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死神のジト目ですか?

じっとり。

********

その少し前に、陸塞たちは西、すなわち白虎の方角に到着していた。本当ならとっくに着いていいはずだったのだが、アレコレと仕掛けをしているうちに遅くなってしまったのだ。


いるのは(ぬえ)

諸説あるが、大方は頭が猿、狸の胴に虎の手足、蛇の尾を持ち、トラツグミのようなひょうひょう、という不気味な声で鳴くと言われる。

雷獣と言われてもおり、その到来には黒雲や黒い煙を伴うことが多い。


「弓で退治をすることが多いですね」

そう締めくくると、仁義はサラサラと手帳に何事かを書き記して、それからそのページを胸ポケットから取り出した定規を当てて丁寧に切り取り、陸塞に渡す。


「伝承の出典です。メジャーなのは平家物語などですが、それ以外にも色々と残っていますよ。弓で退治したという伝承は有名ですから、弓が一番効果があると思われますよ?ひととおり目を通しておくのが良いと思います。後は、それを通しての作戦的なものでしょうか」

「さすがだね。うちで書いた本しかほとんど読んでないから、ネットの情報をまとめてくれると助かるよ。うーん……うちの一派はほとんどが刀だからね、弓はいないと思うよ。夜行さんの方に聞いた方がいいと思う」

陸塞がそう言うと仁義は変な顔をした。


「あの、夜行さんはやめてくれません?」

「……ああ、いたねそういう妖怪」


確かそんな会話を交わしたのは、東京で夜沙から陸塞が報告を受け取った時だっただろうか。

「全く、夜行君ときたらすぐこれだ。本当にどれだけ違うものが見えているのか、いや――見えている世界が違うんだろうね?」

そう呟いて彼はメッセージを全員に送ると、そのまま京都の東の空を見た。

既にその場にあった瘴気は綺麗になくなっていて、北にあったカラスの黒だかりが遠くにまだ見えてはいるものの、そこから戦闘をしている気配が伝わってくる。


今回陸塞と宗徳が足止めに選んだ人員は、若くかつ無理をしない人員。自身をわきまえて戦うものを基本として選出した。今は伊吹たちには休んでもらっている。

「陸塞さん。設置終わりました」

丁寧に言ったこの青年は、朱雀院の分家の一つの三男、朱雀院 修輔(しゅうすけ)だ。

少しだけ長い髪に切れ長の目をしている青年で、細く見えて意外によく鍛えられた体をしている。


「ありがとう。修輔君はもうご飯食べ終わったかい?」

「え――いえ。ご婚約者様がお怒りでしたよ、お食事を食べていらっしゃらないと」

本当は食べたのだが、陸塞が後で良いと言うのを見越しての発言であることはわかっている。とても真面目だから気にするのだろうが、朝食を食べたあとすぐに気を失うと吐瀉物で窒息死だってしてしまうこともある。

陸塞はこういう時はブドウ糖ひとかけらで済ませている。


そしてもう一人、陸塞はその性格などを知らないが、真っ黒な髪に真っ黒な目をしたひどく陰鬱な気配をまとった男、阿賀(あが) 忠邦(ただくに)がついた。

三人とも陸塞の指示に従うとはっきり明言した者であり、自分が現場をと言ったものは下げられている。


陸塞としては指揮できる者がいるならやってくれと思いたかったのだけれど、現実としてはそう上手くは運ばないものである。


陸塞はその戦闘中の気配が死神さんのものだけであることを訝しくは思ったものの、左右に首を振ってその考えを追い払う。

今しがた送ったメッセージが届いたのを確認すると、中心にいる黒い煙に突っ込んで行った。


その後を追うようにして、一つの音があちこちから響き渡った。


――びぃいん……。


弓の弦を鳴らす音が黒い煙を取り囲むように鳴る。徐々にその煙は晴れていき、その場にはぱちぱちとスパークを放つ生き物がいた。

金色の眼はぎらぎらとした光を帯びて血走り、その金とも茶とも見える胴は、矯められて震えている。虎の手足から伸び出た銀色の爪は地面を削り、尾の真っ黒な鱗の蛇はしきりにしゃあしゃあと威嚇音を出している。

