死神と試験体ですか?
一話まるっと陸塞の妹の話。
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サブタイトルつけ忘れてました。
すみません。
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一方その頃、朱雀院 夜沙は、京都の街に来ていた。
「うはぁー……抹茶あんみつ絶品だし。お姉さんこれもう一つ!」
「はい、かしこまりました」
喫茶店であんみつを堪能しながら、夜沙はスプーンを食んでいた。
「それに『神に至る者』の血をもらえるし、おにぃってば太っ腹だし!」
彼女はガラケーをぱかりと開くと、それをぽちぽちいじり始める。
「ふーん……おにぃの言う通り、京都ってマズってるかも?」
携帯の画面には、京都の縮図が乗せられており、結界の様子とその妖の分布が黄色と、かなり強力な妖が赤い点で示されている。
東西南北に一体ずつ、カーソルを合わせるとその妖の詳細が浮かび上がった。
「うわあ、すっごいやばいし」
両面宿儺、鵺、鞍馬の大天狗、九尾。その周りを覆うように存在している、高位の妖怪達。普段なら、これを1匹ずつ相手取ることが大仕事くらいだろうに。
夜沙の携帯は、携帯の形はしているがその中身は空っぽで、一枚の桃の木の札が埋め込まれている。そこを元として、紙兵の情報を整理したのち、携帯に映し出す。
側から見れば、真っ黒な画面とブツブツ言っているようにしか見えないが、虚空に向かって呟くよりはよっぽど良いと彼女は割り切っている。
「おにぃが私を送り込んだのは、適任だったかも。だっておにぃなら、状況を見過ごせずに考えなしで突っ込みそうだー」
一人そう呟いていると、あんみつがそのところに置かれる。
「お待たせしましたー」
「うわぁキタキタ。むふぅ……絶品。それに中国のまで来てるし。やばーい」
ノリノリでそれを見ながら、その中心にいる一つの青い点をピッと弾く。
その場所にいるのが、素盞嗚尊。
今回のターゲットとも言える相手で、迂闊な接触は控えるようにと言われているが、位相がずれている以外は一般人である彼女なら、ある程度のことはできるだろう。
無論、見えているとバレればタダでは済まないだろうが。
「街ん中みにいこっと」
空になったあんみつの器にスプーンを投げ入れて、彼女は立ち上がる。
「ま、人の金でできる旅行だし、ツイてるツイてる」
店を出ると、彼女は空を見上げた。
普通の人間には、この空はどこまでも、曇りのない青空に見えるんだろうか。
「……っはぁ、そりゃ眩しくはないけど、あり得ないし」
京都の街全体は、瘴気に覆われて、暗くどんよりと濁った空気をしている。空は限りなく曇天で、生臭い匂いが立ち込めている。
「あー……今ならアールグレイ好きになれそう」
少し香りがきついと夜沙は思っていたのだが、こうひなが一日変な匂いを嗅がされれば、鼻の方もバカになろうと言うものだ。
「ん?」
その目に、夜行 修斗の姿が目に映った。確か彼は放逐されていたはずだ、と首を傾げて、それから唸る。
「なんでウロウロしてんだろ。ちょっと後つけてみよっかな?でもおにぃは怒るだろうなぁー……ま、それでもいいし」
彼女は手に大きめのスーツケースを持ったまま歩き出した。多くの人がスーツケースを片手に歩いているから、悪目立ちはしない。あちこち寄りながら、その背中を追いかける。
その行き先は六角堂。頂法寺という名所だ。
へそ石という六角形の石がある場所でもあり、京都の中心と言って良いだろう。
そんなところだが、なぜ?
人通りはそこそこある場所で、夜行 修斗は手に一枚の札を持ちそれをそのまま夜沙の方へとピッと向けた。
(——バレてるし!?)
