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死神は溺れますか?

ブクマ増えて、ありがとうございます。

もう16件もついてるなんて……不思議にもほどがありますね。

母親の腕のような、暖かい感触。

「……あ、れ」

俺は薄く目を開ける。


確か、俺は……水の中に引きずり込まれて。


そのあと。

そのあとどうしたんだったっけ。


布団の中からはっきりとした覚醒と同時にはねおきる。周囲を見回すと、全くもってそこは平穏を保ち切った俺の部屋だ。

布団の上に寝ているはずの何か……それがなんなのかはわからないが、それもいない。


「……いやいやいや、おかしい」

何かってなんだよ。

俺は一体何を忘れている?


「仁義?そろそろ起きないと遅刻するよ」

「あ?母さん、今行く——」

どうしようもない違和感と、なんと言ったらいいのかわからない何かに胸を塞がれて、苦しくなる。

涙がジワリと滲み出てくる。


「どうした!?母さん何かした!?」

「い、いや。何も……なんでだっけ」

「よしよし」

頭を抱えられて撫でられ、俺はまたひどい違和感に襲われる。

母さんはこんな弱く俺を抱きしめない。

暖かく包み込むようなこの抱きしめ方は、もっと別の——。


別の、誰だ?


「……ほら、目ぇ拭きな。友達待たせちゃうだろう?」

「うん」

なんでもいいか。

母さんが元気だというそれだけで。


玄関の前には、千晴が立っていた。ひどい違和感に俺は首を傾げたが、俺は千晴の元に行く。

「遅いぞお前!化石になるかと思ったぜ」

「どうせなら骨格標本になったらいかがでしょうか?人類の役に立ちますよ」

「うわぁ夜行は今日も辛辣さんだ。そうそう、昨日のテレビ見たか?スッゲェ面白かったよな!」


テレビ?

見ていない。

昨日なんて見る暇はなかった。

けれど、俺には『見た』記憶がある。


記憶の齟齬はない。

あるのは激しい違和感のみ。


「……どうでしょうか。面白くはなかったです。下ネタはもう少し抑えめにした方が好きですけど」

「わかってねーなー、下ネタはあれだよ。文化だよ。ほら、昔の人は下ネタ大好きだし」

「……朝っぱらからそんな言葉を人混みで連呼出来るなんて」

「いやお前がさせたんじゃねーですか!?」


ツッコミはいつも通りで、それでも何かにつけ違和感が伴う。

『仁義』

そう言っていたのは、誰だ?

いや、そんな人はいない。俺には友人は……。


いっぱいいる?

いやそんなはずはない。

だって俺は人を遠ざけてきたはずで……。


「どうしたんだ夜行。顔色悪いぞ?」

「え?あ、ああ、すいません。ちょっと……考え事をしていて」

俺の顔を覗き込んだ千晴は「フゥン」と呟いて、それから「まあいいけどさ」とぼやく。

「お前無理しやすいだろ?色々考えすぎなんだって。もっとお気楽にいこうぜ!」

「そうですね、俺としたことが冷静さを見失っていたようです」


カバンから、手帳とボールペンを取り出すと、今朝から違和感を覚えたことを書き連ねる。


・水の中に引きずり込まれた気がする→夢?

・母親に違和感。抱きしめる力が弱い

・何かがいない気がする

・千晴以外に友人がいることがおかしい

・何かを忘れている


夢か。

夢……それにしては、違和感の度合いが大きすぎる。

視界全体に、あるべきものがないような、そんな物足りなさを感じる。例えばあそこの神社とか、前はもっとキラキラ光っていたような……。

気のせいかもしれない。


新しく、一項目を書き連ねた。


学校に着くと、色々な人に囲まれる。

「おはよう、夜行くん!」

「週末練習試合あるんだけど、来てくれないかな?」

「ばっかお前のとこはどうせすぐに負けるだろ。やるならサッカーだよ、な?」


俺はそれを軽くあしらって席に着く。

いつもと同じ授業風景で、いつもと変わらない日常だ。

けれど、それを異常だと訴えている俺の中の何かがいる。

お昼ご飯を食べるべく、机の上にお弁当を並べて、そこでおかしなノイズが走ったように視界がぶれた。

「なん……」


「メシ食うなら呼べよ。全く」

「千晴……」

「お前、なんかあったのか?やっぱ早退するか?」

「いえ。そういうことではなく……」

「そっか。なんかあったらちゃんと言えよ」


卵焼きを一口食べて、その味付けに違和感を覚える。俺は甘い卵焼きは普通で、だし巻きの方が好きなのだが、どうしてこれは甘い?

