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死神の本当の過去ですか? 後編

完勝。

俺はその足で家電量販店に向かい、ICレコーダーとカメラ、それを保存しておくためのメモリーカードを複数枚購入。そして、今現在は家に帰宅している。

これ以前の証拠は日記のみだが、日付などもしっかりあるから、証拠能力としては十分だろう。


母親は今にも死にそうな顔をして、俺を見つめているが、俺は微笑みを浮かべて「なんとかします」と繰り返す。

「でも……仁義、」

「でももだってもないでしょうよ」

その肉の落ちたほっぺたをうにうに伸ばして、俺は眉にしわを寄せる。


「ここしわよってる」

眉間をグリグリとほぐすように押されて、思わず反り返る。

……今、伝手を使って、しがらみに縛られた温室育ち(エリート)弁護士の手を借りてむしり取り、そしてあの呑気な種馬を針のむしろに置いて、干上がらせてやる。


あまりにも不自然に証拠がなかったとしたら、それはほとんど黒に近い灰色。やったと言い切れなくても、やったとしか言いようがないという証拠。

黒い微笑みを浮かべながら、俺は次の日から笑いを抑えて登校を始めた。


初日、奴らは俺をいつものように校舎裏に呼び出した。

「昨日はなんで来なかったんだよ。憂さ晴らしする相手がいねぇじゃねぇか」

「ごめんなさい」

いつもはすみませんでしたというところを、そう言うと「生意気な口を叩いてんじゃねぇよ!!」と腹を殴られた。ICレコーダーはどこにあるかといえば、袖の部分にうまく縫い付けて、ボタン操作も楽々である。


何よりこちらが殴らないから、相手が手首めがけて蹴ったりしない限り俺は無傷の完全勝利である。


あ、傷は負うがな。


「はぁっ……はぁ、今日はこのくらいにしといてやるよ」

体力ねぇなあ、だらしねぇと思いつつ俺はゆっくりと立ち上がる。咳き込みながら地面から立ち上がり、そして目の前の少女と相対する。

彼女は俺を見つめて、そして笑った。


「お父様から聞いたわ。あのバカ女、死ぬのですってね?」

「……」

「分不相応な身で、お父様を誘惑するからこうなるのよ。借金でしたか?バカなことをしたものね」


俺はゆっくりと呼吸をしてから、その顔を正面から見つめる。

「……その言い方では語弊があります。私は、母が病気であるので治療費を貸してほしい、と頼み込んだのです」

「はあ?何それ。お父様が嘘をついたと言うの?」

これ録音してるんですけど。ファザコンが全国区でバレるぞ。

それにしてもあの種馬って本当に事実の捻じ曲げとか好きだな。いっそ呆れを通り越して感心するわ。


「まあいいわ。それならそれで、今度はあんたの番。あなたの大事なものを一切合切奪うわ」

ほら、だからお前は温室育ちのお嬢様なんだよ。


全てを失った人間は、それこそ何をするかわからない。必要なのは、そうならないギリギリの領域を見極めてそいつを生かすこと。

何もかもを失った人間はそれ以外にどうしようもなくなるから、どんな障害に遭っても後には引かないのだ。


もう少し先の、俺のように。


「……口を開けば、御託ばかり」

その長い脚が、俺の真横の壁にガン、と音を立てて置かれる。

これ、パンツ見えてるって忠告したほうがいいのか?それはセクハラになりはしないだろうか?


気づかなかったことにしよう。


「お兄様は本当に憎らしくって、そして綺麗な人。でも、私はそういう綺麗なものには少し傷をつけたり、割ったりすることが好きなのよ?」

こいつも負けず劣らず歪むな。早く家出たほうがいいぞ。


そうしてできたあざをちまちまちまちま写真に撮って、そのメモリーカードをデスクトップPCに移し替えて別のメモリーカードに封入。これは、母親の古くからの友人であるレイノさんに手紙とともに送ってもらった。さすがにそこまでは監視していないはずだ。


そして、杏葉が喋っている音声とそれ以外を分けて、フォルダごとに綺麗に整頓する。最近のレコーダーって便利になったな本当に。


電池を入れ替えて、それから一週間ほどでほとんどの証拠が溜まった。しかも教員側の非があるという音声までバッチリ撮れたので本当にありがとうございます。

——これで、いける。


俺はあの弁護士に電話をかけて、自宅まで来てもらった。


「今日は遠いところ、ようこそおいでくださいました。早速ですが、ちょっと聞いていただきたいものがありまして」

ICレコーダーではなく、それをCDに移し替えたもの。それを再生した。

杏葉のヒステリックな声が、響き渡った。


かちり、と再生機を止める。その顔は、何が何だか全くわからないという顔だった。


「母親は、あの種馬、いえ、会長に強姦されました。その時の子供が俺ですが、奴はそれと同時期にもう一人、自分の妻に子供を作らせました。そしてできたのが、羽々木 杏葉。俺の異母妹にあたりますが、彼女の音声なんですよ」

