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死神は逃走できますか?

ブクマありがとうございます。

もうすぐ。

もうすぐなんですよ。

あとちょっと短いです。

ごめん。

剣尖が、迫る。


黒い死神は、動かない。

その眼は微動だにせず、倒れ込んだ少年を見守っている。

その拳は握られてはいるが、過度の緊張はない。


『……さあ、死んでちょうだいっ!!』

その次の瞬間、その場所に、胸ポケットの上に。

白刃が突き立った。


『…………ふふふっ……勝ったわ……勝った!!』

両手を広げて、空を仰ぎみる。

次の瞬間、胸ポケットから何かが飛び出した。

血が付いている。


「……る」

『毛玉……?まあいいわ』

もう一度刺すべく引き抜いたその手応えは、少しばかりおかしい。

天照が首を傾げた瞬間、その場所に一つの影が滑り込んだ。

「いいや、お前の負けだ」


死神さんがその体を守るようにして両手を広げたまま、滑り込んでくる。

『……なんですって?』

「戦いは、一対一。たまたま(・・・・)ポケットに入ってた怪異(どるる)が傷を負えば、それは一対一のルールを破ったことになる」


一対一。

戦いに他人を巻き込まない、そしてその条件を見越して、あの毛玉にポケットにいてもらった。

そして毛玉が傷を負うように仕向けた。

そんなことがありえてたまるか。

わなわなと体を震わせて、天照は吼える。

『……そんなバカな!?たまたまポケットに入れて、たまたま胸を貫かれる確率がどれだけあると思って……!!』


どるるの権能、「幸運の引き寄せ」。

持ち主が幸運だと思うことを引き寄せる。

仁義は、『左胸ポケットの真上から刺される』ことを、幸運にカウントしていた。

逃げることもできず、さりとて真正面から戦って勝てる訳のない相手。

消極的な幸運といってもいい。


条件は合致していた。あとは、どるるが了解をしていたかどうか。

仁義は間違いなく、賭けに勝った。

「あんたの負けだよ」

『……そんな……バカな……ありえない、ありえないわ……この!私が!!そんな手に乗らされて!!』

「負けは負けだろ」


諦めろと言った死神さんを、わなわなと震えていた体を抑えて、キッと睨みつける。

『いいえ、まだよ』

その剣が大きくうなりをあげながら、死神さんへと迫る。しかし、それは大鎌の刃の面で止められる。

「……っく、重っ……」

どるるはその姿をブルリと震わせて、紫雲とともに変じると、口にその足元に横たわっている少年の襟を咥えて、背へと放り投げる。


「どるるチャン、ニギ回収できた!?」

『是。我は、参加できんぞ』

「了解してるよ!!」

ギリギリと押し付けられる刃を逸らして床まで滑らせると、鎌を一度消してから死神さんは距離を取る。


相手も深追いすることはせずに機会を伺うようにして、二方の姿を見る。

『全部この場にいるものを殺してしまえば、あなた方が出した条件なんて、関係ないわね』

右手が使えないのは困るけれど、と言いながら、彼女はひゅん、と二度三度剣を左右に振る。


『利き手以外だとうまく力も入りやしないわ』

耳、そして血の流れ続けている脇腹。

その全てに神気を注げど注げど、治る気配が一向にない。

存在ごと切り取られたのだろうと彼女は思いつつも、目の前の真っ黒な死神を見つめる。


互いの足が、少しずつだが、動いた。


次の瞬間、けたたましい金属音が辺り一面に鳴り響く。ギチギチと合わせた歯の隙間から音が聞こえるほどに、両者の武器には力が込められていた。

「……っラァ!!」

くるりと一度回すように斬り込んだ死神さんの刃は、その場所をあっさりと避けた天照には届かない。


そして、その大ぶりの攻撃の隙間を縫って、その剣が忍び寄るように近づき、その体を裂かんとして、動く。

しかし、それは刃と入れ替わりに上から回るようにしてやってきた鎌の柄によって弾かれた。

『なんですって!?』


——出来る。


そう判断して、天照は脚で蹴りを入れようとするも、それは全てかわされて終わる。


死神さんは綺麗にバックステップを決めながらも、その攻撃のスピードに早くも辟易していた。

利き手でなく使いこなせていない剣だからこそ、こうもいなせる。それにフェイントなども入れてこない。馬鹿正直な剣筋だけに、相手をできているというギリギリのラインだ。

蹴りだって、相手の体のバランスが腕をなくしているからこそ弱くなっている。


「……あーあー、俺様今世界で一番輝いてるんだがな。どうしてあいつは寝てんだよ」

愚痴を言いながら、死神さんは手の中にある鎌を正面へと向けて構えた。

その体が一瞬青色へと輝き、そして素早く動くとその刃は一気に天照へと襲いかかる。

当然彼女はそこへ剣で持って打ち込もうとしたが、鎌の刃の面と当たった瞬間、その表面はぐにゃあ、と歪んで見えて、それから赤く光り輝くそれが飛び出した。


