死神と滋賀ですか?
ただいま!
模試は普通でした。
「……なんて人外魔境」
陸塞のスマホに送られて来た画像を見て、少々どころではなくがっくりくる。
かなり詳細なぶん、危険の息遣いを感じる。
「うわーやべー。ま?俺なら?ちょっとやり合えば倒せるけど……なっ!」
前髪をファサリとかきあげたところに目潰しを入れて、のたうつ死神さんを放置したまま陸塞と会話を続ける。
「とにかく、今はまず滋賀に向かいましょう。古都である場所は伝承が多くあるので、妖を引き付けやすいですから、他の古都も回った方がいいかもしれません」
「そうだね。夜沙は最悪の場合、どんな手を使ってもいいと言ってあるから、おそらくは問題ないよ。逃げる方法だけはしっかり確保しているし、神気もないからある程度逃げたら相手も追う気は無くすだろうしね」
「それじゃあ、まずは電車に乗る前に班分けを決めておこうか。朱雀院と夜行もある程度は一緒に行動して、夜行と高田さんは……」
俺はそこに口をさしはさむ。
「一緒でお願いします」
「え?でも、色々と不都合が出ないかい?」
「いや……俺がちょっと耐えきれそうにないので。その代わり、茨木童子は持ってっていいですから」
「なんで俺の行き先を勝手に決めてんだよこの死神は!?」
のたうつ死神さんの横で、縛られたまま俺たちを睨む茨木童子。
「だって俺たち今すごく困ってるんですよ。京都があのままになると、もしかしたら妖がこの世から消えるかもしれな「嘘だろ!?」
これはホントだ。
あのまま神気が増え続けたら、素盞嗚尊を鍵として、中つ国と高天原の境目が繋がり、そのまま繋がりかねない。
俺と高田が神の力を抑えているのはそのためで、死神の範疇に収まるように調整しているのが、ルタ。
俺たちとルタの何れもが、神のままこの中つ国にいないように、ギリギリ調整しているわけだ。
しかし、そこに分別なく力を取り込んでいる死神、それも色付きがいるとなると、話は変わる。
「要するに、素盞嗚尊は高天原と中つ国をつなぐパイプになるんです。帰るというよりは、無理やり高天原を引きずり落とすことで帰ったことになるんですね」
「ヤベェじゃねぇか!?」
「だから、やばいと言ってるでしょう。それに今この場所から攻め込むにしろ、あちこちで騒ぎが起こっているんです。それを鎮圧して、そこから一気に全員で攻め込むくらいでないと、意味がないですから」
そこまでして帰りたいなら、なんでここにとどまったままでいたのか。
「力を貸してくれますよね。これが終わったら、何をするなり自由ですよ」
「……クソが。いいよ、手伝ってやる。まあ、人を小馬鹿にしやがる狐だって殴れそうだしなあ……」
ちょっとした因縁があったようだ。力を借りる側としては、何よりである。
「さて、じゃあそろそろみんな戻って来るみたいですし、行きましょうか」
「仁義!お前無事か!?なんかすっげーでかい首やりあったって……そっちの鬼は?」
「茨木童子です。こっちは、高田 紅です」
俺はその首に手を回すと、頭をワシワシと撫で繰り回す。
「うわ!?やーめーろーよー!?って匂い嗅ぐな変態!」
「人類変態じゃなければ今頃滅んでますし」
「やかましいわ!緊急事態中だろ、ああもうホントお前ってブレねーな!!」
押しのけられたため、俺はちらりと死神さんを見て悪態をつく。
「死神さんいつまで寝転がってるんですか?」
「お前が目潰ししたんだろ!?」
「この非常時に……」
「お前にゃ言われたかねぇよ!!」
今日も二人のツッコミが冴え渡っているので、よしとしよう。
「それでですが、どるるには少々滋賀の方に観光をして来てもらいました」
「るー!」
「……またあの聞いているとゲシュタルト崩壊しそうな会話が繰り広げられるのか……」
死神さんが遠い目をしているが、報告会と行きますか。
「る、るる、る〜、るっ!る、るるるー!」
「へえ……滋賀でそんなことが?隣の兵庫と大阪は、あのでかいおっさんが抑えてるんですか。よくやりましたね」
「おい詳しく話せ。わけわかんねーよ」
「ああほら、火遠理命、いたでしょう?海佐知毘古。ヒエンと名乗ってたあの人が、どうやら標語と大阪を単身で食い止めたようですね。ですが、さすがに四県は無理だったようです」
四県やってたら、今頃こっちに妖怪が流れているわけはないしな。
「で、今は滋賀と奈良が問題になるわけですね。じゃあ、まずどるるの説明から。ここでは、水妖が集まりに集まっているそうで……」
「うわ、それはちょっと僕らじゃまずいかもね。陰陽師は、場に陣を作ったりしないといけないから、不安定な水場は困る」
「でしょうね」
それは織り込み済みだ。
「杏葉たちはそっちに貸し出します。ですから、高田は俺たちが借り受けますよ」
「うーん……奈良の方は、どうだって?」
「奈良?どるる知ってます?」
「る!るるるる、るー!」
「ああ、それもありましたね。……奈良の方は、寺社仏閣の多さのおかげで比較的少なめで済んでいるようです。結界も壊されないでそのままだということですから」
俺が伝えると、陸塞は少しだけ首を傾げた。
「じゃあ、茨木童子くんは、君が預かっててくれないかな。その方が、いいと思う」
「え?」
陸塞はウンウン頷いているが、さっぱりだ。むしろ陸塞たちの方が、手伝いがいるんじゃないか?