ひょう、とその喉から掠れた声が上がると、陸塞はぬらりと長ドスを抜いた。


「弓は生憎使っていないんだけどね」

射手の時間が整うまで。

弓の弦をまた鳴らせばと思うだろうが、あまりやりすぎると今度は追い詰められて逃げ出し、またあずかり知らぬ場所で被害が出るかもしれない。

弓で一撃のうちに葬り去るためには、ある程度ここへ張り付かせておくことが必要だ。陸塞一人で倒すことは不可能だが、足止めとなれば確実に数人で問題ない。


「阿賀さん、右手から広範囲の弾幕を!」

陸塞の進む間隙を縫うようにして、火の玉が飛んでいく。神気をわずかにしか感じないから、ほとんど見掛け倒しの火の玉だ。しかし、相手側からすると当たれば確かにうっとうしいだろう。

まずは手足を削れれば御の字だ、そう考えて陸塞は斬りかかる。しかしそれはもう一つの目とも言って良い蛇の攻撃によって、あっけなく防がれる。


「修輔君。蛇をよろしく」

「分かりました」

背後で行動していた修輔が印を結ぶと同時に、細く長い五センチ幅ほどの布がまっすぐ鵺へ向かって行きその蛇の尾をからめとった。

しかしその動きを完全に抑えられたわけではない。その頭は布を少し食い破るようにして、暴れながら出てきた。


「阿賀さん、今度は顔や胴辺りを狙って、毒針をお願いします」

「心得ました」

毒と言っても、人には害のない菖蒲の汁を塗ったものだ。菖蒲には魔よけの効果があるから、妖と言えど触れることはできない。一本当たるたびに、痛みからか「ひょおあ」と声が上がる。じりじりと後退しながらも、その手足は幾度もこちらに伸びて来ようとする。