『縛!?』

剣に絡みついたそれは、粘ついた液体であり、そしてそれを払おうとした手や剣や何もかも触れたもの全てに絡みつき、そしてねちょりとくっついて剥がれない。

『小癪な真似を……っ!!』


毒づいたその体に、漆黒の刃は振り下ろされる。しかし、彼女の目は、全くそれを見てすらいない。

いや、むしろ爛々と光を跳ね返して、唇には微笑みすら浮かべていた。

『馬鹿にしないでちょうだい』

その一言と同時に、そこから強烈な光がほとばしる。熱線というべきか、炎の残滓を残しながら、死神さんの肩口をわずかに灼いて、それが通り過ぎていった。


「……っぶね、何すんだよ!!」

『あら、太陽とは高温の火の玉なのよ?まあそこまではいかないけれど、触れれば火傷はするほどの今……あなたは、私に触れることすらできないわ。これをすると、装飾品とかが焼けちゃうから、あんまりしたくなかったのよ』


結い上げられていた髪が解け、足元にぱさりと落ちる。長い黒髪はその光を受けて、黒々とした蛇のようにうねって見える。

絡め取られたかのように見えたその体は、その絡め取った物体を全て焼き払っている。

「……うわー、遠赤外線」

じりじりと焼け付くようなその熱気に、若干遠い目をするが、すぐさま手に持っていた鎌をきっちりと構え直す。


「つついたら蛇どころか火の玉出てきたし」

その手に握られている剣が、死神さんの頭があった部分を薙いだ。しかし、それは空振りに終わり、その瞬間、大鎌の柄の部分がその胸部に向けて飛んでくる。

それを天照が胸でそのまま受けると、ゴキッと湿った何かが折れた音がして、少し顔を歪める。


『……実に不愉快ね、変な感触』

「ほんとは不愉快じゃすまねーんですけどね……」

動きを一切止めることはなく、彼女はそのまま剣の動きと少しずらして、熱線を放ってくる。

「くそ、避けきれねっ……」

その脇腹を、熱線がかすめる。

ジュッという音と、肉が焦げる匂いが辺りに立ち込め、死神さんはその顔を盛大にしかめた。

未だ血をドボドボと流している相手の脇腹を見やりながら、一つ舌打ちをする。


「……まあ、ほんと期待すらしてねぇけどな」

血がなくなって、倒れるなんて。


『あら、しぶとい』

クスリと笑んだその表情は、はにかんだようにも見えるほど純粋無垢だが、苛烈さをどこかしらに秘めているように思える。

「こっちは由緒正しき武器だってのに、あっちは飛び道具かよ。大人気ねーな」


焼けたが、それゆえに止血されている。これ以上の消耗は、ないはずだ。


「ほんと覚えとけよ、ピカピカ女」

その鎌は、じゃきっと言いながら正面の女に据えられる。

うっそりとした微笑みが、じわりとそこから消えていく。


『死ね』


端的な言葉とともに、いくつもの熱線が辺りを焼く。それを飛んで避けながら、その体の近くまで滑り込んでいくと、堅を纏わせた拳でその体を叩く。

「うぉらああああ!!く……ぁっつ!」

『かふっ……なっ、』

その顔に、一撃。


「大丈夫。お湯にちょっとくぐらせたくらいだ。問題はねぇな」

神気によって出来る熱なら、神気を当てれば防ぐことはできるはずだ。

今しがた拳を当てたばかりのそれをぱっぱっと軽く振ってから、一度目を閉じて、そして体に隠を纏わせる。


すう、と消える姿に、完全に頭に血が上っている彼女は、ぎりっと奥歯を噛みしめる。


『くっ……姑息な真似を。どうせ、すぐにわかるわ』

そう呟いて、彼女は静かに己への攻撃を待つ。

そして、そのまま静止していると、ふと違和感に気づく。


『変ね……何かが足りないような……?』


いや、今は戦いに集中しなくては。

目を閉じて、ただ一つの神気を——。


ただ一つの?


ふと、かなり遠くの空間が、ミシッと壊れるような気がした。

『そこね!!』

しかし、その方を向くと、それを踏み抜いていたのは、白い神獣。

あっけにとられている彼女をよそに、その場所にいたそれは、少し顔を動かした。

『……開いたぞ』


その場所から、その姿が露わになる。


黒い死神だった彼は、すでに緑のコートをまとって、清々しい笑みを見せていた。

『ま……待って!?なんでそっちにいるのよ!?待ちなさい!!』

全力で飛んでくる彼女に中指を立てて見せ、それからニヤッと笑って、それから穴から飛び出す。


『待ちなさ……』


次の瞬間、空間が急速に閉じていく(ひずみ)に巻き込まれそうになり、その体をそこで止める。

外側から、空間を閉じられている。

呆然としている彼女の顔が、徐々に怒りに歪み始める。

『……くそッ……くそッくそッくそッ!!あと少しだったのに!!あと、少しでぇっ!!』

怒りを吐き出しながら、剣を大きくふるい、熱線をあちこちに飛ばす。


しかし、その怒りをぶつけるものは誰もいない。


そこに残されていたのは、ただ悔しがる神一人だった。

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