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死神とアスレチックですか? 前編

今日二話目投稿。

主人公のツンデレ(デレが見えない)。

神気が体内をうまく循環できるようになり、浮く、そのままゆっくり動く、くらいはできるようになって、ついでに神気のおかげで睡眠不足もかなり緩和される。一昨日はほぼほぼ徹夜したはずなのに、体調は妙に良かった。


病気に効果があるかはちょっと不明だが、戦い続けられるというのはとても良い。

死神さんと戦い続けて数時間。手加減はどうやらできるようになったが、ほとんど俺があらぬ方向に吹っ飛ばされる。二、三撃目を耐え抜いて攻撃をしようとした瞬間に、ドカンと。


きつかった。しかし実戦となるとなんだか楽しくなって、いつまででも続けられそうな気がした。始めたてのスポーツでエネルギー切れになるように、楽しんでいたのだと思う。


しかし結局肉体はそのままで、空腹にもなるし便所にだって行きたくなる。

肉体はある意味でとても不便だ。

そんな感じで過ごした昨日は、とても楽しかった。


「今日のおやつはそういうわけで、カヌレです。置いとくので、食べててくださいね」

「いやどういうわけだよ。かぬれ?……うおお、うまい……外側がカリッとしてるのに、中はモッチモチだな」

「本職だとこの倍は美味しいんですけどね」

「あぁ……いいなあ、仁義お前パティシエとかやんねーか?」


そんな提案に俺は首をほんの少し傾けて、わずかに笑う。

「うーん、他人のためにそこまでやろうとかは思わないので。それに死神さんに作るのは、普段のお礼とかそんなものですしね」

「え、あ、ああ、うん。そう不意にお礼をされると照れるっつーか」

「ええ。いつも楽しくいじらせてもらってます」

「って待てやコラァ!?」


とりあえず、死神さんは満足そうなので良しとしよう。

カヌレ万歳。


さて、俺の楽しみは後は高田の周辺の警戒、そしてお昼ご飯と言って良いのだが、高田がいるのでまあ行こうと思えるくらいだ。

都内の本格的なアスレチックに、着替えの必要もあるそうだ。

正直に言って、一人で行きたかった。


全く何が悲しくて朝の八時半から学校に集合して行かなきゃいけないんだか、そんなイベント。

俺はぶつくさ言いながら、渾身の弁当とちょいちょいつまむために大きめのタッパーにクッキングタオルを敷いていっぱいにカヌレを詰め込んだものをカバンに詰めると、立ち上がった。財布もしおりもその他諸々も、きちんと持っている。


