死神は酔いますか?
ごめんなさい頭沸いてたんです本当すいません
キャラ崩壊が在中します。
読まなくても支障ありません。
どうしてこうなった。
「やり直しです」
「も、申し訳ありません」
「ココとココ、数字が間違っているでしょう。見落としはないようにしてくださいよ」
「はい」
「ヒューマンエラーが一番あってはならないことです。皆も、もう一度気合いを入れ直してくださいね」
はい、という社内からの返事を受け取って、仁義はデスクの上のパソコンに向かってキーボードを叩き始めた。次の護衛の女性の行動日程表を綺麗にまとめ直して、それぞれの交友関係と行動範囲をしっかり見極める。
今回の女性は外出はそう好きではないので一見問題はなさそうだが、同行者がひどくそのことを気にして外へ連れ出そうとする。
「これは松川の案件か」
目端がきくし、何よりとても説得と交渉に長けている。部屋から連れ出さないことが安全を守ってもらう第一で、そしてもう一つ言うなら今回の女性の条件に合う、『女の人がいい』という主張にも適合する。
紅と園原は無理だろうな、と顎をひとなですると、仁義は席を立ち上がって歩いて行った。
「松川さん、今少しよろしいですか?」
「へっ!?あ、はぅ、はい!」
顔を真っ赤にされながら、仁義は淡々と書類を渡して、それから話を始める。
「この女性なのですが、今回は短期間です。何より問題なのが……」
話が終わると同時に、松川がほう、とため息を吐いた。
「それじゃあ、私はその女の人が外に出れない理由を伝えて、納得しない場合は説き伏せるのがいいってことですね?」
「はい。無論、室内での護衛もきっちりと行ってくださいよ」
「そ、それはもちろんです!」
コクコク頷く姿に、「それでは護衛計画書を提出してください」と言いつけて、仁義は去って行った。
「っはー……緊張した……」
「松川さん、課長のこと好きだもんね」
同僚の吉岡がそれを茶化すように言った。
「ちょ、ちょっとやめてよ恥ずかしい。だって、あんなに綺麗な人なのに、好きにならないはずないじゃん?」
「それもそうだけど、浮いた話の一つもないのよ。専務が持ってきた縁談も、頑固に断ったみたいだし?」
「誰か好きな人がいるってこと、だよね……」
自分かもしれない、と夢を見るように思う。その時、社外から一人の女性が戻ってきた。
「たっだいまー!!」
「あ、紅さんだ!」
「おかえりー」
「バッチリ成功!」
Vサインを決めた彼女に、松川が駆け寄った。
「良かったですね、怪我とかはありませんか?」
「いやぁそりゃもう」
ちょっとだけ視線が泳ぐ。実際はグッサリ行ったのだが、服を変えてなんとか何事もなかったように見せかけたのだ。
「高田さん」
「ぅあい!」
「報告書は、三日以内に提出してください。それから……以前の報告書の出来ですが……そちらは後で問い詰めることにしましょうか?」
「み、三日……はいすぐやります、サー!」
ビシッと敬礼を決めた姿に、仁義は苦い顔をして、眉間をもんで立ち去っていった。
「うわー、お疲れ。高田さん今日も絶賛目をつけられてるね」
「あっ、ええ、うんまあ……まあ、でもあの人と仕事するのは嫌いじゃないよ?報告書書かなくていいし」
「理由が無駄に酷すぎない?まあ、そうよね、いつも完璧すぎて取り付く島がないというか、高嶺の花よね」
「性欲はあるでしょ?」
「それも薄いみたいよ?なんか、どこかの大女優様が誘惑したけど、ゴミを見るような目で見られたって言ってたわよ?鼻で笑われた、だったかしら。かと言って男に興味があるというわけでもなさそうだったわ」
松川は、自分がなかなか優遇されているような気がしてならなかった。怒られることはなく、仕事もきちんと持ってきてくれる。
「あ、そろそろ昼休みだ。今日のお弁当は〜♪」
「今日も旦那さんの手作り?」
「そ。今日も旦那さんの手作り〜」
蕩けそうな笑顔で笑っている紅を見て、自然と笑顔になる。男性社員から人気だというのに、彼女はよほど自覚がないらしく、幸せそうな笑顔を安売りしている。
過去に一度襲いかかった男性社員がいたが、一撃でのされたそうだ。
「んんー!うまいーーー!!」
「愛されてるわね……」
