杏葉と一緒に!
杏葉さんの一日。
皆さん、御機嫌よう。
あら、誰とは酷くないですか?私はあんなに頑張ったというのに。
この羽々木 杏葉、とても心外です。
それでは、私のとある一日をお見せ致しましょう。
「おはようございます、マネージャーさん」
「おはよう杏葉ちゃん。今日は、朝早くにごめんねー」
「いいえ、問題ありませんよ。お仕事ですもの」
今日の撮影は、ある街をアポなしで歩いて撮影するものです。アポなしですから、交渉ごとをしなければならないのが大変ですが……まあ顔でなんとかできるでしょう。一度くらいは失敗しなければいけないと思いますけど。
「本日はよろしくお願いします、智樹さん」
「うん、よろしくね。こんな可愛い子と撮影できちゃうなんてね、夢みたいだよ」
黙れ雰囲気イケメン。
実質お兄様の方が神々しいほどのイケメンなのにどうしてお兄様はこちらの業界ではなく裏方の方を選んでしまったのでしょう。
「今度よかったら、食事でも行かないか?」
「まあ!モデルの仲間も誘ってよろしいですか?智樹さんの大ファンの子もいらっしゃるんです」
「えっあっうん。まあ、しょうがないかな……」
必殺天然砲。
二人で食事と言われなかったことにかこつけて、モデル仲間も誘うこの完璧な布陣です。
「いやー、遅れました。鷺村です!」
おっさんが来ました。こういう清潔感があるナイスミドルは大好物です。
「鷺村さん!以前はお世話になりました。今日はよろしくお願いします!あ、そうです。今智樹さんから一緒にお食事行きましょうって誘われたんですよ。私モデルの仲間も誘う予定でしたし、ご一緒しませんか?」
「おやあ?ふんふん……そうかあ若いっていいなあ」
ニヤニヤしながら、彼は智樹さんの肩をポンポンと叩きました。応援しなくていいですから。
「じゃあ、行きましょうか!」
「はい!」
撮影が開始されました。私は一番美しく見える角度で笑みを保ったまま、カメラの範囲外に立ちます。
「今日のコレタビゲストは……なんと!あの超有名モデル、あずあずです!」
「ハローみなさーん!」
カメラに向かって、手を振りながら歩いてくると、ポーズを決めます。完璧です。
「今日は、この街を歩くんですよね。わぁ、古い建造物が多くて歴史を感じます!」
「そうだね。あずあずは、こういう場所は来たことある?」
「前に京都に行って、それ以来でしょうか?修学旅行楽しかったです!」
「修学旅行かあ……俺はクルージングで熊本まで行って帰ったよ、すごく温泉が熱かった記憶しかないね」
鷺村さんの話を聞きながら、ふと目に止まったジェラート屋さんをロックオン。オシャレそうで、かつ綺麗な内装。
玄関先に盛り塩までしてあります。
行けそうです。
「あの、そこのジェラート屋さん美味しそうじゃないですか?」
「え?どれどれ?」
今まで一切会話に絡まなかった空気もとい智樹さんがいきなり絡んで来ます。グイグイ来ますねほんと。
「……わあ、本当ですね。よし、ここは僕が行ってお手本を見せます!」
「あの、私も付いて行っていいでしょうか?」
「うん。もちろん」
本当はお前に任せとくのが心配なんだよ、という言葉を胸の内にしまって。
「こんにちは。あの、コレタビの撮影で来ているんですが、えっと」
「コレタビの撮影で?……そのようなお話は店長からは伺っておりませんが……」
女性が渋い顔をすると、智樹さんは焦ったように言葉を紡ぎます。
「あ、いや、そうじゃなくってね」
「コレタビは、事前に承諾を取らないで飛び込みで取材をする番組なんです。とても綺麗で素敵なお店ですから、ぜひこの魅力を発振させていただきたく」
「そういうことでしたか。少々お待ちください、店長!」
女性はパタパタと走って中へと行きました。ふう、と胸をなでおろすと、智樹さんは微妙な顔をして、地面を見ていました。
「あの、すみませんでした。でしゃばってしまって……」
「あ、いやいやいいんだ。あんな感じで言ってくれたら、きっとアポなしでも大丈夫だよ!」
「そうでしょうか」
使えねぇこいつ……じゃないです。
心の中であってもさすがに敬語は使っておきましょう。
「かぼちゃと小豆のジェラート……美味しそうですね!」
「おすすめなんですよ」
私はそれにスプーンを刺して、口へと運びます。とろけるような、けれどねっとりとしたかぼちゃの味と、甘い小豆が舌に残って、かぼちゃの余韻と程よいハーモニーを刻みます。
「おいしいですね……!」
「濃厚ですねえ、すごく美味しい」
鷺村さんがもぐもぐとしながら食べています。頰が緩んでいて、素敵ですよ。
そして智樹さん。
なんでまた空気になってるんです。やる気ありますか?
と、その時でした。店の中に、1組のカップルが入って来ました。注文していたものを取りに来たのか、店員さんに紙を一枚差し出します。その体がこちらを向いた瞬間、私は思わずガタン!と無作法にも立ち上がりました。
「おっ、お……お、お兄様!?」
「あれ?なんでこんなところにいるんです?」
怪訝そうな顔で眉をしかめますが、その匂い立つような色香がダダ漏れです。そして、その横の高田さん。
髪は肩口でシャープなカットをされて、大人の女性の色気が出て来ています。
「今日は、その……番組の途中だったんです」
カメラは止まっていました。
「も、申し訳ありませんでした!」
「いやいや、気にしないで。たまにあるよ、こういうことはね」
「ですが……」
「今のは不可抗力じゃないか。ね?切り替えていこう」
「……はい」
ふと、お兄様を見ると、一つの箱を受け取っていました。
「それは?」
「ジェラートケーキです。紅は生クリームはあまり得意ではないので」
「え?高田さんって、今日誕生日でしたっけ?」
お兄様の頰に、さっと朱が走ります。
「その……」
「その?」
「せ、籍を入れて来たので……」
「今?——今ですか!?」
「ええ」
なんってことでしょう……どうしましょう!?お祝いを差し上げた方がいいですよね!?
