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死神と結婚式ですか?

もうほんと怪異とか一切関係なくなった。

糖度高め注意。

結婚式。


それは一大イベントである。

めでたく喜ばしいことだ。


「と、言うわけで……結婚式への招待状が届きました」

「伊藤先生本気だったのか!?」

「ええ。あの人おちゃらけたふりしてすごく真剣にやってますからね」


一生徒である俺に招待状を出すのもどうかと思うが。


それはさておき、ご祝儀の用意と、スピーチを考えなくてはならないのか。この招待状にも『スピーチよろしく!』って二人の連名で書いてあるし。


さて、ではスピーチをする上で、気をつけなければいけないことを挙げておこう。

忌み言葉を使ってはいけない。

切れる、別れるなど別れを連想させる言葉。

死などを連想させる言葉。

二度三度、などの繰り返しで再婚を連想させる言葉。

あとはぶっちゃけなど過度に砕けすぎた言葉。

見られる場合の文章であれば句読点も控えるべきとあるが、今回は自分一人だけの原稿なので良いだろう。


「内容はざっとこんなもんでしょうか」

「どれどれ……お前割と字汚ねぇな」

「板書とテストの時は意識して綺麗に書いてますよ。あとはメモ書きですからね」


まずは二人の結婚を祝う言葉。

そして、そこから伊藤先生がらみのエピソード。

二人の結婚を後押しした話、そして最後に再三のお祝いを述べることば。


こういう構成でいいのだろうか?


「おおよそは間違ってねぇけど、笑いが欲しいよな」

「入れようとして失敗したら困るではないですか」

「でもさー、こういうのってそれが必要じゃん?」

「慣れないことはするもんじゃないですからね。あ、ここ、忌み言葉入っちゃってますね。ご多忙の、というのではなく、ご多用のところと言う方が良いそうですよ」


死神さんの顔が、少し引き締まる。

「仁義、気をつけろよ。結婚式場は、良いものも悪いものも引き寄せる。生死に関わらずな」

「……死神さん?」

「女の嫉妬。友人とはいえ、女の嫉妬はあるだろう。それに男だって、欲しいと思えば嫉妬くらいする。あいつは良い女を手に入れやがったとか、俺にはなびかなかったとかな」

「えぇ……色恋沙汰はひどく人間の心を歪めますから」

「高田ちゃん抱き締めながら言わないでくれる?って言うかお前の場合おかしくなってるってのが最も正しい言い方だと思うんですけど?」


おかしいと言うよりは、今までに失っていた温もりを取り戻すためにという方向性が近い気もする。

「なあ……変な話してアレなんだけどさ」

「なんですか?」

死神さんが耳元で囁く。


「お前ってその、一人でするの?そういうこと……」

「え?なんのことです?」

「とぼけんなよ。マスターベグムッ!!」

これは殴っても許される案件だと思う。


「え?今のなんだったんだ?えーと、マスターなんとかって……」

「いつかわかりますよ。ですが、こういうゲスな大人には聞いてはいけませんからね」

「ってーな、誰がゲスだ誰が!!爽やかな顔していうこと言うじゃねーかお前!?」

「前からそうだったと思いますが」

「そうだけども!」


高田が目をぐるぐるさせているので、俺はちょっと微笑んでからその首筋に頬を当てた。

「死神さんも結婚してたんですよね?じゃあ、お祝いの言葉とかはどうだったんです?」

「なかったなそんなもん!」

「じゃあ笑いどころなくたって良いじゃないですか」


結論としてはそこに落ち着いた。


さて、俺の方はスピーチの再三の見直しを終えると、学生服のチェックを始める。

「あ、夜行繕うならこれも!」

「シャツの裾……どうしてこんなに早くテカテカになるんです?」

「えー、いや、俺特に何かしてるってことはないんだけど……」


俺はそれをさっさと繕って、制服の裾をしっかりと見る。

「うん、久しぶりにブレザー着ましたけど、窮屈で重たいですよね」

「あー、俺は逆にいっつも着てたからな。ってか制服で行くの」

「ええ。これこそ学生に許されたものですから。あとは、結婚式にあのお仕事用の服だと少し差し障りがありますからね」


夜行のお家の黒服は、真っ黒かつネクタイも漆黒だ。喪服はNGである。

「いつか白のネクタイを買わなくてはいけませんね」

「俺は留守番かー。まあ、先生俺たちが一緒に住んでるのも知らないしなあ」

「そうでした……」


来月の家庭訪問とか進路相談とかどうしよう。

全然考えてなかったけど。


「保留で」

「いざとなったら宗徳さん案件かな」

「一時的に来てもらうとか、一人回してもらうとか。そういうのは女性の方が良いですね」

「そうだねー……」

その日は結局豪華な夕飯を作ることを約束させられた。


ホテルのご飯より、うちで食った方が何倍も美味しいと思うのだが。






当日。


ご祝儀、そしてスピーチをもしっかりと持って、俺は会場に向かった。

「この度は誠におめでとうございます」

「ほぁ……はっ!あ、い、いやその……」

しどろもどろになった受付の女の人。


「……何タラし込んでんだよ」

「どうしましょうホント」


ご祝儀はすでに渡して、会場に入る。


披露宴だけだから、そうそう緊張することもないが、俺が一人で入って来たのが珍しかったらしい。

「あの……学生さんですよね。美和さんの友人席にいらっしゃるってことは……?」

「ああ、いえ、恩師なんですよ。伊藤先生のおかげで、今はつつがなく学校に通えるようになりましたので」

「そうだったのか……」


どうかしなくてもこの人ら伊藤先生のご両親じゃないですか?

