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死神は巻き込まれますか?

大学生の話。

「なんとかしたいんだ……恋心を」

「……頭大丈夫ですか?」


俺の目の前に座っている学生は、羽田(はだ) 芳樹(よしき)

大学になって話しかけてきたやつで、友人とは言いにくい関係性ではある。なにせ、初っ端の話しかけた言葉が「なあ、ノート見せてくれねぇ?」だったからだ。


自分でやれ。


外見は、まあ茶髪でホストみたいな髪型をしている顔が中の上と言ったところか。モテたいと当人は思っているらしいが、俺がいるせいでモテないと文句を言ってきては、合コンを開いているちょっと女癖の悪いやつだ。


「なあ、俺もちょっと戸惑ってるんだよ。手助けだけでいい、頼む!」


こうなると厄介なもので、俺がわかったというまで引かなくなる。

「なあ頼むよー!」

「……その女の子が俺に惚れて、俺がこっぴどく振ったところを慰めて手に入れるつもりでしょう。嫌ですよ、絶対」

面倒なのだ。ストーカー化されかけたことだってあるんだ、そんな話に乗れるか。


「だいたい、まずは彼氏の有無くらい確認したんですよね?」

「い、いやまだ……」

俺は眉間を抑えて揉んだあと、「話になりませんね」と言って立ち上がろうとした。


右手をガシッと掴まれて、俺はげんなりした顔になる。

「頼む!お前しかいないんだ!」


これ、ポイ捨てしていい?






「このカフェにいる店員さんがさ」

「乙女チックなカフェですね」


窓からはフリルのカーテンが覗く、シックかつ乙女っぽいカフェだ。とても可愛らしく、置いてあるピアノの上にはテディベアまで飾ってある。


「いらっしゃいませ」

店員の一人がやってくる。茶色のエプロンに、清潔感のある服装。

「あら、そちらの方はまたいらしたんですか?」

「はは」

「今日は別の女の子連れてらっしゃらないんですね」

「おいコラモモ!」

「お客様暴言はいけません暴言は」


きゃー、と肩をすくめて見せてから、彼女は席へと案内してくれた。


「今の人は知り合いだったんですね」

「ああ、昔の腐れ縁だよ。くっそぉ、むしゃくしゃするー!」

声がでかいからやめてくれないだろうか。周りの女性たちが俺たちを見て、申し訳なさそうに微笑むと顔を赤くしている。

……もうやだお家帰りたい。


「あっ、いたいた!ほら、あの子だよ!」

「……えーと、どれです」

「あのショートカットのキリッとした女の子。見える?」


…………って紅じゃねーか!!


間違いなくショートカットでキリッとした人ってそれしかいない。あとはみんな長髪だ。


「あ、ああ……えーと、非常にその、申し訳ないのですが、この件の協力はここまでということで」

「はあ!?なんでだよもうちょっと協力しろよ!」

協力できねぇから言ってんだろうが!!

ふと、俺の視線と紅の視線が交錯する。紅が店員さんにワタワタして話を通したらしく、彼女は笑って彼女の肩を叩いてエプロンを引っぺがして、俺の方に送り出して来た。


ジーザス。


「仁義!お前なんで俺のバイト先知ってるわけ!言った覚えないんだけど?」

「いや偶然ですから。俺はこれの付き添いで来たんですよ」

「ふーん。なあ、もう注文は済ませたのか?」

「まだです。何かオススメはあります?」

「うちコーヒーだけは自信あるから、オリジナルブレンドおすすめだぞ。それから、これ!パンケーキのセット!」


「ああああの!!」

羽田が声を出す。

「お、俺!あなたに一目惚れしました!付き合ってください!!」


ばっと右手を差し出して、それから頭を下げた。店内は静寂に包まれる。

「ええと、俺、彼氏いるので」

「……え」

「ついでにもう一つ言っておくと、こいつが彼氏」

紅が俺の頭に手を乗せて、苦々しげに言う。


「な、なんだと!?お前っ、裏切者!!俺が振られるってわかってて楽しんでたのかよ!?」

「落ち着いてください。俺は今日初めて紅のバイト先を知ったんですよ?それなのに——」

「うるせぇっ!!」


そのまま彼はバタバタと走り去っていった。その後を心配そうに見送っていた先ほどの店員が、やけに目についた。


「すいません、紅。紅だと知っていたら、案内はしなかったのですけど……」

「い、いやいや!?いいから!!別にそう言う事ならしょうがないって言うか……まあ、うん」

ハッとした顔で、俺を見る。


「後でこの埋め合わせはしてもらうんだぞ!」

「はいはい。問題ありませんよ?ディスニーランド一日貸切でもしますか?」

「ノリと勢いで言われてるのに、なんだろう……本当にやる気しかしない」

「失礼な、六割くらいしか本気じゃないですよ?」

「本気なのかよ!」


「じゃ、ブレンドとパンケーキセット一つ」

「お、おう。かしこまりました」


確かに両方とも美味しかった。


しかし、俺は他人の嫉妬心というものを甘くみすぎていた。

次の日から、羽田が俺についての噂を流し始めたのである。


曰く、他人の恋人を横取りした。

曰く、整形だ。

その他諸々、女のヒモをやっているなどなど。


……まあいくら悪評もらったところで、就職先は決定済みなんですけどね。


一番困るのが、ライフで来る重要事項の連絡が一切回ってこないこと。

おかげで、聞きにいくしかなくなっている。


「……はー、めんどくさいですねえ本当」

「なんだよそれ!」

「本当だぜ。お前がヒモを?無理だな、主夫にはなれそうだが」

「……死神さんバカにしてます?」

「ああでも本当に奴には気をつけとけよ」


華麗にスルーされたが、その発言は頷ける。

悪は悪を引き寄せる。

怪異が控えているかもしれないことを念頭に置かねばならないだろう。


そして、次の日。


俺はなぜか、ちょっとアレな感じの人々に囲まれていた。アウトローな感じの人たちは、俺のことを親の仇でも見るようにして、がっつり睨んでいる。


「……なんの御用でしょう」

「俺の女をたぶらかしたって聞いてな?」

「はあ?」

その右後ろには、羽田がいた。


お前かよ!!