「なっ……!?あ、愛人だと、」

「愛人?それは名誉毀損だと思いますよ?これを世間に知られたくなければ、協力してください」

その襟首をぎっちり掴んで、耳元に口を寄せる。


「この音声以外のものは、全て杏葉とは関わりないように編集してあるんです。あなたがちょっとだけ俺に協力してくれるだけで、羽々木は評判を落とさないで済むのですよ。ああ、勘違いしないでくださいね?俺はあの種馬には思い入れなどありません。あなたが断れば、日本のあちこちから各報道者に、そして全世界に映像ごと発信する容易だってできてるんですよ」

羽々木に思い入れなど一切ない。俺はただただ母親を治すための金が欲しかった。そのためなら、金がある人間からむしり取るくらいは致し方ないだろう。


「ね?ちょっと本当のことをしゃべるだけでいいんですよ。あれだけの学校と生徒達です。毟れたら、ちゃあんと代金は払えますよ?……だって、あなたの首は俺にかかってるんですから、必死になりますよね?」

後ろから肩に手を回し、ぎゅっと力を入れる。


「……わ、わかった……ぜ、ぜったいに、羽々木のことは口にしないという条件で、それを……呑もう」

「いいお返事です」


そしてそこから事態はどんどんと進んでいった。


まず、すべての証拠をバックアップして、それをレイノさんに保管してもらう。

そして警察に行き、証拠物件を一部提示してみると羽々木だけではなく他の金を持っているところも敵に回すのを嫌がるそぶりを見せた。はいはいみなさん仲良くって結構なことですね。


なので、マスコミに、そして他の方法でもすでに全世界に向けての発信準備ができていると伝えた瞬間、態度が豹変してくれた。みなさん保身が好きそうでなによりである。


「便利な時代ですね、本当に」


刑事訴訟を起こすと、早々に学校が対応を始めたが、羽々木から口止めがかかっているらしく、俺が愛人の子供だと言うことで学校の品位を落とすと口走っていた。

その時俺が愛人ではないと名誉毀損だと訴えて、余罪が追加。こっちは民事だ。


学校ぐるみでもみ消しにかかったが、うっかり俺は動画サイトの一つの動画をそのまま予約投稿取り消しをしていたみたいだ。

うん俺ってばうっかりうっかり。


そして、毎日毎日その報道が続く中、俺は示談金を受け取らずに慰謝料をすべての家庭からせしめた挙句、一つだけ責められなかった羽々木の家をマスコミに疑わせることに成功した。


その時点で俺は異母妹の所業のコピーCDは消していたので知らぬ存ぜぬを突き通せた。

弁護士はノイローゼになったが、札束を渡してニッコリ微笑むと肩を落としながら帰っていった。

種馬が一度ここに訪ねてきたことが、母の入院中にあった。


「お前は……一体何をした!?」

「何を?何もしなかったのはあなたでしょう。だから俺は日本の法律に則って、俺が正当に受けられるべき慰謝料を請求したのみですよ。俺がやったことは、それだけです」

「ふざけるのも大概にしろ!」

「ふざけていませんよ。あなたのように産ませるだけ産ませて、その後の面倒は女性に押し付けて愛することもない人には、一生かけてもわからないと思いますよ?」

「家に戻れ!」

「生活基盤はしっかりあって、ここに住みたいとも思っている。なのにそこに戻る理由はどこにあるんです」


「貴様……!!」

俺は顔面に衝撃を受けて、倒れ込んだ。その瞬間、警官が踏み込んできた。

「……よろしくお願いいたします」

「お前!!」

罠にはめるなら、徹底的に。


結局それは不起訴処分にして、代わりに接見禁止を勝ち取った。

そして俺はその年のうちに公立高校に転入した。無論前髪も、メガネもそのままだ。

これ以上誰かに煩わされるのも、煩わすのも、こりごりだ。


そして、俺は母親の横に付き添った。


「……仁義、どうしたのこれ」

「ちょっとだけ締めてきたらボロボロと後ろ暗いことが出てきたから、つい」

「ついって……まあいいか」

そんな額の入った通帳を見て愕然としないあたり、実は母親って良いところの出なんじゃ?と疑った。


そんなことがあったが、母親には結局自分の鬼畜な所業の数々は言えなかったし、他の誰にも言うつもりはない。

だって、母親が死んだと言うことは、俺の責任もある訳で、どうしようもなくそれはのしかかってくることだから。


けれど、最近はちょっとだけ、罪を背負うより、感謝をするほうが大事なのだと、紅がいてくれるからそう思えてくる。


母親はきっと俺が贖罪に明け暮れることを許しはしないだろうから。






「式場はここなんてどう?」

「ふわぁ……」

俺は意識をそのパンフレットへ向ける。なかなかいろんな回想をしていたから、ちょっとだけ上の空になっていたようだ。


まあ、今の話は墓場まで持ってくしかないか。


そう思って、俺はその綺麗なステンドグラスの写真を覗き込んだ。

教会か、なら大丈夫か?

神前は、ちょっと控えたいからな。

本日三話目です。


これだけされてまた学校まで押しかけてくるなんて逆にすごいね。

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