「こっちが必要なのは、人手。君たちの方に必要なのは、空中戦力だろう?それなら君たちの方に回した方がいい。無論、杏葉ちゃんたちがいるし、もしそういうことが起きてもこっちはあらかた問題ないよ」
「そういうことでしたら……」
茨木童子はけっ、と言って俺をにらんだ。どうやら承諾してくれたみたいだ。
「じゃ、滋賀に向かいます。合流はいつにしましょう」
「そうだね……猶予をみて、三日後の日の出に、ここ、京都と滋賀の県境に集まろうか。そのあたりならギリギリ大丈夫だと思うよ」
「遅れたら、先に向かっていてください。もしかしたら、想像以上に厄介なことになるかもしれないです」
俺はスマホの画面を見て、はあ、とため息をついた。
水の中、それに人魚伝説か。
ロクなことにはならなそうだ。
「と、いうわけで、やって来ました滋賀県です」
「いつもそれなんで言ってるんだ?」
「気分的な問題ですね。なんとなく、行動に区切りがついたような気がして」
高田の言葉に真面目に答えると、俺は異様な気配を放つ水際を眺める。
「一番最初に確かめるべきことは、害があるかないかですけど……」
周りの人に聞き込みでもしてみるか、ああいや、このために茨木童子がいたんだった。
「よろしく」
「いやおかしいよなんで俺なんだよ。絶対喧嘩になっておしまいだろ」
「よく自己分析ができるのは感心です。俺も自己分析をした結果、首に刃を当てられたまま正常な判断ができる者なんているわけないと思ったので」
俺たち死神は、間引くだけであろうと、妖を消す存在だ。よってここは、茨木童子、キミにきめた。
「……そりゃそうだが、俺の場合その刃が見えないだけだろ」
「見えてるよりマシでしょう。早く行ってきてください」
「……こいつ絶対後でぶっ殺す」
物騒な言葉を残して、彼は湖の上に向かっていった。
「さて、あっちはあれに任すとして……死神さん」
「ん?何?」
「俺たちって、水の中でも息できます?」
「無理だな」
「ですよね。お腹が空く時点で予想はしていましたけれど」
半具現化体、すなわち俺たちは肉体を半分持っている。死神さんが息を呑んだりするのは、ほとんど生きてた時の反射だと言っていたし、加えて言うなら睡眠を必要ともしていない。
俺たちは死神になったからと言って、何も今までと生活が変わらないのは、そう言うことだ。
高田が難しい顔をしているが、絶対こいつ今日の夕飯のことしか考えてねぇよな。
「滋賀といえば、近江牛なんかが有名ですよね」
「ステーキか!?」
やっぱりな。
「ちょっとは真面目に考えてくださいよ」
「うぅ……だって、俺考えるの向いてねーし」
その両頬をぐにぐにつまんでいると、背後から怒りをたたえた声が次々と上がった。
湖の方から聞こえて来た声に、俺はようやく来たかと息を吐く。
「ちょっ、仁義!?あれ大丈夫なのか!?大丈夫なんだよなあ!?」
高田がパニックになっているが、実際あれでいい。
たった一人の妖に高圧的に出られれば、血の気の多いか言うことをききく気がないやつは水面に飛び出してくる。
そうでないなら、忠告の内容にきちんと反応して、深くまで潜るだろう。
取りこぼしはありそうだが、あらかたはこれで問題ないだろう。
俺や死神さんが最初から出ると、アホな真似をしそうな輩でさえ萎縮しかねない。
「水妖と来れば、一番可能性があるのは水虎ですよね。あとは、人魚とか濡れ女でしょうか」
「解説求む」
「水虎は、河童の親玉みたいな者ですよ。河童より大きくて、獰猛だと言うことを念頭に置いておけば、だいたい河童と対処は一緒です。頭のお皿を頑張って割りましょう。人魚は、言わずと知れたものですよ、食べれば不老長寿になるという伝説は。濡れ女は、長い体を持って、それから人を喰らう妖怪です。……ってそんなこと言ってるうちに来たじゃないですか」
俺たちは転身すると、その場に突っ込んで来た茨木童子を避ける。
「ってめぇ、やっぱりダメじゃねーか!!」
「まあ、予想通りの結果で良かったです」
「予想通り?……お前まさか俺があんな風に追っかけられるって予想して俺に言ったのか!?」
「そうです」
「こいつ……!!」
「はい仲間割れはそこまで!」
俺に詰め寄った茨木童子を、高田が制する。
「とにかく、今はまずあれを倒そう。な?」
「……くっそぉ……覚えてろよ!バーカバーカ!!」
なんで俺の周囲にはこういう人種が集まってくるのか。甚だ疑問なところではある。
近くに寄ってみるとわかる。
水妖と一口に言っても、ありとあらゆる種類のものがいる。鱗を持った鰐に似た生き物、人魚などなど、その数は膨大でなおかつ彼らの内側でも共食いが起こっている。
飽和しかけている場所に、まだ流入が続いているか。
「フッ!!」
大きい河童の首を狩り飛ばし、その首を河童の一団の群れへと投げ込む。面白いように慌てふためいた姿を視界の端で捉えたまま、蛇のような鰻のようなそんな体をざくりと斬る。
赤い血が吹き出したのをまともに浴びるとピリリと痛みが走るが、すぐにそれは搔き消える。
理由は簡単だ。
俺とその怪異との神気の差で、怪異の与えるはずだったダメージが無効化されているのだ。
このぶんなら、全員海難法師などの即死系のものは見ても問題ない。
「一気に畳み掛け——」
その瞬間、俺の足に水草がべしょりと絡みついた。
無視して先へ進もうとすると、水草は増えて力を増し、俺は鎌を足から出してなんとかそれを引きちぎろうとする。
しかし、それはすでに遅かった。
注意がそれた逆の足にも、両腕にも絡みつき、見事に俺の体は水の中へと放り込まれた。
ゴボゴボ……。




