃ、びしゃ、と地面に血液が溢れました。今すぐ彼らの力になりたい。けれど、彼らのところに行くには、私は遠すぎるのです。
「がふっ……」
切り裂かれたところより、胸が痛い、そう思いました。
ああ、だからヒーローは、強いのでしょうか?
私はそのまま目を閉じました。
目が覚めれば全ては終わっていて、私は皆が無事であったことを喜び、そしてルタ様は頰をかいて、私を斬ったことを謝罪しました。
今でこそ言えますが、私が行ってもそう役には立たなかったでしょう。
「夜行さん。こちらの資料まとめ終わりました」
「どうもありがとうございます」
あの日私が斬られていなくとも、今の日常は変わりなかったのでしょうか?
やっぱり、私は選ばれた人間の引き立て役か、友人Bの役回りが適当なのでしょう。
「……さあ、仕事をしましょうか」
私は今日も私の神様のために、一生懸命に働くのです。
次は死神さんの過去話をちょろっと。
恐れられてる頃の話。