どうしよう。


「伊藤先生のご両親でいらっしゃいますか?」

「あら、私たち自己紹介もまだで。伊藤 早紀江(さきえ)と申します」

「私は、伊藤 隆平(りゅうへい)と申します。美和と仲良くしてくれて、有難う」

「夜行 仁義と申します。誠におめでとうございます」

「ああ、ありがとう。良ければ詳しく聞きたかったのだが、もう時間もないようだ」


会場が、少しずつ暗くなっていく。その灯りの中、彼らは自分の席に着く。


『新郎新婦の登場です!』


有名なウェディングソングが流れて、いつもとは全く異なる装いをした伊藤先生がやってくる。

白のドレスに、ブーケを抱えて、その隣にはガチガチになっている将太(しょうた)さんがこわばった顔で立っている。

怖い。


拍手があちこちから響いて、彼らは正面の席へと行くと、そこから席に着く。


「おめでとう!」

誰かの野太い声がひときわ響いて、その声に答えるように将太さんが笑った。

どうやら緊張が少しはほぐれたようだ。


式はどんどんと進んでいき、しばらくしてスピーチを要請する係の人が俺の肩を叩いた。

「こちらへ」

『それではスピーチをお願いいたします』


俺は丁寧にお辞儀をすると、新郎新婦の方を向いて、微笑んだ。


『本日はご多用のところ、誠にありがとうございます。只今ご紹介に預かりました、夜行 仁義と申します。伊藤 美和先生、木虎(きとら) 将太さん、ご成婚おめでとうございます。


この格好でお分かりになると思います、私は伊藤先生にご教授をたまわる身です。先生には、多大なる恩義がございます。

私の行く先を明るく照らしてくださり、教師として私を大きく成長させてくださいました。


偶然のことではありましたが、お二人が思いを通じ合えるように微力ながらお手伝いさせていただいたのも、記憶に新しく、そんなお二人が結ばれたことは、大変喜ばしく思います。


伊藤先生は、多くを与えることのできる、素晴らしい人間です。そして、木虎さんは、それを受け止める器を持っています。

お互いに高め合い、安心を得られる、そして笑い声の絶えない家庭を築くことができるでしょう。


以上をもちまして、祝福の言葉とさせていただきます」

拍手が起こり、俺はもう一度深々と頭を下げて、壇上から降りていった。


「いやあ、助かったぜ。サンキューな」

「いるじゃないですか、友達」

「え?」


テーブルに来た先生が、二人でろうそくを灯して行く。

「ああ、ありゃ将太の友達だよ。そのつながりでってだけ。私とは違うんだ」

「友達だと向こうは思ってると思いますけどね」

「はは、本当にありがとう。嬉しかったよ」


後でお酒を飲まされかけたり、酔っ払った女の人に絡まれるハプニングはあったものの、なんとか帰りつくことはできた。

「ただいま帰りまし……うわ!」

紅がぎゅっと抱きついてくる。

「仁義おかえり!何もなかった?」

「ええ。とても幸せそうな、そんな二人でした。嫉妬なんて、影も形もないくらいに」

「そっか……いい結婚式だったんだな」


本当に、いい結婚式だった。


「あ、お土産の紅白饅頭ありますよ」

「たーべるー!」


引き出物は、真っ白な丸い皿だった。俺はそれを洗ってから丁寧にしまおうとして、後ろに刻まれていた文字に気づいた。


「紅、ちょっと」

「ふぁに?……わぁ!」


裏側には、二人の名前とその後ろにハートマークが入っていた。

「わかりにくくラブラブだな」

「ええ。冬休み明けの苗字の改変を知るみんなの顔が、楽しみです」

すでに竹下と山田のは拝んだがな。


「あ、あのさあ……ウエディングドレス着るなら、どういうのがいいと思う?」

「うーん、そうですね……」


すらっとしているから、シルエット重視だと思う。上背もあるし、下が広がっているタイプのマーメイドドレスがいいんじゃないだろうか。

ブーケは、やっぱり紫陽花がいいと思う。


「……仁義は本当に考えてばっかりだよな」

「ああ、すみません。ついつい着ているところまで想像してしまって」

紅が真っ赤になって行く。

「い、いやいや……俺は別にそんな似合うとかないだろうし……」

「似合いますよ。今度着に行ってみます?いいと思いますよ」

「うわあちょっと待ってお前耳元で話すのやめて!?ゾワっとするから!!」


死神さんは、露骨に視線を逸らしながら、どるるを連れて「馬に蹴られる」と言いながら、外に出て行った。

「仁義!?」

「いや蹴られませんから……全く、死神さんときたらいらない気を回しますね」

「……い、いやまあでも……キスくらいは」


この後唇が相変わらず切れた。

勢いよく歯ぶつけてくるんじゃねぇって。

ただいちゃついただけの話。


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