死神は会いたいですか?
茨木童子!
「さあて。お前らに俺が求めることはたった一つ——その刀を寄越しな」
美人が凄むと怖えな。
「嫌だと言ったら」
「無論、タダでとは言わねぇ。あんだけの鬼を相手取るのは、面倒だろう?」
そ う 来 た か。
あの鬼の大群を消す代わりに、刀をよこせとは、またよくわかっていらっしゃる。
ゼロをゼロのまま引き渡して自分は得する、マジでムカつく二択だよ。
いやらしい。
だが、いやらしさならこちらも負ける気はしない。
俺は体内の縛を密かに刀の方へと移すと、にこやかに笑った。
「仕方がないですね。死神さん、刀は渡しましょう」
「渡していいもんなのか?」
「仕方がないですよ。そうでもしなければ、ダメでしょう?それともあの大群、死神さんが消します?」
「そうだな……」
ちろりと俺の手元の若干赤味を帯びた光を見て、死神さんが変な顔をした。ニヤつきたいのを我慢しているらしい。
「それでは、取引といきましょう。俺からの要求は、鎌倉中に蔓延っている鬼を消去すること。鬼の消去が終わった段階で、俺は刀から手を離し、あなたに刀を引き渡しましょう」
「……ち、細けェ野郎だな。俺からの条件は、俺のせいで蔓延った鬼を全て消すこと。この開始時点で俺は刀に手をかけて、消去が終わった段階で刀を受け取ることにする」
俺はニッコリと微笑んだ。
「契約内容を受諾します」
「俺の方もその条件で承諾する」
俺が差し出した刀に、茨木童子が手をかける。その瞬間、鬼がじわじわと減り始めた。
何匹かの妖は居れど、その場所は綺麗に消えて行く。塵となって風に流されながら、端からじわりじわりと侵食が起こるように消滅して行く。
最後の一匹が消えると、目の前の鬼の神気が格段に濃くなっている。
「これで、全部消えたぜ」
「それでは手を離しましょう」
そう言って、俺が手を離した瞬間、刀から赤い鎖がぎゅるりと伸びて、その身体中を雁字搦めに拘束する。
いくら力が強かろうと、縛り方さえしっかり心得ていれば関節の限界を迎えて動けなくなる。手心を加える必要もないから、多少捻っても構わない。
「なッ……に、しやがるっ!!」
「手を離した後の処置については、言及がありませんでしたので、やらせてもらいました」
俺の縛は、効果範囲が極めて狭いがその拘束力は自負することができる。
ほぼ距離が無いに等しいこの間なら、相手を拘束するのも難しくはない。
「てめぇっ……兄貴!!兄貴助けてくれぇええ!!」
死神さんが有無を言わさずにその刀を茨木童子からもぎ取ったのを見て、一息吐く。
大した労力もなく、拘束までできた。あとはトドメを刺すかどうかだが。
「言われるまでもなく、トドメはさしますけど」
「兄貴ぃいい!!いい加減にしやがれっ、いつまで寝こけてやがるッ!!」
その内容に、俺は首を傾げた。
酒呑童子は、首だけで噛み付いたまま死んだ。それは陰陽師によって祀られたという伝承がある。
それでは、『体』は、どうなったんだ?
俺は死神さんの手元の刀を見やった。かちかちと震えながら、その動きが激しくなる。
死神さんが慌てて俺に叫ぶ。
「ニギこれちょっとおかしくねぇか!?マナーモードじゃなくなってるし!!」
「そう言うボケは今いらないんで!!」
俺が縛を放ったが、それは中から漏れ出た神気に弾かれる。もともとかけていた縛は、死神さんの手に渡ったあたりですでに効果範囲外だ。
「うわっ!?」
「死神さんそれ斬りましょう!」
俺は鎌を出現させながら、それに向かって振り抜いた。
しかしながら、時すでに遅し。
「うわ」
「やらかしました……最近色々考えすぎて頭疲れたんでしょうか」
首のない鬼の巨躯が、鎌倉の商店街と隣の通りに脚をついて、地面に着地していた。
着地で地面にはヒビが入り、街を歩いていた人々は突然割れた地面に悲鳴をあげている。
「どうやら飛べないみたいですが」
「それでもほとんど意味ねーだろ。俺たちの攻撃手段は遠隔的なもんじゃねぇから」
「しかも俺たちが斬るにしろ、これを切り裂けって結構無謀というか、なんというか」
「でーすーよーねー」
指の一本が丸太のようでありながら、そのスピードはかなり速い。
避けろと言われたら、体感で五倍は動かねば避けられないだろう。回避だけでかなり神経を使う。
それにもう一つ。
頭がないなら耳も聞こえないんじゃね……?