夜沙はそのまま、キョロキョロしながら観光客然としたように装ったが、修斗がズンズンと近づいてくる。
「……こんにちは。君、僕を尾けていたね」
「いやーおっさん自意識過剰じゃないかなー。私道に迷っちゃって、地元っぽい人についていこうと思って〜」
「嘘つきは、よくないなぁ」
そのヘラヘラとした表情のまま、目だけが剣呑さを増す。
「ありゃりゃ。カルシウムとったほうがいいよ?」
「キレやすいのは、生まれてこのかた変わらなかったよ」
「そっかー、じゃ別の人に道聞くし。おっさんはもういいや、そんじゃーね」
そう言って、彼女は今までの流れを断ち切って、それからより情報を求める自らを制御し、そのまま立ち去ろうとする。
が、それからもう一度振り返った。
「おっさんココドコ?」
狙い通りその目から警戒心が消えたのを見て、夜沙は密かに心の中で快哉を叫んだ。
もともと修斗は、京都の内側にいて、そう少なくない神気にさらされているから、視線には結構鈍感で、殺気には結構敏感になる。
夜沙がキョロキョロするたびに何かを感じてはいたが、どうも確証が持てなかった。
あたりをつけたら、完全に的外れだったかとぽつっとつぶやき、彼は肩を落とす。
修斗は、今から朱雀院の男と会う予定だったのだが、この迷子を連れて行くわけにもいかない。
近くの知り合いの店に一万円札を渡して、道を教えてやるように言った。
夜沙は地図を受け取って、飛び上がらんばかりに喜んだふりをすると、修斗のえぐった傷口に塩を塗り込んでいった。
「ありがとおっさん!もう少しカルシウムとったほうがいいし!」
「余計なお世話と一言多いという金言を君に贈ろうじゃないか……」
怒りにプルプル震えているのをみながら、夜沙は静かにため息を吐いた。
「京都の中心には、あれらが陣取ってるか。結構まずい感じしたなぁ」
ヤバイし、と呟いて、夜沙はポケットから出したスマホで現状報告をする。
『瘴気濃度 長時間も影響なし
東西南北それぞれに両面宿儺・九尾・鵺・鞍馬天狗。今は四方に位置しているが、中心の神気の膨れ具合から察するに、残り三日ほどで食いつぶされる恐れあり。
内通者、夜行 修斗を偶然発見、後をつけるも悟られてしまい、相手に顔をやむなく晒して道に迷ったと説明。道案内をわざわざ自身の金を使ってつけてくれたところから見ると、迷子だというのを信じたようだ。
幸い、朱雀院に不在であった数人にも今の所遭遇はしていない。引き続き調査をするにあたって、朱雀院のものだとバレた場合、試験体20-315Aの使用許可を頂きたい』
夜沙はそこまでメールで書くと、それを送信した。
すぐに電話がかかってくる。
「もしもし、おにぃ?」
『もしもし夜沙。試験体20-315Aは、ちゃんと呪詛で縛ったり、しつけたりしてあるの?兄さん、お前の試験体18-74Bに頭からかじられたこと忘れてないよ』
「しっつこいし。大丈夫、問題ないよ」
『そうか。一般人をかじらないようによく言い聞かせておけ。それから、鎌倉にいた茨城童子を夜行くんがとっ捕まえたみたいだよ』
「にぃ!!血を、」
『自分で頼みなさい』
すげなく断られて、がっくりとうなだれる。
『あまり危ないことはしないように。万が一があれば、試験体Sの使用許可もやむを得ない』
「そ、そう?」
『けれど自発的に危ない場所へ突っ込んだ場合は、今までのサンプルはなしにするからね』
「そんなぁ!?真面目にやるし!絶対!!」
『そうそう、その意気だよ。こっちはもうすぐ、滋賀の古都と、奈良の方に二手に分かれて向かう。また何か動きがあれば、些細なことでもいいから、こっちに報告してくれると嬉しいよ』
「わかったし」
『じゃあね。……必ず迎えに行くから』
「ん。そいじゃね」
夜沙はスマホを切ると、その瞬間眠気がじわじわ押し寄せてきたのを感じていた。
「寝るかー」
結界をきちんと張ってから、ゆっくりと床についた。