しかし流石に危険だと判断した鵺が真剣に避けようとしたあたりを見計らい、陸塞は陣を書き記した一つの札を地面に叩きつける。


『主様、お呼びでしょうか』

構成する何もかもが薄い色で、あっけなく溶けそうなその姿が浮かび上がるようにして出てきた。

冷たい表情の女性で、その近くに立つと酷くひやりとする。

「あの蛇を氷漬けに」

「わかりました」


その姿がすうっと移動して、布の上から蛇にふう、と優しく息を吹きかけると、そのまま蛇は息をしなくなった。

『また、いつでもお待ちしております……』

そのまま静かにその姿が消えると、陸塞は修輔に布の回収を命じる。そこでようやく鵺と阿賀とのやりとりが終わった。


「ひぇええええい」

叫び声と共に蛇の尾が、凍りついたままゴロンと地面に落ちた。

痛みに耐えかねて虎の手足があたりを構わず引っかき始めるが、そこで三人とも一気に下がる。


地面のある部分を爪がかすった途端、その場所から一枚の布が飛び出てからみ、その手足が徐々にがんじがらめになって行く。


陸塞たちが戦うたびに少しずつ後退し、一箇所に誘い込んでいたのだ。

これで、陸塞たちの役目はおしまい。あとは弓で撃つのみだ。


矢が一本、空を切って飛んで行く。

それは彼らの目には金色の軌跡を描いて見える。

「行け……」

阿賀がそっと呟いた。

修輔はその目をぎゅっと祈るように閉じた。

陸塞はその軌跡を目で追い、そしてまだ何かあるかもしれないとしっかり身構えた。


矢は、過たずその体をざっくりと射抜き、そして大穴を開けた。

矢の清浄さに、その神気が耐えきれずに霧散したのだ。

その体は徐々に塵へと化していく。


「……はぁ、はぁっ……」

ぐったりとして地面に転がると、陸塞はそのまま意識を喪失した。





「——はぁっ!!」

肩で荒く息をしながら陸塞が飛び起きると、その頭がガツンと誰かとぶつかった。

「いったあ……ちょっとあんたひどいじゃない」

「み、みずな」

そう言った瞬間、またふらつきが体を襲う。

「寝てなさい。そう時間は過ぎてないわ」

「寝てって……」

その頭が、みずなの太ももの上に乗せられる。


「あ、え、えとっ」

「うるさいわね。まだ移動も開始してないの。それに……少しずれすぎだわ」

そのひたいを、白い指がそっと撫でる。その手は剣を握り締めたために、少しゴツゴツして荒れている。


「次は、伊吹たちがメインなのでしょう。少し休んだほうがいいわ」

「そうだね、少しどころじゃなくカッコ悪いところを見せてしまったから」

強大な妖に術をかけた。それだけでもかなり消耗するのに、式の召喚という手間までかけて。

そして何より失敗した時のための、螺旋の封印を陸塞が構成・維持していたのが、あだになった。容量をあっさり超えて、そのまま陸塞は気を失った。


「夜行一派は本当に元気だなあ」

「神気が切れても、動けないってことはないしね。私たちからすれば羨ましいわよね」

「そういう意味じゃ、負けて逃走するときにすごく楽だと思うんだよね。けど、どっちにしろ逃げられないような相手だったら、僕たちのように気を失ったほうがある意味幸せかもしれないね」

自分がかじられるのを見てるのはぞっとしないから、と苦笑いを浮かべた。


「でも、あっちの方が傷の治りは早いようよ?」

「そうなのかい?不思議だよね、神気って。神気って、一体何なんだろうね?」

「そういう考察は、あのドS野郎に任せとけばいいのよ。陸塞ったらなんだかんだ言ってもアレと仲がいいんだから」

ぶちぶち文句を言いながらも、その手は自然とその髪を撫でている。


「陸塞は、怖くないの」

「何がだい?」

「……私たちは、消えるでしょう」

いつか。

力を使い過ぎて、消える。


「怖くないの」

「怖いよ?」

「うそね、全然怖そうな顔じゃない。胡散臭い笑い顔しちゃって」

「……このタイミングで胡散臭いと言わないでくれるかい?非常にグッサリ来るんだ」

「私、陸塞が消えると思ってすごい怖かったのよ」

「そうだったの?」

「そうよ」


拳をきゅっと握りしめて、みずなは囁くように呟いた。横を向いたままの体勢では分からなかったが、そのしゃっくりをしたような動きと耳元に落ちた水滴で、陸塞はみずなが泣いているのだとわかった。


「ねえ、みずな。僕はね、こうしているだけでも、すでにありえないことだったんだ」

「ありえない……?」

「夜行くんは、僕に死ぬなと言った。とても新鮮だったよ。今ならわかる。彼は、自分の命をかけて、それぐらいの覚悟はしていたほど、僕を生に引き止めた。そして、みずな、君がいてくれたから、僕はとても今幸せだ」


陸塞の片頬が、むにょっと伸ばされた。


「バカなやつ。そんでもって、大馬鹿」

「ふぁにふりゅんふぁい!?」

そう言いながら横目で見ると、太ももに頭を押し付けられる。

「まあ、そういうことよ。陸塞、あんたは子供の結婚式見るまで死なせてやらないわよ」

「……凄まじくありえそうだね。今からは、朱雀院だけでもがかなくてもいいから、どんどん夜行くんたちに頼ってしまえる。できるかもしれないね」

「じゃあ奇跡だとかアホなことを抜かしてないで、ちゃんと自己管理くらいしなさいよ。寝てんの?その頭飾り?」

「あはは、本当だね、自己管理はできていなかった」


陸塞は手をゆらゆらと左右に振って体から完全に力を抜いた。

「………どうも」

陸塞はその声にギョッとして体を固くする。


「おにぃ、やっほー!」

「ひ、膝枕……なあ夜行、アレやられたら嬉しいか?」

「なんだバカップルかー」

「ケッ……マセたガキどもが」


眉間をもんで、それから高田の肩を抱きかかえる仁義は、そのまま踵を返した。

「ちょっと四人とも!?」

「鞍馬天狗はなかなかいいお返事をくれました……という旨のメールを送ったんですがね?」

「え!?……本当だね」


スマホを開いて頷く陸塞に、仁義は眉間を揉みながらも話を続ける。心なしかいつもより眉間を揉む力が強い。

「今、非常事態ですよね?非常事態にイチャコラしてる頭ってどうなんでしょうね?」

「いやそのこれは」

「よしんば気絶したとしても、起きたらまずするべきことはありますよね?」

「……ごめん」


じっとりとした視線で見られて、陸塞はガクッとうなだれた。

次はみんな大好き九尾の狐です。

でも実は九尾には上がいるという真実。

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