死神は慄きますか?
少し短め
うだうだ。
「来たかよ」
ポツリと、オロチがそう呟く。体は血があちこちに飛んでいたが無傷で、その声とともに一つの妖が光となって消えた。
「ああ、来たぜ。お前は、本当にバカだな」
「ええそうですね、本当に」
オロチの顔が少し苦々しげに歪んで、それから唸るように声を上げる。
「お前らにはわかんねぇだろうがな。自分の子供が苦境に立たされりゃ、親としちゃなんでもしてやりたいんだよ。……テメェらに邪魔されたってな!」
その手には、緑色の鱗がびっしりと生えた鎌が握られ、そして、二つの人影に向かって振り抜かれ——。
「え、」
「失礼」
一瞬のうちにオロチは地面に引き倒されていた。それも、俺によって。
赤い鎖でがんじがらめに固定された後、その体には枷がガッチリとはまった。
「よーし、捕獲完了。神脈の方はバッチリか?」
「他人の体なのでいささか調節はしかねますが、それよりも、逃さない方が重要ですし、手加減は一切してません」
「よし。じゃあ問題ねぇな」
何が起きているのかわからないという顔で、オロチは俺たちを地面から見上げる。
そりゃ、おんなじ人間が二人いたら「え?ドッペルゲンガー?」とか言いたくなるよな。
自分の顔をまじまじ見るのってなんか恥ずかしいわ。
「な、何が起こって、え、えぇ?」
「まず、あれはですね」
俺は、それに顎をしゃくってみせた。
「式神です」
「え?は?式神……?」
「はい」
目をしぱしぱさせながら、オロチは大混乱している。
「え……っと、いやいや式神なら神気が同じなんてありえねぇから」
「ありえますよ」
俺は、ポケットから一つ結晶を取り出してみせた。神気を放ち、それは淡く虹色の燐光を放つ。
「これ。ありますよね」
「あ、ああ」
「それを式神に持たせました」
「はあ!?」
ごく普通の死神なら、そんなことをしない。まず陰陽師はそう関わりを持つものではなく、妖を取り合う競合相手でもある。
そんな者達に己の力の詰まった結晶を渡すことは普通、たとえある程度の交流があったとしても考えられなかっただろう。
「……まだ俺たちは用心を止めていません。あなたが妙な動きをすれば、即座にその首を刎ねます」
「くっそ……お前、俺の邪魔を、」
「なんだかよく知りませんけど、娘さんももういい大人のはずですよね。それで、どうして彼女自身の罪をあなたが償わねばならないんです」
今の日本は、法をおかせば子供だろうとなんだろうと責任があるのは子供だ。
親が謝って済むのは、子供同士の喧嘩だけ。
「それにあなたが口を出していい道理なんて、ないでしょう?」
「ぐっ……」
「もう一つ。そういう風に庇うから、娘さんがいつまでたってもそうすればいいと勘違いをし続けるんじゃないですか?あなたが庇うから、一向に成長しないのでは?」
それに打ちのめされたか、完全に動きは止まる。
「……俺は、間違ってたのか」
「子供を思う気持ちは、確かにあって当然ですよ。俺もそれを受けて来た身ですし」
けれど、それと甘やかしてしまうのは違うことだ。
「本当に子供を思う気持ちがあるなら、厳しくするのも愛ですよ」
「そ……そう、か」
そのまま彼は体を動かして、空を見る。
「なぁ。……俺の神気を、ちょっと奪ってくれねぇか」
「……奪う?」
「ああ。心臓をつかみ出して、お前らに預ける。そうすれば、影響は完全に消えるはずだ」
「え?いやいやそれ死ぬでしょう」
俺の言葉にオロチは首を左右に振った。
「今は、半分くらい神性を取り戻してる。心臓は俺の神気の中心点だから、それが抜ければ新たな神となり、生き始める。代わりに俺は、ただの死神になる」
なんか怖すぎること言い始めたし。
「よっしゃ、じゃ俺がやるわ」
「死神さん!?」
こっちはこっちで怖いこと言い始めたし。
お前らほんとバカなの死ぬの?