誰かが、喜んで食べていたような。

午後の授業を受け終わって、帰りは数人でだべりながら帰った。俺が家に帰ると、母親が料理を食卓の上に並べていた。


「おかえり!」

「ど、どうしたの母さん?」

「ん?どういうこと?」

「仕事は!」

「今日は特別にお休みがもらえたんだよ。ふふふふふふ……なんと母さんは、昇進したのです!」

えっへんと胸を張る母親。


二人でご馳走を食べ始めると、俺は自然に変な顔になっていく。

「あれ?美味しくなかった?」

「いや、美味しい。美味しいけど……」

これは、俺の味(・・・)だ。

母さんは料理ができなかった気がする。なのに、なぜ。


次の日朝早く『いつも通りに』目覚めても、その焦燥は一向に治らない。

母親がびっくりしていたが、俺がびっくりだ。俺はいつもこの時間に起きていたはずなのに、この時間には確かに起きないとなんとなく思っている自分がいる。

相変わらず俺の覚えている何かと、現行で起こっていることが、違う。


「……足りない」

何かが決定的に足りない。

気づけば、ある二人組の肩を叩いていた。

「あれ?どうしたんだ夜行」

「そうだよ、少し変だぞ?顔色悪いし……」

「いえそれはどうでもいいです。……あなたたちには、もう一人仲のいい人っていませんでした?」


山田と竹下が二人顔を見合わせて、首をひねる。

「いや、そんなやついねーけど」

「そうそう。俺とこいつは一心同体、彼女の有無まで丸わかりだぜ?ふふん」

「……そう、ですか」

俺はあからさまに落胆しているであろう表情を笑みで覆い隠す。

「すいません、勘違いだったかもしれないです。後ろ姿をチラッと見ただけとか」

「あー、それなら十数人は思い浮かぶかも。とにかく、女でこいつみたいに親しくしてるやつはいないかな」


お手洗いの個室の中に入ると、静かに鍵を閉めてからゆっくり呼吸をした。

「……どういうことだ」

手帳に書いた違和感の主は、未だ俺の視界には入らない。今現在も違和感を訴え続ける視界に、気が変になりそうだ。


こういう時こそ、冷静沈着に。


今日は何月何日か。

十一月七日。

手帳をめくって、日々書き記したことを読み直していく。


書き記したことと、己の記憶が一致しない。

三日前の夕食に至っては、メニューが和食と洋食で完全に違う。しかし、和食を食べた記憶は確かに俺の中にある。

やはり、俺の記憶が二重に存在している。やった覚えのないことが色々とあって、大きなしこりが残るような気がする。

問題は、これ、この状態から抜け出すためにはどうしたらいいかだ。


胸ポケットに手帳をしまい、トイレの個室から出ると息をゆっくり吐き出した。そして、トイレから出ていく。

「……お、夜行?次の授業早くしねーと、現国のガヤっちに怒られるぞ」

「ガヤっち」


それを聞いた途端、俺の中で何かが弾け飛んだ。一気に思考が明晰になっていく。


そうだ。

一年の頃の現国の教師は、茅萱(ちがや)。そこから千晴が声が大きいからとガヤっちと名付けていた。

二年の現国の教師は、茅萱が別の高校に赴任して、白井(しらい)に変わった。

あだ名をつけたやつは、いなかった(・・・・・)


「……千晴」

「ん?」

「偽物であろうと、少しは嬉しかったですよ」

「お前、何言って……」

そう。

ありえない。

千晴が生きているということは、絶対にない。


その瞬間、千晴の姿があっという間にねじれて、気泡がはじけたように虹色の光を放って消えた。

俺はその場に立ったまま、スマホを取り出した。

思い出していく。

何もかも。


こんな優しい場所に、いられる未来があったのかもしれない。

妖も見えず、母親が生きていて、唯一無二の親友もいて、友達があふれんばかりにいる、騒がしい日常。


いつまでも溺れていたい幻想ではあった。

間違いなく、俺はたった一つのものさえ追加されていれば、この世界に溺れきっていただろう。


「……高田」

じくじくと心が痛む。


本当に、滑稽だよ。

こんなに単純な罠に自分の感覚で丸一日はとらわれていたのだから。


「水の妖、幻を見せる——(はまぐり)

その瞬間、今まで見えていた何もかもがどろりと崩れ落ちて、俺の口の中には水が流れ込んで、えぐい味が広がる。それを肺の中の空気と一緒に吐き出すと、神気を感じるそれに鎌の片方を投げつけ、光の方へと高速で浮かんでいく。

足に絡みついた水草は、手足の多少の痛みを無視すればどうということもない。


「ゴホッ、ゴホッ……ケホ、ほんっと、ゴホゴホ……いやらしい」

鎌から神気が流れ込んできた。蛤はうまく倒せたようで何より。

「おーい、何水遊びしてんだよニギ?」


死神さんの能天気な声が聞こえて、無性に腹立たしい。確かに引きずり込まれたのはある意味落ち度ではあるが、あいつに言われたらすごくイラっとする。

それに、あらかたは片付いたようだ。ここで死神さんと一戦交えたところで問題はないんじゃないか?


「水遊び……一緒にしましょうか。楽しいですよ水遊び……」

「ん!?なんかニギすっげぇ怒ってねぇか!?ちょっとからかっただけなんだけど!?こいつこんな沸点低かった!?」

「ニギ!冷静になれ!落ち着いてまずは体の水をだな……」

高田の声に、ようやく鎌を下ろす。


「おうおう、オメェら随分と暇そうだな。こっちの策士様は、蛤に魅入られてたし……情けねぇ集団だな?」

ふと振り返ると、そこには茨木童子がニヤニヤして立っていた。こいつ、この言いようもしかして、蛤がいること知ってたのか?あるいは、知ってて助けに入らなかったか……何れにせよ多少の意趣返しは問題ないだろう。


「そうですねぇ……情けない集団をまとめるのはやはり茨木童子さんしかいないでしょうし、引き続きご助力をば」

「もちろん任せとけ!……あれ?ってお前またやりやがったな!?畜生、絶対に、絶対にこいつぶん殴ってやる!!」

言質は取れた。


明日の日の出が、集合の時刻か。早いところ今日は寝て、あとは着いてから考えよう。

……その前に、この藻にまみれた体を洗うのが先決だが。

蛤。

次の話は、所変わって朱雀院と夜行の話。

@奈良。

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