「……と思ったんですけど、あの茨木童子さん完璧そんなこと頭から抜けてません?」
「うぉおおおおお兄貴おかえり!寂しかったが、しっかり兄貴の留守は守ったぜ」
へへん、と胸を張ってその肩に座ると、俺たちを指差した。
「あいつらが死神です。卑怯で薄汚ェ野郎どもですよ……やっちまいましょう!」
その巨躯がのろのろと動き、それから手がすごい勢いで動いて、そのまま茨木童子を——はたき落とした。
「ああああにきいいいいいい!?」
どしゃ、と地面に土埃が生まれる。妖だからあれしきのことでは死なないだろうが、……面白い。
「死神さん……あれは、笑っていいんでしょうか……」
「ふぐっ……クックック……」
もう笑ってるよこいつ。
「お、おかしい……兄貴に俺の声が聞こえないはずがないッ!!」
ガバリと体を起こして、彼は俺たちをにらんだ。明らかに何かしたと言いたげだが、何もしてない。と言うか、茨木童子お前、策略家じゃなかったのか。
酒呑童子限定でポンコツか。
「ぎひっ、くぃひぃ」
死神さんは笑いすぎてポンコツになっているので、それに言い返す。
「俺たちが何かしたわけないでしょう」
「だって、兄貴が俺を……虫のようにっ……払いおとすなんて!」
つれー。
腹筋つれー。
「あの、一つだけ確認していいですか」
「なんだ」
「頭ないなら、音わかりませんよね……?」
今初めて気づいたようなツラすんなよ。体張ったコントも割といらないよな。
「じ、じゃあ俺をはたき落としたのは」
「体の上を這い回る何かを払うくらい、しますね」
がっくりしているその姿には、並々ならぬどんよりしたオーラが溢れている。
頭がないのに動くのはおかしいが、頭だけで動くのもおかしいからそこは『SF』妖怪のせいだと言っておこう。
「それで、あれ、どうするんです」
「どうするもこうするも……お前らなんとかできねーのかよ」
「殺すことしかできませんが?」
「使えねーな!?」
「じゃあんたがなんとかしてくださいよ。大好きな兄貴なんですよねぇ?できますよね?何とか」
「鬼かテメェは!!」
スパーン、と死神さんからツッコミが入る。
じんじんヒリヒリする頭を抑えて渋い顔で振り返れば、死神さんが刀を持って俺たちを睥睨していた。
「喧嘩してる場合じゃないだろ。あれを殺してでも止めんだよ」
「でっ、でも……」
「でももクソもあるか。お前の兄貴がどんなやつかは知らんが、頭が死んでその体が生き恥を晒すようなことを良しとすると思ってんのか?」
その言葉に、彼は目を見開いて動きを止めた。
そう言うとこ、ほんと死神さんはずるい気がする。
「……お前の兄貴にカッコつけさせるためには、あれは止めた方がいいんじゃねーの?まあ俺の弟子はカッコすらつけさせてくんねーけど」
「初回登場時に何とかするべきでしたね」
「あー無理無理。俺、生粋のお調子者だから。一度死んだけど治んなかったし」
ケラケラ笑いながら、その視線はすでに酒呑童子の体だけに固定されている。背後を気にしないように、味方にすると腹を括ったらしい。
それなら、こちらもそれに応えよう。
「あの巨体です。どうしても、動くなり何なりすれば、色々とこちらに不都合が出てくるでしょう。まずは、固定ですね」
「仁義がいいんじゃねぇか?縛るの得意だろ」
「……いわれのない風評被害を受けたような気分なんですが」
「はいはいサーセン。動きを止めたら、注意を引きつけるのは俺がやる。茨木童子、お前がやつを殺れ」
「……っ」
その手がふるりと一度揺れて、それから悔しそうに眉根が寄せられ、その目が俺たちを射抜いた。
若干利用してやらせているような気分になっているが、あくまで俺たちは人側に立つ者だ。
「……わかったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃ」
「その意気だ。人生の目標を超えるのは、案外きついぜ?」
俺も、そうだ。
目標に追いついて、そうなって仕舞えばたちまち俺たちは道を見失ってしまう。
けれど、迷い続けることなんて、できはしない。
より辛いのは、追いつく前に目標が消えること。
端っこだけだが、こいつには目標が存在している。今なら、迷いを捨てられる。
「……行くぞニギ」