「……じゃ、行ってきます」

「んおー、いってらー」

適当な言葉に、俺は眉を顰めて施錠した。






学校に着いて、校庭でぼんやりしていると唐突に肩を叩かれた。

「来ないかと思ってたぜ、うりうり。おはよう」

「伊藤先生……脇腹をえぐらないでください。抉り取れます」

「取れねえよ。どういう風の吹き回しだ?」

「俺が来てはいけないみたいな言い方ですね」

「はーっはっは、まあそう不機嫌になりなさんな。笑顔笑顔!」

「……では、お言葉に甘えまして」

ニヤリと悪意を込めて笑えば、脇腹をえぐる腕が止まった。いかにも楽しげだった笑みは軽く引きつっていて、どう見ても様子がおかしい。


「……どうかなさいましたか?」

「夜行……お前、悪人ヅラだな……」

「わざとです」

「わざとかよ」

そんなくだらないやりとりを重ねていると、高田がキョロキョロしながら数人の生徒と歩いてきた。


「おぉ、夜行!おーい!」

「呼ばれてんぞ」

「こういう時のために不必要なイヤホンが仕事してるんじゃないですかやだなー」

「無駄な努力ありがとぅっ!」

トゥ、に力を入れながら仰け反って叫ぶ。どうしてこう俺の周囲の人たちは無駄に芸がこまかいんだ。俺はようやっとのっそりとイヤホンを外して、ため息を吐く。


ゆるりと振り返れば、高田がニコニコしながらそこにいた。

「……どなたでしょうか」

「そこから!?」

よくよく見れば、こいつだけスクールバッグで、それも修繕のあとがいくつもうかがえる。これ(・・)ばかりは、俺がどうこうして助けてやることもできない。


「まあいいや。夜行、今日はよろしくな!」

差し出された右手をちろりと見て、その手首を取り、そしてそっと高田の体の横へと戻して自分の手を引っ込める。

「紳士的に……拒絶された」

自分の掌を見つめて呆然としている高田の肩を、慰めるように叩くおそらく同じ班のやつ。


「一年の頃もそうだったっけな。ツンケンしてて、取りつく島もねーの」

「でもあん時より今の方がコエェよな、なんか……威圧感とかあってよ」

「それはお前の身長が伸びてないだけだと思うガッ!?」

「それ以上いうなら……めっちゃ叩く」

「もう……叩いてん……じゃん……ガクッ」


口で擬音を言いながら、崩れ落ちる。死神さん並みに芸がこまかい。全員がそれを見ながら、ゲラゲラと笑っている。

そう思っていたら、なぜか皆が俺の口元あたりを見ていることに気づいた。

「なにか?」

「いや……今ので笑わねえんだな、すげえ鉄面皮」

「待て。笑いのツボが違うかもしれんぞ」

「オヤジギャクから行ってみよう!」


待て。なぜ俺を笑わせる会に移行した。笑うどころではない動揺が俺を駆け巡る。その瞬間に不穏な気配を感じて、その場を離れようと「すみません、ちょっと」とその場を離れる。

「トイレか?」

「や、夜行……」

妙な気配をまた感じていたのだろう。高田もまた、立ち上がろうとするが、俺は目も合わさずに走り去っていく。


「よっぽど急いでたんだな……あいつ」

「み、みたいだな」

そんな会話がちらと聞こえて、俺は眉間を指で押さえた。


水飲み場の陰まで走って来て、ようやくその姿を睨みつける。

「……で?なぜここにいるんですか、火車」


『んふ、決まってるじゃあないかねぇ?あんたの周りにいるアレ……アタシ以外にゃあ目の毒だよぉ?』

普通の猫の大きさはしているけれど、灰色の毛皮、燃えるような真っ赤な瞳。足を置くたび地面からは一瞬炎が燃え上がる。そして、足跡は煤がべっとりとついて、くっきりと見える。

もちろん巨大化もできるが、この方が色々と便利なこともあるそうだ。


「そんなの承知の上です。——とはいえ、さすがに俺一人じゃあ手が余るので……そうですね、何か欲しいものは?」

『んふ?……欲しいものぉ?そうさねぇ、ヒトの子の料理が、食ってみたいね。アタシらは、食えないからさ』

「では、これを」


カヌレを二つ取り出して、紙の上に置くとフゴフゴ言いながら食べ始めた。

『んにゃ、んにゃ、……むぐ。うーん、まあまあさねぇ』

口元にかけらをいっぱいつけたままにツーンとして言っている。気に入ってくれたのだろう、いつもより明るい炎を宿した尻尾がご機嫌にゆらゆら揺れている。顔を洗う仕草をしながら、その紅い目がきゅっとこちらを睨む。