目覚めたのは、お昼間際のことであった。夜沙が京都に繰り出すと、少し瘴気が濃くなっていた。
「こりゃお昼から来て正解だったし」
朝から来ていれば、かなりムカムカすることになっていただろう。あちこちで言い争いや、ピリピリした空気が漂い始める。
瘴気のせいで心が荒れ始めているのだ。
「そろそろ、人がおかしくなり始めるんだ」
瘴気の濃度を自己流で測りながら、夜沙はそれをノートに記録し、人心の荒れもどれほどか、しっかりと書き記す。
夜沙は研究者であって、人の上にはなれない。彼女自身それを望んでいない。
彼女の望みは、全てを知ること。
「あぁ、知りたい……どうしてこうなってるか、わけわかんねーし」
若干興奮しながら、彼女は手帳にあれこれ書き留めて行く。
しばらくして、またも例の神社にたどり着いた。
「あっれー?……おかしーなー、またここ出ちゃったし。まあ、昨日案内してもらったし、いけるでしょ。……多分!」
そう言い切った瞬間、背後からがっちり肩を掴まれた。
背後の神気を見越して大きな独り言を言った甲斐はあったようだ。
「あれ?おっさんどしたし?」
「おっさんはやめないか。……それよりなんでここにいるんだ」
「えー?なんか道なりに歩いてたら、ここ出ちゃったんだ。まあ、昨日案内してもらったからどうにかなるよね。うん」
「適当がすぎやしないか。全く……僕だって人と行動しているんだ。そうなんども面倒は——」
夜沙の喉元めがけて、一枚の札が飛んで来た。
それを修斗が握りつぶし、その方向を睨む。
「一般人だろう?何をしてる?」
「そいつは、うちの当主様の妹だ」
あーあーあー、と言いながら、夜沙はトランクを抱きかかえる。
「嘘……だろう」
呆然としたその顔を突き、地面に引き倒す。
夜沙は馬乗りになったまま、トランクを開けた。
「ん?全部嘘だし。私は嘘っぱちでできてるの。にぃは光。私は闇。にぃが付くべき嘘は、全部私が背負い込んで、にぃが持てない悪意は私が持つの」
「そん……」
その華奢な手に、一つの試験官が握られた。中の蠢く液体が、かちかちと震えてやまない。
「分家の分家、荒俣 光希だし、まあ死んでもいっか。衣是、よろしく〜」
その手から離れて行く試験官が、ふわりと浮かんで朱雀院分家の男の頭にかかる。
「うわぁ!?」
「それはA番台。Sを使うのは、まだ先だし、安心しろし」
ズルズルとその液体が男の口の中へと侵入していき、そのまま男の体が跳ね上がるように起こされる。
「おおっ、ポチ!」
「ガウッ!」
男が口を抑えようと手を動かしたが全く言うことを聞かない。男の目からは涙が溢れ、その表情もいつしか抜け落ちて行く。
その体が揺れて倒れると、その口からまたその液体が吹き出す。
「神気を感じる」
ポツリと言った修斗の言葉に、夜沙はぐっと親指を立てる。
「これぞ!完全に人造した妖怪!試験体20-315A!!」
うぞうぞとその体が構成されて行く。その場に青色の透き通った体が構成されて行く。
「ゲホッ……ゲホ……」
「あ、ちなみにさっき体の中に入ってったのは、軽〜い演出だし」
「紛らわしいね!!」
「ま、じゃあそういうことだからさ。相手はあなたたちがしてよね」
その体が、ずるりと男の姿に変化する。
「こ、こいつっ……俺の真似しやがって」
「そりゃ真似くらいするし。その子には、外見せたことがなかったから」
「ふっざけんなよ!!」
その体に右ストレートを放った男は、そのままずぶりと飲み込まれるようにして、沈んで行く。
「ぁっ……が、ゴボッ……」
まるで底なし沼のように、彼は飲み込まれて行く。
「ぁ、やだ、ヤダヤダヤダ!?嘘だろっ、そんな……ゴボッ」
しばらくして、その助けた体に一度だけ赤く何かがパッと散った。
「う、うわぁ……」
「おっさんはちょっと見逃していいや。あんまり人が減ると、お兄ちゃんたち怒りそうだし」
夜沙は、軽くくふ、と微笑んだ。
これで、次の更新は八月になります。ウェーイ。
良い夏休みを。