整然と並べられた弁当には、おかずが色々と詰められている。手間がかかっているのが丸わかりのものだ。
「いいなあ、彼氏。わたしも欲しいわ」
「いるでしょあんたは」
「別れたのよ。あれの浮気でね、そしたらもう修羅場も修羅場、浮気相手が既婚者だったのよ?」
「何そのまとめサイトに載ってそうな話」
吉岡の話をいちいち題材にして、その日の昼休みは終了した。そして、支部長が唐突に部屋に駆け込んできた。夜行の分家の一人であり、阿賀 忠邦だ。
「今日は日中勤務全員で飲み会ですよ。さっさと上がりましょうね!」
「はい!」
皆の声も、自然と浮つく。その中で、仁義だけは、自分の手元の資料に目を伏せていた。
しばらく考えたのち、彼はスッと立ち上がる。
「すいません、緊急での確認事項ができましたので、護衛に伝えてきます」
「戻るのは何時くらいになりますか?」
「多分五時過ぎには問題ありません。通常業務は、ここまで提出されたぶんは終了してすでに支部長の方に報告書などまとめてありますから。それでは」
彼は駅のトイレに入ると、その姿から転身した。
「この先の……あそこか」
「およ?仁義どうした?」
「あれ、死神さん……どうしてここに?」
「ああ、ルタの野郎がちょっとだけ危険な香りがすっから、よろしく頼むだとよ。にしても、なんでそんなに神気絞ってんだ?」
「死神さんも抑え……まあもう遅いでしょうから別にいいです。誘蛾灯作戦でいきましょうか」
「って俺を囮にかい!!」
「冗談ですよ。様子見だけです」
「お前いつも真顔すぎて冗談が冗談に聞こえないんだよぉ……」
仁義はそのまま下に落下していく。そして地面に音もなく着地すると、その家の横の街路樹に陣取って、そこを観察する。
どうやらポルターガイストの話は本当だったらしい。
彼は家の中に侵入すると、その中にいるそれを物陰から密かに伺った。
どうやら相手は、生き霊らしい。結婚相手が浮気をして、それから旦那有責で離婚しようとしたら、ストーカーになったようだ。そして、とうとう不自然な現象まで起こすようになったと。
「どう考えても、その人が悪いでしょう。逆恨みなんてくだらないことをするよりもっと他にすることはあるでしょうに」
「まあ……大抵身勝手なもんだしな」
その男の霊を消すことは、ある意味できない。なぜかといえば、魂がここにきている状況で霊を消すと、男自体の魂ごと消えかねない。
それを憂慮して、仁義は最善の策を考える。
「やっぱ陸塞行きの案件ですかね」
「下っ端でいいだろ」
二人でそう言うと、阿賀に連絡を取った。
「もしもし、よろしいでしょうか?」
事情を説明すると、打てば響くように答えが返ってきた。
『はい、了解致しました。即時朱雀院に連絡を取って、人員を向かわせます』
「よろしくお願いします」
仁義はは近くに張り込んでいる護衛に、もう一人人員を臨時で増やすことを告げて、ちょっとだけ時間を潰してから駅から歩いて戻る。
「お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
ネクタイをちょっとだけ緩めると、そこからデスクに戻った。そして、低い声で告げた。
「高田」
「うぇえ!?」
「やり直し。日付はせめて間違えないでくださいよ……」
結局、二人ともギリギリの時間まで残ってチェックをする羽目になった。
「のむぞー!」
「いえーい!」
「高田さんは何のみます?ウーロンハイとかどうですか?」
「日本酒で」
「夜行さんは何を飲みます?」
「俺はお茶で結構です」
酔わせて間違いを起こさせようとしていた女子が、揃って不服な声を上げる。
「阿賀さんどうにかなりません?」
「何か飲んではいけないご事情が?」
「敬語使うのやめてくださいよ。本家だなんだって言っても、俺は結局……」
「まあ、その辺は置いておいていいでしょう?今の所は、楽しみましょうよ」
「まあ、別に……」
手渡されたお茶をぐいっと飲むと、ふうっと息を吐き出した。おしぼりで手を拭くと、そこから料理に手をつけ始める。
「だいたいですよ?阿賀さんは喋り方とか色々ともっと上から目線でいいんですよ。俺がどうだとかそう言う話ではなく、仕事中は阿賀さんの方が目上でしょう」
「ですから、その辺はきっちりただの敬語になっているでしょう?」
