死神と狐ですか?
反省は……どうしよう。
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俺たちがその場に到着すると、陸塞がみずなに膝枕されて寝ていた。
周囲の視線がひどく厳しい。わざと苛立ちを込めて「いちゃつくなコラ」と言うと、即刻その体勢は普通のものへと変わった。
人のことを言えたもんじゃないが、あのままだと陸塞が後でめんどくさいことになっただろうし。
「と、ところでその……天狗が味方になったって?」
「ええ、まあ、これ言っちゃっていいんでしょうか……」
「ん?何だい?」
俺が言い淀んでいると先を促してくる。まあそうだよな、普通は気になるよな。
「……俺たちがまだ知り合い出なかった頃に、陸塞が天狗を一人、倒しましたよね」
「……ちょっと待って?嫌な予感しかしないんだけどなあ。バリバリフラグが立っていると言うか」
「その直感ってもっと別に生かすとこありません?……その通りです、アオギリ、あなたが殺した天狗の名前でした」
「え?や、やばくないかいそれ」
「ですから、今が緊急事態だと言うことを強調して、煙に巻いて手伝うと言わせました」
雑魚はおそらく、陰陽師の邪魔をすることはない。
「ですので、とっとと狐にもはいかイエスか意思確認をして、それからですね」
「……意思確認というか、脅しじゃないかい……?」
まあ、ダメなら戦う。それだけだ。
両面宿儺と鵺はダメだったが、言葉が通じる相手であれば、説得に応じるかもしれない。
それでも九尾は会話に応じてくれる可能性が、わずかなりともあるはずだ。
「玉藻前の心の臓が、裏歌舞伎町にいたでしょう」
「え?まさかとは思うけど……え?」
「そのまさかです。名前を勝手に使わせてもらうのはなかなかに忍びないですが、もはやなりふりはあまり構っていられないので」
陸塞は、こめかみを親指でちょっとぎゅっと押して、俺をチラッと上目遣いで見る。
「君って、実にそういうところはグイグイいくよね」
「いや、昔取った杵柄ですよ」
「実は何歳なんだい君」
有る事無い事ベラベラ喋って、種馬の弁護士を勝手に使い倒した経験が今ここで役立つなんて、思いもしませんでした。本当に。
「それじゃあ、勝率は結構あると見ていいのかな?」
「いえ、五分五分ですね。俺たちの想像より、妖はめんどくさい理論で動くこともあるんです。そう高望みはしない方がいいでしょうし、加えて俺が玉藻前本人と面識があるわけじゃないでしょう?」
俺の否定の言葉に、陸塞はうーん、と唸って腕を組み、顔をしかめる。
「……心の臓だけ、か。なかなかに面倒だね」
「ですから、こういう場合は上手くいってトントン拍子に話が進むとは思わない方がいいでしょう。まずするべきは、罠を五重くらい、張れるならもっと張ってから、相手に対して下手に出ているふりをしながら、こちら側の要求を押し通す。その形が一番無難でしょうね」
「いやできたら苦労はしないだろ?」
そりゃ希望だからな。
まず、罠を張るにしても、相手だって言葉が喋れているのだから、それがわからないほどアホじゃない。話す上でも、むしろ傾国の者なのだ、それを手玉にとる方が難しいだろう。
「無茶を言って、すみません。でも多分、無事じゃ済まないでしょうね」
「やっぱりか。仕方がないな」
「化けて逃亡を図った場合は、ミズハが対応してくれるでしょう」
陰陽師側はいくつか未完成の陣を張り、逃亡しつつそれを完成させてくれればいい。
数瞬の足止めになったら、それで構わない。
隙さえできれば、こちらはいかようにでも料理はできる。
そう告げれば、陸塞はニヤッと笑った。俺も忍び笑いを漏らすと、それを興味深げに見ていた人たちが目をそらした。
「まあ、成立していない術は、あまりに強大でない限り存在を知覚するのは難しいしね。じゃあ僕は早速準備に取り掛かろうかな」
よっこいしょと立ち上がりかけたその足に蹴りを入れて、地面にころがす。
「どわぁ!?」
「寿命までニヤつかせて生かしてやるって言いませんでした?」
寝てろバーカ。
陸塞があっけなく俺に拘束されて捕まったあとには、一人の男がすっと寄ってきた。
「あなたが、夜行 仁義さんですか」
「ええ、そうですが?」
「……申し遅れました。私は、朱雀院の末席を汚しております朱雀院 修輔と申します。以後、お見知り置きを」
その男はぺこっと完璧な角度でお辞儀をする。中指をズボンの折り目にきっちり合わせているあたり、実に真面目で杓子定規な考えの持ち主なのだろう。
「それで、一体俺にどのような?」
「……あの。血液を少々いただけませんか?」
「え?」
「あ、私国家医師免許を持っておりますので、針を刺すことは全く問題は無く」
「いやそういうことではなく……なぜ?」
「こんにちは、おにーさん。私が欲しいって言ったんだし」
「陸塞の妹さん……ああ、そういえば言ってましたね。髪と、あとは血液のサンプルと」
「そうそう。で、今もらえないかな?って。ちょっとS番台の強化に必要なんだ」
「夜沙さんがこのようにおっしゃるので……」
「報酬なら陸塞から受け取るのが筋でしょう。俺に直接渡りをつけないでください」
少女がフードの下でちっと舌打ちをする。
やっぱりかよ。
「ならお兄さん善意でくれない?」
「いい加減にしないとサル◯アッキ食べさせますよ」
「ええ!?や、ヤダヤダ絶対いらないし」
そう言って首を左右にプルプル振っている。俺はポケットから箱を一つ取り出して、手渡した。