「式はいつ挙げる予定なのですか?」
「今は仕事が忙しいですからね。落ち着いたら挙げるつもりです」
そういえば、高田さん……いえ、お義姉さまとお呼びしなければなりませんね、ずっと喋っておりませんが……。
カメラの方をじっと見て……見て……。
「いつから回ってたんですか!?」
「俺がケーキを受け取った瞬間からですけど」
「早く言ってくださいお兄様のバカバカ!」
ふっ、と微笑むと、右手にケーキを持ち、左手にお義姉さまを連れて歩き去って行きました。
本当に、もう!
そんな姿まで嫉妬するほど美しいです。
そんなことがありましたが、つつがなく撮影が終わりまして、私は楽屋に戻ると机にだらしなく突っ伏しました。
「……はぁ、さすがに一日歩くと疲れました」
「お疲れ様。明日からまた撮影だから、体だけはしっかりね」
「はい。あの……お兄様のところって、放送されるんでしょうか?」
マネージャーは思案顔になると、ちょっと右の眉を上げます。
「多分、ね。それは覚悟しておいたほうがいいかも」
「そうですか……仕方がありませんね。兄には一度連絡しておきますが、断られることもあると思ってください。その、今回のは勝手に撮ったようなものですし」
「はい、その辺りは心得てるはずでしょう。しかし、人外じみた美しさのお二人でしたね」
お兄様はともかく、お義姉さまはかなり垢抜けました。とても素敵になっていらっしゃいました。
今度お二人を誘って、飲みに行くのもいいと思います。
「その……お兄さんは、芸能界とか。興味ないんですか?」
「いいえ、そもそも兄は芸能界は無理だと思いますよ」
生き馬の目を抜くような、魑魅魍魎渦巻くこの芸能界。お兄様はそこを生き抜くには、少々どころではなく優しすぎます。
お兄様は、それでなくてもすでに幸せなのですから。
こんな風に、日々の幸せを積み上げているところにカメラなどが入れば、きっとそれはストレスになります。
「……そうですかね。如才ないように見えましたが……」
「我慢強いんですよ、とても」
そう。
我慢強いのです。
その根元は、私にありますから。
ふと、私はファンレターが積まれた山に目をやり、一通の手紙を手に取りました。
「これは……」
「あ、またですか?変なイタズラしますよねえ。これなんの模様なんでしょうねえ」
背筋がゾッとしました。
愛していると細かい字でびっしり書かれた人型の紙は、所々炙られて茶色や黒に変色しています。
そして、それが何枚も便箋から出てくるのです。
あとマネージャーさんよく見てください。模様じゃないですよ。
目大丈夫ですか?眼科行きますか?
「気味が悪いですね……」
「まあ、でも呪いなんて、そう大したことじゃないでしょ。プラシーボ効果ですよ」
マネージャーさんはそう言いますが、ぶっちゃけよほど強力な呪いでないと効かないように朱雀院さんからお守りはもらっています。
一応、お兄様には伝えておいたほうがいいでしょうが。
ライフでメッセージを送ったあと、私は帰路につきました。部屋の中で、美顔ローラーをゴロゴロしながら、スマホをじっと見つめます。
「むむぅ」
『杏葉の予定を』
「明日は撮影です、と」
『わかりました。念のため目端のきくものを向かわせます』
その言葉に安心して、私は眠りにつきました。そして、その深夜。
窓がカタカタいう音に目を覚まして、上体を起こすと周りを見回しました。
「……ぁふ……」
ガバッと口を塞がれて、私は思わず叫びます。
「好きだあずあず……好きだあずあず!!」
冷静に。
動きを止めて、私は転身しました。
そして、すり抜けたように見せかけながら、男の腕から逃れました。
「はぁ……はぁ」
「ど、どうして逃げるんだいあずあず……」
「バカを言わないでください。不法侵入ですよ!?」
「不法……?ああ、気づいてないのか」
そのマスクが取り除かれると、私は戦慄しました。
「井上さん……?」
専属運転手の井上さんが、どうしてここに。
「君のことをずっとずっとずっとずっと好きでいたんだよ?ねえ答えてくれるよね。あずあずが私に優しかったのは、私を好きだと思ってたんだろう?」
「うわ……っ、だ、誰か!!」
狂っています。
おかしいです。
キモいです。
その手が私をガッチリと掴もうとした時——。
「杏葉。大丈夫ですか?」
「へ……?あ、あの……ちよさん?」
「そうです。まさか屋敷内の人間だとは思いませんでしたが」
園原 千代さん。
私の尊敬する女性であり、そして素敵な女性が、なぜここに。
「伝えるのが遅れましたが、私夜行の東京支部にて働かせていただいておりますので」
「そ、そうだったのですか」
私は、少しだけ震えていた体が収まるのを感じました。
大丈夫ですね。
「一気に片付けましょう、千代さん!」
「ええ」
こうして、私は強姦未遂を引き起こした運転手をクビにして塀の中へポイすることに成功しました。
未遂で良かったです。本当に。
まあ、いつもこんな感じなのですけどね。
こんな感じで日々過ごしております。忙しいですが、とっても充実していますよ!
次の話からは三話くらい続くかもしれないので、全て書き上げたら一気に全部載せます。
ですが、しばらくかかることをご承知おきくださいませ。