あ、もう死んでたわ。
「ニギは注射の時目ぇつぶるひと?」
「え、ええ……」
「じゃ、目ぇ閉じてな」
「い、いやです。それはできないです」
「はあ?いや痛そうなのダメなら、ちゃんと見てろよ」
「でも……だからこそ、見てないと、見届けないといけないような気がして」
死神さんが呆れたように肩をすくめて、それから首を左右に振ると俺に言った。
「じゃ、好きにしろ」
ぴっしりと指を揃えると、少し体の後ろまで引いて、それからその貫手が、ずるっと内側に侵入する。
目をそらしてはいけない。
自然と目に神気が注がれて、神気がいっそうよく見える。
「……え」
その心臓の部分に。
「待って死神さん!!」
その手を大きく弾き飛ばして、オロチを蹴り飛ばす。
「な、……っ何すんだよニギ!?」
「いいから早く構えてください!!来ます!!」
「何がだよ!?」
「オロチを最初から戻す気なんてなかったし、あれは駒でしかなかった」
心臓の部分に、埋め込まれていた。
ヨリの神気が、食い破るように。
「……ま、まずいまずいまずい」
「いや何が何だかさっぱり分かんねぇんですけど。お前いきなりどうしたんだよ!?」
「いいから構えて!!」
オロチの体が、心臓の部分で持ち上げられたようにいびつな立ち上がり方をする。よろよろとして、その口からは血がびしゃびしゃと溢れている。
「いやまさか……バイ◯ハザードじゃねぇよな」
「この状況で何言ってんですか死神さん」
「いやー……この明らかにまずい状況を雰囲気だけでもどうにかしようと思ったんだけど……スベっちゃった☆」
「今そういうのいりません、心底」
互いに視線をその体に注いだまま、軽口の応酬をする。そこに、背後から高田が出て来た。
「ニギ!」
「まずいです。すごく」
「そうか。俺は何をすればいい」
「一応あれに結界を張ってくれませんか」
「わかった」
徐々にその外形が、人ですらない何かに変化していく。肉が膨れて、ボコボコと蠢きながらそれでもなお腕はピクピクと何かを求めるようにさまよっている。
「はぁっ!!」
ナイフが地面に刺さって、結界が展開されたもののすぐさまその肉が膨張していき、それを押して大きく膨れ上がっていく。
「もう、だめっ……もたな、」
「解いていいです」
舌打ちをしつつも、俺は冷静に思考する。
目標が「止める」から「倒す」に変わったが、これはまあどうしようもない。
方法はどうする。
今ここにいるものではどうにかならないかもしれない。
「ちっくしょう……今すぐ伊吹たちを!」
「わ、わかった」
「死神さんは、俺と足止めしますよ!」
「おう、戦うだけならなんも考えなくっていいからな」
「いや一応何もかもをぶっ壊しながら行くのだけはやめましょうね」
その膨れ上がった肉塊から、いくつもバチっと目が開く。ずらりと並んでそれは蠢き、俺たちを見てその下にある肉のシワが動いた。
それがぐぱっ、と開く。
ぎっちりと並んだ歯は、その中でみちみちと動いている舌を飾っていた。
俺は死神さんに「堅を!!」と叫ぶ。
総毛立つような叫び声は、あたり一面をふるわせ、俺たちの堅をあっさりと砕いた。
「死神さん無事ですか!」
「も、んだい、ねぇが……うぇ、ペッペッ……口ん中砂入った」
「大丈夫ですね。なら行きますよ」
「お、おう」
手足が付いてて動くなら問題はない。
ずり、と音が聞こえる。
「……ねえ、まさかあれ、移動を始めようとしてません……?」
「いやあまさかそんな物理法則を無視した真似なんてできるわけあったわ」
体にしては小さな手がその体から生える。一見微笑ましいその手は、いくつもいくつも生えて行く。
その体を動かすべく、地面をぴったりと踏んで。
「いや微笑ましくねぇ!!とっとと斬るぞ!!」
「ええ」
俺は地面を蹴って、その目を一つすれ違いざまに斬った。しかし、その目があっという間に治癒していき、それからギロリと俺を睨みつけて手を一本伸ばしてくる。
「なんだあの再生速度っ!!」
「手ェ止めないでくださいよバカ死神!!」
「喧嘩売ってんなら買うぞ!後で!!」
その体は動きを止めて、それから一度ググッと大きく体を動かし、それから止まった。
「なに、なんなんだよ今度は!」
俺は目に神気を込めて、それを見つめる。
——いる。
「死神さん!!」
「なんだ!?」
「いる!!いるんです!!中にまだ……」
生きている。
肉塊の奥深くに、いる。
「はあ!?いるってまさか……おい、あん中ってんじゃねぇだろうな……正気じゃねぇ、だいたい表面ですら傷がついてねぇんだぞ!」
「で、でもっ、」
「でももクソもあるか!!お前何が大事なのかよく考えろよ!!」
ああ。
助けられない。
見捨てるのか。
「ったく、世話の焼ける」
肩に担いだ鎌を、大きく一度薙ぎ払う。
「お前には、ほとほと呆れかえるぜ」
「え、」
目の前を通り過ぎる黒い影。
「死神さんの、ちょっといいとこ見せてやらァ!!!」
その姿が、変じて行く。神気が爆発的に増えて、あたり一帯を覆い尽くすほどになり。
違う。
そんなの望んでない。
「嘘っ、だろ……」
光があたり一帯にでろんとあった肉塊を覆い尽くした。
暴風の中、それでも俺は、ただ叫んだ。
「死神さん!?死神さんッ!!死神さん……!!」