「よかったらどうぞ」
「ってこれサルミアッキだし!!」
「まあ受け取って」
それを受け取った顔が、少しピクッと動いたもののすぐに戻る。
「どういうつもりだし」
「陸塞の妹さんでしたら、こっちの作戦に協力できるんではないかと」
ニコニコしながら言うと、じっとりと睨まれながら大きくため息を吐かれた。
「2度目はねぇし。無理やり報酬受け取らせて、これはないし」
「発想の勝利ですね」
「いや違うってそれは。おにぃ友人の作り方間違えてるし。後で忠告してやるし」
「陸塞なら今お取込み中ですからね。邪魔はしないであげてください」
主に説教的な方向で。
「仁義!」
背中から抱きつかれて、どきっとする。
「何やってるんですか高田……」
「ん?ちょっと嫉妬してたところだ。それより、陸塞の指示を受けて、先遣隊が不完全な陣を張りに行った。これが逃走ルートな」
ほい、と手渡されて、俺はじっとそれを見つめる。
「この辺り、細かい部分の操作は誰が?」
「そこは朱雀院の若い者がやりますが、夜沙様がお眼鏡にかなったのであれば、夜沙様がやりますが?」
「そうですね……ルートは、俺たちは飛んで逃げられますがあなた方はそうもいかないでしょうし。夜行の側から詳しい人を一人、つけてくれませんか?」
「夜行の御当主に相談させていただきます」
またピシッと礼を返して、彼は去っていく。
「あの人生まれ変わったら、定規になれそうだよな」
高田の言葉には結構説得力があった。
「ね、その人おにーさんの彼女?」
「そうですが」
「へええ、私は陸塞の妹。夜沙ちゃんって気軽に呼んでくれていいし!ところでさあ、おねーさんに聞きたいんだけど、こいつのどこに惚れたわけ?顔じゃないよね?」
「いやいやそれはないない」
「じゃ、どこ?」
高田がチラッと俺を見てから「まあ話していいかな」とポツリと呟いた。
「完全なように見えて、不完全なところ?」
「歪んでない?」
「歪んでる歪んでる」
「ダメだし。おにぃの友人まともな人いない」
どうやら、と言うか薄々感づいてはいたけどブラコンだったか?
「まあいいや。お仕事はちゃーんとするし、お代ももらっちゃったし」
ガリガリと前髪をかきむしって、お尻に敷いていたスーツケースをぱかっと開けた。
途端に、俺はぞわりとうなじがさかだつのがわかった。
「うわ、B番台は瘴気にうごめいちゃって使いもんにならないわー。この分だと、AかSになりそうだけど……うん。これにしよう」
からん、と二つの試験管に手を伸ばして、俺に掲げてみせた。
多分俺今若干、血の気が引いている。
「妖の血液を呪と混ぜたり、色々するとこう言う風になるし。……おにーさん顔色悪いね、今なら報酬はなかったことにしてもいいし?」
ジロリとその瞳が見上げてくる。尻込みしたか、去るなら去れという目だ。
「……はっ」
俺の口から、虚勢で乾いた笑いが漏れた。
「何をバカなことを。戦うにしろ、陸塞ほどの才能がなければできないでしょう?」
呆れたような目を向けられて、フードの奥から長い吐息が漏れた。
「やめやめ。あーもう本当に弱点と思ったら、マジで頭おかしいし。普通、『歪められたそんなものは殺すべき』とか言って、壊し始めるし」
「今それやったら、困るのは俺たちでしょう。それに、紛い物とはいえ……生きているものでしょうし」
ふーん、と一言言ったきり、彼女はそのまま沈黙してしまった。
狐がいる場所にたどり着くと、見事なまでに瘴気を放っていた。夜行側から送られてきたのは、一人の知り合い。
「その節は、どうもありがとうございました。改めまして、夜行 瑠璃です。以後、お見知り置きを」
今日は明るい紫の袴を着て、たすき掛けをしている。逃げやすいようにだろう。
「狐とお話をするのに狐のお面ですよ。これある意味運命ですよね」
一人で華やかに騒いでいる。俺は眉間を抑えて天を仰いだ。
「それでは、中に突入しましょう」
「え?私有地とかじゃ、」
「さっき土地ごと買いました。空き家だったので、持ち主も快く……」
おかしくね?
金持ちってみんなこうなの?
「お邪魔いたします」
頭をぴょこんと下げて、次々に人が入っていくと、自然とその門が閉まった。
真っ白な狐が一匹、俺たちの目の前にちょこんと座っている。その後を追いかけ、見えなくなったと思うと、尻尾を振り振り待っている。
「……明らかに誘ってますよね」
「そうだな」
死神さんがボリボリと尻をかきながら俺に返してくる。
いやーこの人緊張感のかけらもないな。もともと持ってるのかちょっと怪しいけど。
狐は一つの部屋の前で立ち止まり、すぅっと消える。
全員がゴクリと固唾を飲んで見守る中、障子はスルスルと開いていく。
金色の尾がスルスルとうごめいて、その体を受け止めるように形をとっている。
真ん中にいるその姿は、その……姿は……。
「ええと、まず質問していいですか」
「なぁに?」
「……どうしてキャバ嬢の格好をしてらっしゃるんです」
胸元が大胆に開いたミニドレス。
バッチリ、というかギラギラにされたメイクとネイル。
宝飾品は存在感を出しすぎておかしなことになっている。
「……え?これってまさかおかしいのかしら?理想の女性像を適当にその辺の男から吸い取って化けたのだけど……」
……蝉に化けたのが湖に映って見破られ、退治されただけはあるようだ。
九尾、アホの子かもしれない。
やっぱします。ごめんなさい。