「ええ」
俺は息を大きく吸って、その足元の地面に鎌を打ち込み、そこから足首に鎖を巻きつけて、その両足にもう片方の鎌を差し込む。そこで悲鳴が上がったが、鎌が両足を地面に固定しているので、動くことができない。
俺はそのまま縛を鎖の中に込めると、上を見上げた。
死神さんは刀を鞘のまま振りかぶって、その胸に突きを入れる。多分一度も使ったことがないはずなんだが、すごく動きに無駄がなく見える。そして、バランスよく体ぶちのめすと、動きがうまく止まった。
「っらぁ!!行け、鬼っ子!!」
「るっせぇ、テメェらの指図なんかいらねーんだよ!!」
その両腕からは、赤黒い炎が吹き出し、禍々しいオーラを放っている。
加速して、そして、そのままその体に突っ込む時、俺の目にはわずかに動いた口元と、目尻に光るものが見えた。
風穴を胸の真ん中に開けて、彼は全身に恐ろしいほどの血液を浴びて、それから肉塊がぼたぼたとこぼれ落ちる中に立っていた。その巨躯は、じわじわと虹色の光へと還元されて行く。
「終わった……」
俺がぼんやり呟いていると、降ってきた肉塊が頭にクリーンヒットした。
「あグッ」
しまらねえ。
「という顛末でして……」
「ってなんで陰陽師の本拠地に俺を入れるんだよ!?ふっざけんなこのドS!!」
「いやだって、やったことはやったことですし、それに酒呑童子の体復活は鬼のあなたが触ったから起きたことですし?」
「お前は役所の小役人かよ!?こまけーこと気にしすぎだろうが!!」
「さて、じゃあ話を先に進めましょうか。陸塞から、内通者は始末したと聞いていましたが……」
宗徳が変な顔をしたまま、一拍遅れて「あ、ああ」と頷く。
「裏切ったんは、修斗や。お前に渡りつけとったん、覚えとるやろ」
「ああ、あの……」
「もともと仕置いて、縄打って牢に入れとってんけどなぁ、なんや若い衆が唆されてなぁ?空っぽの牢にそのまま若い衆放り込んできてん」
放置かよ!?
「ほっとけばそのうちのうなるやろ」
「いやダメでしょう!?」
「あっはっは、食いもんも水も置いてあるさかい、問題あらへんて」
俺ははあ、と息を吐く。
陸塞はあれでかなり甘いから、お家から追放とかで済ませそうだけど、この人たちは実際それをやりかねないから、怖いんだよ。
「ま、そういうこっちゃ。修斗は逃げて、行き先もようつかめんでな」
「そうですか。その辺りは、もうそろそろ潮時かもしれません」
「……何?」
多分、方法を聞き出しているなら、すでに食われているだろう。太ももの部分の布を掴む。
無性に、高田に抱きしめて欲しかった。
「死神は、己の神気を流し込み、神気を持つ人の神気を、魂ごと飲み込んで自分の糧にすることができます。……解き方を教えた後は、おそらくですが……もう命はないでしょう」
人が死ぬのは、どんな時代でもいやなものだ。
「……ニギ、お前大丈夫か?」
その質問には黙って答えずに、俺は宗徳の目をじっと見た。
「だから、俺は京都から逃げるように指示を出しました。けれど、もう一度戻るためには、朱雀院の力も必ず必要になる」
『あのおじいさんは連絡すれば答えてくれるけど、家の人たちは仲良くする気はなさそうだ。だから、こちらの家でも言ったけれどね——』
「一時的に、互いが互いの邪魔にならないように戦線を張るだけで構いません。朱雀院といっとき、協力するだけでいいんです。だから」
「——顔、上げぇ」
とんでもなく渋い顔をした宗徳が、はあっと息を吐いた。
「簡単に言うてくれるわ」
そう言って、スマホを取り出す。
「もしもし?ああ、朱雀院の坊ちゃんか。今、孫にお願いされてなぁ、しゃあなしに手ェ組んだるわ。京都に帰るまでやけどな!」
これで、一時的だが、なんとかなりそうだ。
お互いにいがみ合っても、そう得はない。頭がわかっていても、体がそれを認めない。
俺が期間限定と銘打って『お願い』をしたことで、それが少なくとも反感を減らすことにはなるだろう。
やはり、組織というのは面倒で、動かしにくいものだ。
ああ、高田に会いたい。
縛られている茨木童子さん。
安定剤が消えて、ちょっとおかしくなっている仁義。
あ、明後日投稿したら、試験があるので少し休みます。
八月になったら、投稿は再開します。