「そんなグレードつけなくていいですから普通に敬語をやめてください」
仁義は小皿をことりと置くと、もう一度お茶をあおる。その空いたコップに日本酒が注がれていたが、気づかずに彼は喋り続ける。
「阿賀さん、それで先ほどの件は?」
「問題なく処理されたようです。兆候も姿も捉えられなくなったようで、女性もなかなか満足だそうです」
「それは良かったです」
そこで、もう一度コップからお茶をあおろうとして、彼はお酒を飲んでしまったことに気づいた。ふわふわした気分が胃から伝わってきて、それから暗転するようにその意識は薄れる。
「ひ、仁義さん!?」
その声に、数人の女性が反応する。紅は駆け寄って、その体を揺する。
「おい、大丈夫か?」
その目がパチリと開いて、それから上体がゆっくり起こされる。とろんとした目が、紅を捉えた。
「紅」
「どうした」
「愛している」
「ファッ!?」
「いつも辛く当たっているけど、あれはできないやつ誰にでもそうなだけだから気にするな」
「いやそれはおかしいだろ!?」
「だが本当ならできていてもできていなくても、俺が全部手直ししてドロドロに甘やかしてやりたいと思っている」
「お前おかしいぞ。酔ってるんだ」
ジリジリと膝詰めで寄ってくる仁義は、ことりと首を傾げて、それからふっと笑みを浮かべる。
「これは夢だな」
「だからどうしてそうんむっ!?」
唇を重ねられて、紅がジタバタと暴れる。しかし、その抵抗も虚しく、あっという間に酸欠にされて紅がくったりする。
「くっそ……テメェふざけんなよ」
「こーうー」
そのまま仁義は紅をきゅっと膝の上に乗せたまま抱きしめる。そして、大きく息を吸って、吐いた。
「いい匂いがする」
「やかましいわこの変態!!いいから離せ!!見られてる!!」
「あ?ああ、いい加減視線が鬱陶しかったんだ。もういい」
「お前が言ったんだろ!!平等に接するのが難しいから籍を入れてるのは隠そうって言ったのお前だから!!」
「んー、モチモチのすべすべ」
「話を聞けぇ!!」
松川がその光景を目にして呆然としていたのは、たった数分だった。すぐにトイレへと駆け込み、そこで壁にもたれかかる。
——既婚者、だったんだ。
しかも、あんなに愛されているような。
「さいってい……」
彼女はしばらくトイレから出てこれなくなったが、そこで気持ちの整理をした。
特別扱いなんて、されていなかった。
よく考えてみれば、できる人にはそれなりに難しい仕事を与えて、できない人間には量を増やしつつも難易度的にはそう難しいわけではない仕事を割り振っていた。
特別だったのは、能力があったからだ。
「それに二人とも、すごく……なんて言うか、お似合いだったし」
そう言って無理やり自分を納得させる。
けれど、胸の中に刺さったような棘は、抜けることはない。
「……どうしよう」
「ハロー松川さん!」
「ぴゃあ!?」
吉岡が出てきて、不敵に笑う。
「くよくよしてもいいのよ。あれだけ好きだったんだもの、仕方がないわ。あの顔だしね!でも、あなたはあの人に出会うのが、遅かったのよ」
「……うぅ、よじおがざんんん」
「はいはいよしよし」
そう言いながら、吉岡は松川を抱きしめて、その頭をポンポンと叩いた。
一方その頃仁義は、紅の膝枕で潰れていた。
「阿賀さんどうしましょ」
「いや、俺に聞かれても……お姫様抱っこでいいんじゃないですか」
「おぉ、なるほど……」
そう言うと、紅が身じろぎしたために仁義が目を覚ました。
「ここは……?」
「今度こそ大丈夫だよな?」
その瞬間、仁義は何があったかを思い出す。そして、そっと紅の膝の上から頭を退けた。
「忘れてください」
「いやだって、」
「忘れてください」
かぶせるように言った仁義の目は、光がなくなっていた。後に彼に絡む女性社員はかなり減って、紅に嫉妬したものは軒並み証拠を仁義にがっつり抑えられたようだ。
「家以外では飲むなよ!!絶対飲むなよ!!」
「飲みませんよ。二度同じことをやらかすのは、愚の骨頂です。それと……家ならいいと言うことは、そういうこと、ですよね」
「なあ俺今日家出てた方がいいか?」
「る……」
「ええ、よろしくお願いします」
仁義はニッコリと微笑んだ。
せんせえ仁義くんがおかしいです。