しかもなんかしばらく見ないうちに黒いものに取り憑かれてねぇか!?

グネグネした蛇のようなものが、体に巻きついて離れなくなっている。


……うん?いや、あれは違う。むしろ、男の動きを止めようとし、他の妖を近寄らせまいとしている。なぜだろうか?

取り憑かれてはいるが、それは彼の心情とは反するものだ。よほど強い想いでなければ、それは憑くことさえままならない。


「……ちゃんと話聞いてんのかコラァ!?」

「ああすいません、聞いていませんでした。それでも、面白い冗談を言いますね?あなたの彼女が俺にたぶらかされたですって?いつ、どこで?」

「三日前に、ホテルで……」

「その日、俺は取引先の方と夕方から会食に行っていました。それまでも社内の方と一緒に仕事をしておりましたが?」

「なっ!?う、嘘だ!!」

羽田が叫んで俺に食ってかかる。


「見た!!俺は見たんだ、お前が横山 ゆうひと歩いているところをな」

「はあ?……ああ。あの、俺が勤めている場所、民間警備会社ですから」

え、という声が全員から聞こえた。


「有名人と歩いていてもおかしくありませんよ。それに、俺以外にもいたと思います、同僚。普通のスーツ姿でしたから紛れて見えなかったのも、無理がないと思われますよ」

「そ、そんな……」

「おい」

アウトロー君が、食ってかかる。


「お前、最初なんつったよ?ゆうをたぶらかした整形の男がいるって言ってたよなあ?ああ?」

「ヒッ!?」

胸ぐらを掴み上げられて、彼は俺に視線を必死に投げかけて来るが、一発くらいは自業自得じゃなかろうか。

俺だって聖人君子じゃないし、腹も立つ。


唸りを上げて、その一発は下顎に食い込んだ。しかし、それを蛇が必死に食い止めようとする。

……蛇は何者なんだ?


「……い、いいいいい痛い痛い痛いっ!!」


唇の端っこが切れただけで、もう痛いとのたまうかこいつ。

「……ねえ、嘘は流さないでくれます?」

「退け!!俺はまだ腹が立ってんだよ!!」

「あ?」


二発目はさすがにダメだろ。

喧嘩は等価が基本だ。

あいつは俺が傷つけられるのを楽しんで見ていた。

俺はこいつに受けたパンチを見なかったことにした。

あんたは間違った情報ぶんの請求ができた。


これで丸く収まって済むはずなんだけどまだこれ以上やる気か?

お前がその気なら、思い出させてやろう。

人間がまだ獣だということを。


「失せろ」


殺気。


日常生活では感じることのないそれを、抜き身のままぶつける。

ガクガクと震え出し、何が何だかわからないうちに彼は膝を屈して、それから俺を訳のわからないものでも見るような目で見て、そのまま幾度もつんのめりながら去っていく。


「あ、あぁ……あが、」

「運が良かったですね。それくらいの傷なら、一週間もあればふさがります」

この蛇のおかげか。

ふと、人の気配に俺が顔を上げると、何時ぞやの店員が立っていた。

「……よっちゃん!!」

「あ、も、もも、」

「よっちゃんに何したんですか!?」

ぎり、と俺を睨みつける。


蛇は、なぜだかマフラーへと変わっていて、俺はその正体に得心がいくと

その手に抱えられて、彼が目を大きく見開いているのを確認すると、俺は踵を返した。

「ちょっと!!」

「や、やめろ……俺が、俺が全部悪いんだ……やめてくれ……頼むモモ」

「でも、よっちゃん怪我してるし……」

「これはあいつじゃなくて別のやつだ。あいつは助けてくれて……」


そこで会話が聞こえなくなったが、あいつが反省してくれることを切に願おう。






数日後、街でばったり例の店員と羽田が歩いているのを見かけた。時期はクリスマスだ、二人でデートだろうか。

「夜行!」

相手が気づいて声をかけて来る。その首に巻かれたマフラーには、見覚えがあった。

「それは……」

「あ、ああ……モモのやつがな。不器用なくせに……」

「なんだってよっちゃん!じゃあ次の冬は、手編みのベストだね!」

「いや重すぎるだろ!?」


なるほど、機尋(はたひろ)か。フラフラ遊び歩いている旦那に怒り、妻が家で織っている機にその怨念がこもって蛇となる。

今回は旦那を守るために取り憑いた訳だが。


「その、悪かった。俺が色々としでかして……」

「それは別に構いませんよ。噂が下火になったのも、正直に言ってくれたおかげですしね」


俺はふと、時計を見る。

「申し訳ありません、そろそろ行かなくては」

「そっか。また何かあったら頼らせて——」

「金輪際お断りしますからね」


他人の色恋沙汰は、懲り懲りである。

もう夏って終わったよね?

なんかすっごく肌寒いんですよ。


この次から少し不定期になります。

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