「では、俺のお願いを聞いてくれますか?」

『……良いじゃろぅ。んふ、ただしその願いは三日のみじゃ。それ以上は……あの子供の面倒は、金輪際見んからのぅ』

ぱちっ、とくべた木がはじけるような音がして、その場から瞬く間に火車は消えた。


「……はぁあ……」

きっちり枠のある依頼と、その対価を守りさえすれば、火車は付き合いやすい相手と言える。ただ、依頼をさらに引き延ばしたり、破ったりすれば頭からばくっといかれるが。

今回のは、俺の頼みのうちでもかなり気に入らない部類だったようだが、約束だけは守ってくれるようだ。


未だ弱い自分のこの身が、恨めしい。

取引がなければ、多分速攻で焼き尽くされてしまえるほどに、俺は弱い。空を自在に飛ぶこともできる妖たちとは、比較できないほど俺は弱い。

死神さんは、初めから強かったんだろう。

俺なんかよりも、ずっと。


バスの中での隣の席が他の班員でなく坂町なんとかだったのは、ある意味罰だ。

話しかけられながらも俺は寝たふりをして、なんとかやり過ごした。


到着してみると、都内ではほとんど嗅がないムッとするような森と土の香りが充満していた。どるるが珍しくはしゃいでいたので良しとしよう。


「わぁ、……スゥ……ハァ、すっごくいい匂い!」

テレビ番組じゃねえんだからそういうのはいらないだろ、と思ったら、それに賛同する高田を除く同班の男子たち。

高田は、蝶を追いかけ回して集団からはぐれそうになっていた。

小学生かよ。


「おう夜行。ぐっすりだったなー、寝不足か?」

「……はぁ」

「なんだよ、ちったあ返事しろよ」

「……はぁ」

「なあ。あの変な気配、お前の知り合いか?一定距離を保ってついてきてるんだけど」

一瞬どきりとしたのが伝わったのか、むむっと眉を寄せる高田。俺は伊達眼鏡を外して拭くと、もう一度掛け直して溜息を吐いた。


「幸せ逃げるぞ」

「すでに不幸ですので問題ありません」

「やっと返事したな。それで、どうなんだよ」

「……そう思うんならそうなんでしょうね。あなたの中では」

「はぐらかすなよな」

と、突然右腕に突進を受けてよろめく。


「二人とも、早く行こうよ!」

「……坂町さん」

わずかに咎めるような色を含んだ高田の声に、少しだけ嬉しく思いながら掴まれた右腕を解く。

「むぅ、ずるい。夜行くんを独り占めしないでよね!」

「俺を勝手に所有物にしないでください。あと鬱陶しいです、近寄らないでください」


そう素っ気なく言い放てば、そのビー玉のような目にじわりと涙が溜まっていき、「うぅーっ」と泣くのを我慢しているか、あるいは悔しさをにじませたような声が聞こえた。

「夜行、さすがに言い過ぎだ!お前は加減ってものを知らねーのか!?」

「はっ、加減?」

鼻でフンと笑い飛ばす。悪役のように振る舞い、唇の端を歪ませる。その表情にギョッとした高田が、一歩後ずさった。


「……おーい!お前ら何やってんだよ。ほい、スタンプカード。これ見て、午前中に回ったところだけ押せって……何かあったのか?」

割り込んできた声が、場の空気を砕く。高田は「い、いや、なんもねーよ!」とわたわた手を振って、ブンブン首を左右に振る。


坂町……なんとかは、どうやら拗ねたようで、ツンッとそっぽを向いてほおを膨らませていた。フォローする気が皆無な俺では、ほぼそれは無駄な行為だが。


なんとか俺から引き剥がすのは成功した。どるるがふよふよ漂いながら、俺のポケットに潜り込む。ほとんど毛でできているのでへちょっと潰れて入っていく。


「……ばか」

坂町のそんな声は、俺に届いてはいたが、あえて無視を決め込んだ。






——そして今俺は、水飲み場で上に着ていたTシャツを絞っている。

隣には高田がいて、そちらも新しいTシャツに着替えて、所在無げに立っている。

あっちこっちに視線をさ迷わせ、俺に話しかけようとしているのか足音がせわしなく近づいたり遠ざかったりと、結構鬱陶しい。


なぜこんなことになっているのかと歯噛みしながら、俺は幾度となく吐いた溜息を、もう一度吐き出した。

お読みいただき、ありがとうございました。

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